余談:腰抜けじゃない、「安全重視」だ

 今日は凄く疲れる日だった。

 訳の分からん生物はいきなり出てきて馴れ馴れしいわ、普段やらんような殲滅戦はするわ、格上の冒険者団バカどもに絡まれて返り討ちにするわ……。

 おまけに、誰も気付かんかったダンジョンの秘密は掘り起こすわ。


 出来事を振り返って嘆息していると、その元凶がお出ましだ。

 騒動の原因は全部、この玉ころ野郎……トレイシー・サークスのせいだ。ナズナが楽しそうだったからいいものの、正直勘弁してほしい。


「兄さん、おれの言ったとおりだったでしょ? 正解があるやつを直感で選ぶと、絶対外れるんだよ」

「あぁ、アレな……。お前、あの馬鹿みたいに正確な直感の代償とかで、呪われてるんじゃねえの、やっぱり」


 帰ってきてから、お遊びでギミック宝箱チェストの解錠練習をしてたが、こいつの言ってたことはマジだった。正解がある問題だと、むしろ間違いの選択が少ないような場合ですら、意図的にやってるんじゃないかってほど、確実に外してやがった。

 直感に従おうが従うまいが関係なく……それどころか、最終的な選択を俺やナズナがやった場合でも、なら、絶対に外れた。どう考えてもたまたまじゃない、何かしらの作為的な働きがある。


「こういうのがあるから、やっぱできれば旅のおともは欲しいんだよね。大抵のことは独りでも何とかできてたけど、昔からこれだけはどうにもなんないんだあ」

「馬鹿野郎。たまには頭もちゃんと使えって、神サマが言ってるんだろうよ」

「はは。兄さんは手厳しいなあ」


 流そうとしてやがんな。笑い事じゃねえぞ。

 ……何で俺がこいつのことを心配してやらにゃならんのだ。知らん知らん。好きにしろ。


「まあ、本題はそっちじゃないんだ。おれが改めて話したかったのは、休憩地点セーブポイントで話してた、再発生リスポーンのことなんだよ」

「あぁ、何か気にしてたな。そん時も言ったが、別にやり直せるからって、俺は気軽に無駄に死んでもいいとは思ってねえぞ?」


 他のやつはそう思ってないようだが、死ぬのは苦痛だし、嫌なもんだ。ナズナを守るためだとか、そういう付加価値がねえなら、どんだけ醜くかろうと、最期まで抗ってやる。たとえ腰抜けと罵られてでもな。


「兄さんには、その感覚を大事にしてほしいんだ。おれの勘違いじゃないと思うんだけど、ここの常識では、命……とりわけ、生存の価値が軽視されてるんじゃないか、って思ってさ」

「……そうだな。皆、必要だと感じたら、簡単にすぐ命を捨てやがる。んだから、無茶して死んだほうが手っ取り早いってな」


 もちろん、ナズナも例外じゃない。ことにあのは欲望に忠実で、それを満たすためには危険を省みない。幾度となく無茶を繰り返して、今じゃもう、立派な高位の冒険者だ。成果だけ見りゃ悪くないが、身を燃やして生きるその姿勢に、危うさを感じることは多い。


「兄さん、きっとあんま死んだことないよね。死ににぶらず、その繊細な感覚をずっと保てているのは、真剣に生き延びることを諦めてないからだろ?」

「……悪いか?」

「いんや。……実際にはちょっと違うのかもしんないけどさ、実はも同じようなことができるんだよ」


 おれたち、か。つまり、こいつが言ってた球人ボルトのことだろう。……そっちの世界じゃ、こいつみたいなのが珍しくなくて、それこそゴロゴロ転がってるんだろうな。想像したら、馬鹿馬鹿しい絵面に頭が痛くなりそうだ。


「おれたち球人ボルトはさ。生物としてはすごく弱っちいから……戦うと、それはそれは簡単に死んでさ。そしたら、自分の持ってる剣に、自分にとって要らないものを捧げながら、復活して…… それを延々えんえんと何度も何度も繰り返して、だんだん強くなっていくんだ。……ところで、要らないものって何だと思う?」


 、と言ってたのはそういうことか。もののたとえじゃなく、言葉通りの事実だったんだな。ダンジョンで見たこいつの戦闘能力からは、球人ボルトが弱っちい生物だとは全く思えんが。


「……そんなの、個人個人で異なるんじゃねえか?」

「もちろん、そうだね。でも、どれだけ弱くても戦わなくちゃいけないおれたち球人ボルトは、ほとんどの場合、真っ先に捨てるものがあるんだよ。……さ。そうして死ぬのが嫌じゃなくなったら、今度は勝つのに必要じゃなかったものを捨てていくんだよ。って、まるで散歩に行く先を決めるみたいな気軽さで、さ」

「……」


 心当たりがありすぎる。高位の冒険者連中は、どいつもこいつも、目的の為には命をかなぐり捨てる覚悟で、死線を際どく潜り抜け、そして踏破する化け物どもだ。

 ……こいつは、そういった行いに対して忌避感が残る程度には、常識に染まりきらなかったんだろう。


「それでも、本人にとって大事なものだけは最後まで捨てないから、自我が崩壊することは珍しいんだ。だけど、どうでもいいもの……人間性はどんどん失くなっていって、最後には大事だったはずのものも、球人ボルトの曖昧な形すらも全部忘れて、剣だけを残して消えちゃうんだよ」


 必要性だけを見て、要らないと感じたものを捨てるうちに、いつしか大事なものも分からなくなる、ということか。何を馬鹿な、と一笑する気にはとてもならない。自己同一性アイデンティティの構築に、要らない要素など本質的には存在しない。


「この世界の再発生リスポーンが、どういう仕組みのものなのかは分からないけど、きっと代償はあると思うんだ。心当たりがあるなら、それを憶えておいて。……要らない心配だったら、そのほうが良いんだけどね」

「……あぁ、肝に銘じとく。だが、なんでそれを今、俺にだけ話すんだ」


 トレイシー・サークスは笑って言った。どことなく悲しそうに。


「ナズナはきっと、からさ。ちゃんと止めてくれる人がいるんだったら、ナズナ自身はなんにも怖がらず、ただ憧れに向かって好きに走ってる方が幸せなんだよ。たぶんね」


 その呟きは、恐れを知ってもなお止まれず、独走し続けたものの言葉なのだろう。

 こいつも中々難儀なやつだな。同情とかはしてやらんが。


「それもお得意の『直感』か? んで、俺に姐さんを止める役を押し付けようってことかよ」

「うん、そういうこと。兄さん、ナズナのことが好きなんだろ?」

「ぐっ……。……否定はしねえよ」


 トレイシー・サークスはくすくすと笑い、慈しむように、実感のこもった声で話した。


「大事なものが手元にあって、それを失くしたくないんなら、大事に守ってあげるしかないのさあ。失くして後悔するのも、縛り付けて悲しませるのも嫌だったら、その分いっぱい頑張らないとね?」

「……知ったふうな口聞きやがって」


 見透かされているのが気に入らないので、減らず口を叩いておく。トレイシー・サークスは意にも介していないようだが。


「そりゃあ、そうさ。だからねえ。後悔の数なら負けてないと思うよ。……それじゃ、おやすみ。ザック・バーグラー君」


 ……こいつ、俺より年上なのか? 全然そんな感じしねえけど。

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