獲星を墜とす
ここが正念場だ。この
だが、
(……うおぉい!? なんで来たんやトレイシー!
おれの接近に気付いたクラゲンさんの、焦りに満ちた怒声が聞こえる。実際、独断専行もいいところなので、気持ちはわかる。命令を無視して先駆けなど、自殺行為でしかない。おれだったら、確実に見捨てる。したいなら、止められんからな。無理に助けようとして、
(でも、このままじゃ厳しいだろ? だから、ちょっと危険かもしれないけど、
全部とはいかなくても、少し減るだけですら、だいぶ戦況は変わるだろう。危険を
(それはそうかも知らんが、いくらどうでもええ存在や
(わかってるよ、そんなの。大丈夫、おれは死なないさ。生と死の
元々見られてはいたので、その返答も聞かず、おれは
『
(……はぁ!? なんや、それ!? わけわからんぞ! 今、どこに
(
とは言っても、バレた場合は、もう戦闘復帰は無理だが。自己犠牲など、するつもりはない。
残念だが、おれにとっては、
(……正直、バチクソ不安やが! 算段があるんやったら止めはせん!
(はいよ。ま、期待しててよ)
全く。そんな投げ槍にならんでもよかろうに。
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何度かの引き狩りの後、これが最後と引き剥がした、最強級の眷属を引き連れながら、ナズナを探す。こいつは流石に、おれだけで倒し切るのはキツい。
絶対に無理、なんてことはないと思うにしても、
しかし、ナズナが予想外に強過ぎるな。完全な独力で、それも想像を遥かに上回る早さで、
実のところ、
……何か、嫌な予感がする。この違和感の正体は、なんだ?
――『
……
(兄さん! 超緊急の連絡です! 放っとくとナズナが死ぬかもしれないから、見かけたら全力で保護して、回復薬とやらを使ってあげて! 以上、連絡終わり!)
悠長に説明したり、返事を聞いたりしている暇はない。
盲点だった。危ないときは呼べと言ったが、危ない状況を判断できないなら、呼ばれるはずがない。
……せめて、後少し早く気付けていれば、こちらに呼び出して、確実に対処もできただろうが……今はもう、あまりにも状況が悪い。
ならば、頼れるものはない。覚悟を決めよう。――こいつは、おれが仕留める。
「独りで挑むつもりか、トレイシー殿。
「番長さん!? ……いや、でも! こいつは別格だ! 危ないよ! 退避してて!」
『寡黙番長』ヴァン・ダナン。等級は
番長の実力では、こいつの相手をするのは、あまりにも危険過ぎる。きっと、それは番長だってわかっているはずだ。
……だが。番長は、一歩も退かなかった。そんなことは、重々承知の上で。それでもなお、おれの前に進み出た。
並大抵の覚悟ではない。それは決して、
「危険なのは、
その強い
「番長……! カッコイイ!」
いや、冗談抜きで。本当に格好良いな、この
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でも、さすがに、ちょっとつかれちゃった。体はまだ、どこまでも軽いけど。もう、あんまり動けないや。
ずいぶんと、浅くなってしまった息をととのえて。……すこしだけ、ひとやすみ。
遠くのほうで、ひときわ大きな蛸足と。戦っている
……わたし、もう、十分がんばったよね。ごめん。そっちには行けないや。きっと、ふたりなら、なんとかなるよ。
……視界のはしに、ちょろちょろと動く蛸足が見える。脅威度、とても低い。
こんなのが残っていたって、もう、関係ないよね。みんな、こんな弱っちいのには負けないよ。もちろん、クラゲンさんも。
その弱い蛸足が、その身を振りかぶって。わたしを打ち付けようとしているのが、見える。
……でも、なんだか。もう、よける気にもならない。わたしの役目は、もうおわった。わたしがここでおわったって、だれも困らない。
妙にゆっくり見える、そのさまをぼんやりとながめながら、目を閉じていく。
……ああ、思えば。死ぬのって、ひさしぶりだな――
「させるかあぁァァッ!」
うるさく、さけびながら。あいだに飛び込んできたザックが、わたしをかばう。わたしのかわりに、ザックの背が、したたかに打ち付けられた。……痛そう。
……ねぇ、自分の持ち場は、どうしたの?
「がはッ!」
「……ザック? どうして……?」
「くッ……何を
頭を振り、わたしをかばいながら、蛸足にたちむかう。むかし、わたしがザックにあげた、とくに
「わたしの役目は、おわったよ? もう、わたしがいなくても、おなじじゃない?」
「何を馬鹿なこと言ってるんすか! まだ、出来ることだって残ってるでしょうが! ほら、さっさとこれ飲んで!」
……それ、回復薬じゃん。傷のひとつもついてない、わたしに使うものじゃないよ?
どうせ使うなら、ザックに使う方が、まだいいんじゃないかな。どちらにせよ、もったいない。
……ねえ、ちょっと。……抵抗する気力もないからって、無理やり飲ませないで。
わかった、わかったよ。自分で飲むから、ちょっと待ってってば。……もう。
「……はっ!?」
「正気に戻りましたか? ふぅ……。……無理はすんなって、皆から散々言われてたのに! 何すか! その体たらくは! マジで動けなくなるまで、体力を使い切らんでください!」
「いや、別にそこまでじゃ……。大げさだなぁ、見習いは」
体に熱が戻り、だんだんと、いつもの調子に戻ってくる。もう普段通りくらいには動けるね。
さすがに、さっきみたいに縦横無尽に飛び回れる感じはしないけど。……あれ、気持ちよかったなぁ。また今度、外でもやってみたい。
「あんた今まさに死のうとしてたでしょうがッ! 反論するんなら、せめてちょっとくらいは抵抗してから反論してください!」
……確かに。否定できる要素、なかったね。
もしかして、トレイシーが言ってた「生き残る意志」って、それのことかな。そんな気がする。確かにそれは、わたしには欠けてる。大事さの方はまだわからないけど。
「……ごめん。返す言葉もないや」
「全く……。本当に気を付けてくださいよ。……もう勝てそうって時に、しょーもない
それはそう。……結局、無事に帰るだけのために、回復薬、使っちゃったね。もったいない。
どうせ使うにしても、戦闘中に消耗した分を回復したほうが有効だったな。反省しよ。
……でも、ちょっと待って。わたし、なんで回復薬で回復したの?
『
戦闘中、知らないうちに傷を負ってたとか? それにしては、痛みも何もなかったしなぁ。
……そういえば、戦っているうちに、ただ存在が揺らいでいく感覚があったような……?
改めて思い出すと、なんだか底知れない寒気を感じる。……一旦は、深く考えるのはやめた。
また今度、落ち着いた後で、トレイシーにでも聞いてみよう。たぶん、なんか知ってると思う。
「ククッ……! ハァーッハッハッハァッ! ……ケッ! ザマあ見やがれタコォ!
突然、
その言葉の通り、もう蛸足は残ってないみたいだ。
「ぬうウゥッ!
「
「ァがあアァァッ!」
……これでもう、勝負はついたね。
「アァ……アアァ……! アルスクイド……! なんでや……なんでなんや……! ワシらは元々、
「なんやタコ。この
「
当の
「あぁ、そんなことかい。んなもん、そっちの方が楽しいからに決まっとるやんけ。
「……おう……死んでも……わかる、もんかよ……。
「ハッ、笑わせよるわ。
あの、
……あるもん。わたしが求める理想は、浪漫は、ちゃんと、あるもん。
(……いや、そういうことやなくてな……? 言いたいことはわかったから、ナズナちゃんはちょっと黙っとき)
はい。浪漫はあります。……現実は……あんま見てないです、はい。
……すみませんでした。
「……言いたい、ことは……それだけか……。……ドアホの、クラウ……ケン……。……ワシが、
……やっと、息絶えたみたい。
タコさんに、
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