こぼればなし

はじまり:星を読む者、掴む者

 海辺のクラーケの街。満天の星が空に輝く深夜、やらなあかん大仕事を前に、途方に暮れて黄昏たそがれるわての後ろから、目深まぶか頭巾フードを被った、真っ黒けのローブの女が話しかけてきた。


「あらあら、こんな夜更けにどうしたのです? 大王烏賊アルスクイド

姉御アネゴか。誰もらんとはいえ、あんまその名前では呼ばんとって欲しいねんけどな」


 『星読み』ステラガゼルの姉御アネゴ。神出鬼没の、ラグナの同輩。

 随分前に、龍級生物『大王烏賊アルスクイド』として手酷くボコられてから、わては舎弟みたいなもんや。


 その二つ名の由来にあたる、えげつない洞察能力やら、神秘の力やらの色々で、姉御アネゴには未来そのものが見えとんとちゃうか、っちゅーくらいに全部見透かされんねよな。ってか、絶対いくらかは見えとんのよね、未来。


「これは失礼いたしました、クラゲン。おおかた、力を増し続ける『克己獲星カツオノエボシ』がいよいよ手に負えなくなってきて、今度ばかりはもう勝ち筋も見えず、塵芥ゴミのように負けて、無惨にも死体を晒す……そんなのは嫌だ嫌だ、と焦燥感に溺れ、のたうち回っているのでしょう? 大層無様ですこと。うふふ」

「えぇ、えぇ。全くその通りでございます」


 説明するまでもなく、よぉわかっとるやんけ。うふふ、やあらへんわ。毎度のことながらカンに障るのぉ。いつも通り、不気味に煌々ギラッギラ光る目ぇかっぴらいて、えらいたのしそぉに嘲笑あざわらってくれるやんけ。別嬪べっぴんさんではあんねんけど、そんなんやから、カレシの一つも出来ひんねんぞ。


 姉御アネゴわての胸ぐらを掴み、凄惨な笑みを浮かべた。

 目は全く笑っとらんな。怒気に満ちとるわ。


「そう。クラゲン。何発殴ってほしいか言いなさい?」

「ゼロ。なぁんうとらへんやんけ。勘弁してや」

「伝わることを承知の上で、挑発する方が悪い。殴られたいのとおんなじ。それじゃ、百発ね」


 そううとこやぞ。なんでも見通せるからうたかて、内心まで勝手に読み取って激怒カチキレるとか、本当ホンマにどうかと思うわ。


----


「相変わらず、タフで殴り心地の良い肉袋パンチングバッグですね、あなた。さて、ちゃんと反省しましたか?」


 満足そうな声で、いつもの調子に戻った姉御アネゴが問いかけてくる。やぁっと終わったか。ちゃんと数えてへんけど、絶対百は軽く越えとったぞ。結構痛いし、止めてほしいねんけどな。別に余裕ではあんねんけどさ。


「せんよ。するわけあらへんがな。わてなんわるないし」

「そうですか。では、また今度殴ってあげます。まぁ、そんなことはいいでしょう。わたくし、これでもあなたを心配して、わざわざ来てあげたのですよ?」

本当ホンマかいな……」


 暇潰しに殴りに来ただけ、とかのほうがまだ説得力あんぞ。


「随分と疑り深いですねぇ。本当に、あなたの事が気になったから来てあげたのに……。信じてくださらないなんて、悲しいです、わたくし」


 ちょっと目ぇ伏せて、えらいわかりやすう落ち込んだ、みたいに見せよるな。絶対ただの演技やんけ。

 ……気になった、ねぇ。どうせいつも通り「なん面白オモロそうやし」って傍観しに来たんやろがい。耳障りのええことばっか言いよるわ。


 姉御アネゴは軽く肩をすくめ、露骨に溜息ついてボヤいた。


「はぁ、まったく。あなたはいつも、些事さじばかり気になさるのね。動機がなんであれ、難局に啓示を与え、切りひらく力を授けてあげるのですから、頭を地面にこすりつけ、肢体を天にかかげて感謝するのが筋でしょうに。本当に、嘆かわしいこと」

「三点倒立でもせえっちゅーんかい」

「いえ、もちろん頭だけで支えていただいて」


 誰がやるか。そもそも、それ感謝のポーズやあらへんやろが。

 うとることの半分はそうかもわからんが、後半はわけわからんぞ。てきとうほざくな。


「まあ、文句ばっかり。……とはいえ、別にそんな格好を見ても、特に面白くもなさそうですし。仕方がないので、無償で占ってさしあげましょうか」


 どんな理屈じゃい。要求しときながら、えらい言いようやんけ。

 無償は無償で、なんか後が怖いねんけどなぁ。謝礼については、また考えとこ。


「成程、成程。……『遥か異界の彼方より来たるもの、浪漫を求めて大海に至る。仲間の冒険者たちとともに、星を掴む者の腕を抑え、あなたの命を守るでしょう』とのこと。死にたくなければ、その勝ち筋に賭けるのがよろしいかと。。勝敗に関係なく」


 負けはともかく、相討ちの筋もあるんか。ま、どうせなら完全勝利したいわな。

 しかし、『星を掴む者』か。でっかいタコのバケモンの分際で、なかなか格好ええ異名やんけ。ちょっと嫉妬してまうな。


「異界の彼方より来たるもの、ねぇ。それって、どんなやつ?」

「そうですねぇ。理念イデア的には、ボール、でしょうか。のようですが。二足歩行で、大きさは……子供くらいですかね。わたくしのでは、見たことないタイプの生き物です」


 なんやそれ、珍妙生物やんけ。一目でわかりそうな特徴やな。細部の解釈がブレやすい、姉御アネゴの星読みを辿る分には都合がええねんけど、都合が良過ぎて気味悪いくらいやな。


「ありがとさん。参考にさせてもらいます。謝礼については、また見繕わせてもらうわ。次に会うときまでにな」

「どういたしまして。ですが、謝礼など本当に必要ありませんよ? 感謝くらいはしていただきたいですけれど、あなたの言う通り、わたくしは面白そうだから、と傍観しにきただけなのですから。あなたの生死も、事の顛末も、どうなろうとただたのしむだけですわ」


 まぁ、せやろな。姉御アネゴはいつでも、より面白オモロそうな結末モノを見たがっとるだけや。当事者が望むなら、有益な情報をくれたりはするけども、助力だけは絶対にせえへん。


 それでも。


「それでも、わてが望む道への啓示ヒントをくれたんや。それに対して礼をしたいと思うんは、自然なことやろ?」

「……そう、ですか。それでは、期待しておりますね。クラゲン」


 珍しく、目ぇ細めて柔和に笑うその表情は、元の美人さを最大限に発揮して、全てを魅了するような、魔性の笑顔やった。ドキッとしてまうやんけ。

 ……普段からそんな風にらかぁにわろとりゃ、可愛げもあんねんけどな。本当ホンマもったいないわ。


 目ぇつぶってしみじみそう思っとると、また胸ぐら掴まれた。案の定、いつもの目に戻っとるし。

 台無しやな、本当ホンマに。怖い顔せんときや。


「おい。調子乗んなよイカ野郎コラ」

「なんやねん、褒めたんやないかい。照れ隠し?」

「わかった。そんなに殴られたいんなら、もう百発ね」


 今度は二百くらい殴られそうやな。


---


「わたくし、スッキリいたしました。ありがとうございます」


 あぁ、そう。そら何よりやな。ボッコボコにぶん殴られた甲斐があるわ。

 結局、三百くらい殴られた気がすんで。数もマトモに数えられへんよ、もう。


総括そうかついたしますと、啓示通りに上手くいけば勝てるでしょう。もしあなたが勝てなかったとしても、その後始末は『灯火の聖女ガルブレイズ』様がしてくださるかと思いますので、あまり気負わず。……つまり、この街クラーケ魔界ネザーの二の舞にしたくないのであれば、刺し違えてでも、あなたが始末なさるとよろしいかと存じます」

「おうよ。任せとけ」

「ええ。もちろん、わたくしといたしましては、どちらでも。ゆえに、あなたの望みが叶うことを祈っておりますわ。それでは、ごきげんよう」


 そう言うと、姉御アネゴは夜の闇に溶けるように消えた。らんくなるときは毎回そんな感じやけど、どういう原理なんやろ。転移術とはまた違うんやろなぁ。とはいえ、見えんようになっとるってだけでもないやろし、不思議やわ。


 それにしても。


「殴られたいんか、か。まぁ……そうなんかもなぁ」


 姉御アネゴも本気で殴っとるわけやないし、本人の言を信じるんなら、わて、殴り心地ええらしいしな。少なくとも、抵抗する気はあらへんのよね。本気で殴られたらちょっとわからへんけど、殺し合いは……もう、無理かもなぁ。手ぇ出せんわ、なんか。


「謝礼の方も吟味せんとな。何がええかなぁ」


 なんにせよ、『克己獲星カツオノエボシ』をぶっ殺さんことには、なんも始まらんな。きっちりトドメさしてもて、そしたら今度はこっちから、姉御アネゴに会いにいこか。素敵な手土産持って、な。

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