浪漫を追い求める翼

「はあ……はぁっ……!」


 もうどれくらい戦ったのか、終わりの見えない掃討戦は、今もまだ続いている。最初のうちは、暗黒術師さんの範囲攻撃魔法だけでも簡単に蹴散らせていた蛸足たこあしが、時間の経過につれて、どんどん強くなっていくのを感じる。

 頭数はかなり減ったはずだけど、実態としてはまだ半分くらいかもしれない。


「ナズナ嬢。無理はするな。余裕のあるうちに、態勢を整えろ」

「まだ大丈夫!」


 わたしは、これまでにはないくらい絶好調だった。誇張なく、普段の倍以上の能力が出せている。確かに、この状態なら『悪漢兵衛ローグライク』の連中なんて、全員まとめてかかってきたところで、敵にもならなかっただろう。

 ……それでもなお、ここまで苦戦を強いられるなんて。


 蛸足たこあしの群れは、こちらから手を出さない限り、そのほとんどが大王烏賊アルスクイドだけを狙っている。休憩を取ること自体は難しくない。だけど、休憩した分だけ、大王烏賊アルスクイドに負担がかかる。いつまでも悠長に休んでいる暇はない。


 次はどの群れを狙うか考えていると、遠くから、もの凄い勢いでトレイシーが吹っ飛ばされてきた。しっかりと受け身を取り、体勢を整えながら、わたしたちがいるところまで滑ってきて、ぴったりと止まった。


「トレイシー!? 大丈夫!?」

「もちろん、おれは大丈夫だよ。だけさ。でも、あんまり状況はかんばしくないかな。このままの調子だと、大王烏賊アルスクイドが負けると思う」

「そんな……」


 でも、無理もない。これだけの長時間に渡って、クラゲンさんは……大王烏賊アルスクイドは、わたしたちよりも遥かに過酷な条件で、ずっと戦っている。ラグナ級冒険者は、伊達じゃなかった。

 ……だから、わたしたちに、もっと力があれば。あるいは、もっと多くの協力者なかまがいれば、また違う結果になったかもしれないのに。悔しさに歯噛みする。


 ……それで、負けそうだからってこと? トレイシーは、生きて帰るために、大王烏賊アルスクイドとクラゲンさんを見捨てようとしてるのかな。それは、正しい選択なのかもしれないけど。

 ……それはなんか、嫌だ。


「だからもう、って思ってね。間違いなく、ここが踏ん張りどころだ。おれはもっと大王烏賊アルスクイドの近くで援護してくるから、ナズナにはおれの代役かわりをしてほしいんだ」

「……代役って?」


 トレイシーだけは別行動してたから、この戦闘中に何してたのかは知らないんだけど。


「なるべく脅威度が高い奴らを、可能な限りたくさん引き付けて、しっかりぶち殺す。それだけ。こういうときに使える切り札を、お友達からもらってるんだけど、おれが使うよりは、ナズナが使う方がいいんだよね」

「それは、どうして?」

「ナズナのほうが、からさ。球人おれだと、どうしてもすぐに限界に到達しちゃうけど、戦いはまだなかばだ。今の状況なら、切り札の力は、なるべく長く持続させたいんだよ」


 具体的に何を使う気かは知らないけど、そういうものなのかな。

 トレイシーは、わたしのことを買い被り過ぎている気がする。わたしなんて、そんなに大層なものじゃないのに。


「もちろん、危険な目に遭わせることになるし、嫌だったら断ってくれていい。だけど、もし引き受けてくれるなら。とっておきのを、君に譲ろう」


 そういってトレイシーが差し出したのは、『妖精の御守ファイリィ・チャーム』という名の、柱状の水晶だった。手のひらで掴んで余りあるほど大きなそれからは、見るものを惹き付ける何かが感じられる。どう考えても、レア。


「ずるいよ、トレイシー。そんなの見せられたら、わたしは断れないって、知ってるくせに」

「はは。違いない。ごめんよ。……なんでもいいから、ナズナの叶えたい望みを強く抱いて、その結晶に祈って。そしたら、後はが導いてくれるだろう。それじゃ、お願いね」


 トレイシーから『妖精の御守ファイリィ・チャーム』を受け取って、瞑目めいもくし、願いを込める。

 ……困難を跳ね除ける、力が欲しい。


----


 ふと気が付くと、真っ白な空間に立っていた。何もかもがあやふやで、立っているところもおぼつかない。ここはどこだろう?


探索者トレイシー使ってくれた。確かに君には、敢えてわたしの力を使わないといけない状況なんて、そうそうないとは思ってたけど。どんな困難が、そこにあるのかな」


 ぽつりぽつりと呟くのは、透き通るような白をまとった、綺麗な薄い金色の、短髪の少女。身長は、わたしよりちょっと低い。だいぶ小柄だね。

 ゆっくりと振り向いたその顔は……トレイシーと同じ、落書きみたいなシンプルな顔だった。丸い輪郭の顔に、縦線の目がふたつ、横線の口がひとつ。


 少女は、こちらを見て、不思議そうに首を傾げた。


「……君、探索者トレイシーじゃないね。あなたは、人間ヒュマノの女の子。放浪者トラベラーと同じ、夢追人ゆめおいびと。いかにも、探索者トレイシーが好きそうな感じ。……しかも、ちゃんと可愛い。ちょっと、嫉妬」

「……あなたは?」


 トレイシーが言っていた「あいつ」だ、というのはわかるけど、それ以外は何もわからない。


「わたしは、妖精球人ファイリィ・ボルテイア――あるいは、白刃妖ブライティッジ・フェアリエ。正確には、そのおもい。大好きな球人みんなを助けるために、わたしから分かたれた、わたしの意志の力ウィル。因果すら捻じ曲げる、奇跡を起こす力。折角だから、あなたも名乗るといい」

「えっと……。……ナズナです」


 掴みどころがなさすぎる。……この子も球人ボルトなのかな?

 でも、みためが球じゃないから、違うかもしれない。


「ナズナ嬢。言っておくけど、わたしは。探索者トレイシーのためにならないことなら、あなたの願いは叶えない。もしも不快なことを願うのなら、わたしの力で、あなたのたましいを壊してあげる。それを踏まえて、あなたの願いを教えて。嘘を言っても分かるからね」


 なんか、凄い物騒なことを言ってる。普通にヤバそうなんだけど。

 ……まぁ、嘘が言えないなら、どんな結果に繋がるとしても、本心を言うしかないね。


「……どこまでも、浪漫を追い求める力を。今直面してる困難を退しりぞけて、トレイシーやザックと、次の冒険に行きたいの」

「……ふうん。それが、探索者トレイシーのためになると思ってるの。ふうん……。ね、ナズナ嬢。やっぱり、嫉妬。……もしも、そこにいたのがわたしだったら。わたしも探索者トレイシーに好きになってもらえたのかな」

「……うん。……たぶん、きっと……」


 ギリギリ不快じゃなかったっぽい。命拾いした。

 わかんないけど、「お友達」って呼んで、切り札として頼りにしてたみたいだし、少なくとも、絶対嫌われてはないんじゃないかな。

 別に、機嫌を取っておきたい、みたいな打算はないよ。……ちょっとだけしか。


不服むう。てきとうな気休めを言わないで。探索者トレイシーは、わたしなんかには興味ない。そんなことは、どうでもいいの。あなたは、力を求めるんだね。それなら、我々わたしたち研鑽やりかたを、あなたにも。意志で鍛える、あなたのこころを打ちましょう。あなたの願いを差し出して」


 随分と悲観的だ。興味ない、なんてことはないと思うんだけど。それでも、もっとと、強く求めてるのに、手に入らないってことかな。……だったら、辛いよね。わかんないけど、なんかわかるよ。


「願い……? これのこと?」


 ふところから『ナズナの願い石』を取り出して見せる。

 少女はそれを受け取り、しげしげと見つめてから、深々と溜息をついた。なにか間違えちゃったかな?


「ふう……。……それ、最高とてもいい人間あなたなら、わたしと同じように白刃しろばが使えるね。それを核に、『きらめく白刃妖はくじんあやかし』の理念イデアを混ぜてみよう。あなたの理想の武器つるぎは、どんなのかな」


 理想の武器、か。でも、それって状況によって違うよね。剣で切り、つちで殴って、槍で突き、弓でとおし、盾で防いで。他、色々エト・セトラ。その形も大きさも、それぞれに違う利点がある。魔法も使いたいよね。

 何でもできるものがあればいいんだけど、そんな都合のいいものはない。適宜持ち替えないと、全ての局面には対応できない。


「ナズナ嬢は、欲張り。でも、。多くを望むなら、何でもできるつるぎかなう。完成できたよ。あなたの望みが変えるつるぎまやかしごときもの――『らめく白刃幻はくじんまやかし』を受け取って」


 そう言って差し出されたのは、輝く純白の刃を持つ、変哲もない片刃の剣だった。その意匠は、トレイシーの『探索者の短剣ダウザー』に似ている。その名は『白刃幻ブライティッジ・ミラジエ』。手に取ってみると、昔からの相棒のように、凄く手に馴染む。


「それは、変幻自在なんにでもなる。特に意識しなくても、あなたがしたいことをできる形になる。……でも。一つだけ、気を付けて。白刃しろばは、あなたの意志そんざいを、どこまでも効率良く力に変える。死にたくなければ、力に溺れないようにするといい。それじゃ、さようなら、ナズナ嬢。探索者トレイシーのこと、よろしく」

「……ありがとう、ファイリィ・ボルテイア。トレイシーのことは任せて」

「ボルテイア、でいい。また会えるといいね。……いや、別にどっちでもいいか」


 そこは上辺うわべだけでいいから、きれいに締めとこうよ……。本当に変わった子だね、ボルテイア。


----


 目を開けると、元の空間だった。トレイシーは……まだいる。もしかしたら、ほとんど時間は経っていないのかもしれない。


「……うん。話には聞いてたけど、やっぱり凄いや。妖精球人ボルテイアの加護を全部受け取れると、人間ヒュマノはそんなに強くなるんだね。それじゃ、今からはナズナはおれの隊ね。ちょっと偉そうにさせてもらうけど、気分を害さないでくれると助かる。番長さんたちも、引き続き頑張ってね」

「承知した。そちらも、無茶はするなよ」


 ホロウェンバークスでは、なんとか団の『レコンダガー隊』隊長だ、って言ってたっけ。どれくらいの規模の部隊なのかは知らないけど、指揮能力はトレイシーにもあるんだね。

 ……よく見たら、その手には、『探索者の短剣ダウザー』とは別に、それによく似た見覚えのない武器も持ってる。『自在圏エクスペクタ』? これもまた、今までは出し惜しみしていたものの一つなのかな?


(目標、蛸足たこあしの殲滅。脅威度の高いものを優先し、片端かたはしから始末せよ。ただし、克己獲星カツオノエボシには近付くな。は、おれの役目だ)


 当たり前のように、心の中で語りかけてくる。普段のぽやぽやした感じの言葉遣いと違って、凄く厳格だ。こっちがトレイシーの本来の姿なのかもしれない。……ちょっと、格好いいじゃん。

 だけど、強そうな蛸足たこあしは、克己獲星カツオノエボシの方にこそ多い。単純な能力が、一時的にでもわたしのほうが高いなら、役割は逆のほうが良いんじゃないかな?


不許可ダメだ。おれと肩を並べるには、お前にはが足りん。ゆえに、死地へ飛び込むことは固く禁ずる。……お前が死ぬと、本作戦は破綻する。それだけは忘れるな。常に生存を最重視し、危ないときはいつでも呼べ。では、行くぞ)


 矢のように駆け出した、トレイシーを追う。追い付くのは難しいかもしれないけど、それぞれで、行き先は別だ。追いつく必要は、特にないね。


 ――よ。『白刃幻わたし』は、あなたの翼。

 ……ああ、そうか。今だったら、文字通り、気がする。翼を羽撃はたたいて、空を高く飛び、状況を俯瞰ふかんする。……脅威度の高い、孤立した蛸足たこあしを発見。まずは、あれを始末する。


「――はあぁぁぁっ!」


 天を駆ける流星のように、一直線に強襲し、切り捨てる。……体が、嘘のように軽い。このまま、どこまでだって、飛んでいけそう。なんだか、目もよくえている。これは、隊長トレイシーの感覚補助だろうか。普段は見えないものが、よく見える。相手の強さが、感覚はだでわかる。次にわたしが、何をすればいいのかも。


(上出来だ、ナズナ。その調子で、油断なく狩っていけ。だが。決して無茶はするな)


 わかってるよ、隊長トレイシー。――さぁ、反撃の時間だ。


★☆★☆★☆★☆


妖精の御守ファイリィ・チャーム

 異界からもたらされた、高純度の魔力マナの水晶。同朋を守る願いが強く籠められており、因果すらも捻じ曲げるような、奇跡をもたらす力を内包している。


白刃幻ブライティッジ・ミラジエ

(装備効果:魔力向上)

 所有者の願いによって形を変える、変幻自在の刀剣。煌金アルカナに似た特性の、材質不明な白く輝く刃を持ち、魔力マナの使用効率が著しく向上する。


自在圏エクスペクタ

(装備効果なし)

 手の届く範囲全てを手中に収めんとしたものの、異界からもたらされた片刃の長剣。相手の次の行動を見抜き、程近くにある万物万象を、自在に制御する力が備わる……そんな気がしてくる。

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