導きの白竜

 初心者向けダンジョンの、誰も知らない秘密の階段を降りていく。降りた先にいたのは、


「随分と久方振りの来客だ。冒険の心得を知る、若人たちよ」


 神聖な雰囲気を持つ、白く輝く竜だった。


「どうもどうも。早速なんだけどさあ、到達の条件が分かりにくすぎるよ、ここ。休憩地点セーブポイントとやらも、あんなの誰も気付かないって」


 トレイシーは、めちゃくちゃ気軽に話しかけてるね。ちょっとくらいはおそれ多い、とかないのかな。


なことを言う、。現に、なんじはここに来たではないか」

「おれは特別なの。来てほしいって思うんならさあ、せめて考えれば察せるくらいの難易度にしないと駄目だよお」

「来てほしい、という訳でもない。気付くものだけが来れば良い。どちらにせよ、汝とて、独力でここに来れてはいまい。他者の助けありてこそ、汝は初めてここに居るということを自覚せよ」


 そういや、ギミック付き宝箱は駄目だったもんね。ほんと、見習いがいてくれてよかったよ。いなかったら絶対無理だったし。


「んー。まあ、そうだね。多様な特性を持った皆が力を合わせて、それぞれの長所を活かしてこそ、難局を打破しうるのか。だけどさ、せめて最後の仕掛けだけは、転移装置よりは手前にないと駄目だって。あんなの、誰も気付かないよ」

「……先程から何を勘違いしているかは知らぬが、我がここの機構を作った訳でも、機構を自由に作り変えられる訳でもないぞ?」

「ええー? じゃあ担当者はあ?」

「知らぬ。恐らくは、この世界を設計したものであろうが」

「伝言も頼めないのかあ。ちえっ」


 色々理解が追い付かないし、深く考えないでおこう。それがいいや。

 わたしだけは別にいなくてもよかった、なんて気付いてないもんね。ふんだ。


ねないでよお、ナズナあ……。ナズナがいなきゃ、そもそもおれはここに来れてないんだよお。おれを冒険に誘ってくれたのはナズナじゃんかあ。前に『証』を失くしたことも教えてくれたし、警報トラップも、おれの代わりに作動させてくれたしさあ」

「そういえば、そっか。……でもねぇ、トレイシー? 言わなかったことを、わざわざ掘り起こしてまでフォローするのは、あんまり良くないと思うなぁ?」


 ついでに言えば、後半はどっちかというとけなしてるんだよね。悪気がないのは分かるけど、言い方を考えてほしいな。


「本当にすみませんでした。許してくださいナズナ様」

「よかろう」

「……本当に仲いいっすね、あんたら」


 そう、わたしたち、仲良し。もちろん、見習いもね。


「もう良いか?」

「あ、はい。その、すみません……」

「構わぬ。冒険の心得を知るものよ。我は導きの白竜。道半ばを征く者に祝福を与えるもの。汝らがここで経験してきた通り、冒険には発見が満ちておる。しかし、一つの事のみを注視すれば危機を見落とし、力におごれば引き際を見失い、りとて賢明さも過ぎれば身をすくませる」


 言われてみると、心当たりがあるかも。わたしはレアアイテムを見つけると周りが見えなくなるし、見習いは本来勝てそうな状況でも、過度に安全を重視する傾向がある。トレイシーは……あれだけ強ければ、まず問題ないんじゃないかって気もするけど。でも、それこそが慢心なんだろうな。


「汝らは誰一人として、独りではここには到れなかった。れども、汝らはここに到った。それは、汝ら自身の不足を、ともにあるものが補えたからである。独りでは足りずとも、寄って足るならば、どんな苦難とて乗り越えられよう」


 これは、トレイシーが先回りして言ってたね。そのせいで、何かちょっと言葉のありがたみが減った気がする、というのは双方に失礼かな。


「互いに協力出来るのであれば、一人一人が完全である必要はない。そして、完全であれないのならば、誰かが欠ければ補われていた部分もまた欠けるのだということを、努々ゆめゆめ忘れぬように」


 言われるまでもないね。みんな得意なことが違うから、助け合っていけばいいんだよ。これからもよろしく。


「我が汝らに与える祝福は二つ。一つは、汝ら各々の長所をささやかに伸ばす祝福。一つは、汝ら自身の持つ特性を見る力だ」


 白竜の清浄な息吹が降り注ぎ、祝福が与えられるのを感じた。

 個人の特性かぁ。どんなのだろ。取り敢えずわたしのは……凄く目立つのは『稀少品狂いコレクター』だね。なんか馬鹿にされてなぁい?


「白竜さん、質問です! 見る力の強化、感覚的におれにも貰えたのは何となくわかるんだけど、肝心の使い方がわかりません! 方法を教えてください!」

「ふむ。異界のものゆえ、致し方なしか。ならば、しばし我に同調せよ」

了解イエス!」


 そういえば、トレイシーはアイテムの名前を見るのもできないんだったね。わたしたちは生まれたときから自然にできるから、逆に感覚わかんないや。


「そう、ここだ。これを操作せよ」

「なるほどなるほど。ダウザー握った時のやつと似たようなスイッチなんだね。もしかして、色々試してみれば、もっと別の情報も見れるようになるのかな?」

「止めはせぬが、やめておけ。理解せぬまま知覚を不用意に操作すると、元に戻せぬようになるぞ」

「超了解しました! ありがとうございます! やめときます!」


 どうやら、見れるようになったらしい。よかったね、トレイシー。


「色々とありがとうございます。白竜さん」

「よい。汝らはこれからも、多くの冒険を経るのだろう。願わくば、その道行みちゆきに祝福のあらんことを」


 特別な得るものもあったし、大満足だね。そろそろ帰ろうかというタイミングで、トレイシーがとんでもないことを言い出した。


「じゃ、そろそろか。導きの白竜」

「……え?」

「ん? ダンジョンボスなんでしょ? おれ、なんか間違ってる?」


 ……いや、違うんじゃないかな……?

 困惑したまま、白竜さんの様子を伺ってみると、白竜さんは特に気分を害した様子もなく、トレイシーをじっと見ている。


「我にというのか、矮小なる異界の蛮勇者」

「うん。まあ別に、あんたを殺したいってわけじゃないんだ。色々世話になったしね。おれは、あんたのその尻尾を切り落としたいんだよ。それさえ貰えば大満足さ」


 失礼極まりない物言いだ。あまりにも不遜ふそんが過ぎる。

 それでも白竜さんは、変わらない調子で語りかけた。何かを確認するように。


「力の差もわからぬか? よもや、大人しく切らせてくれる、などと思っているわけでもあるまい」

「だが、尻尾それものだ。違うかい?」

「……愚かな」


 その言葉とは裏腹に、白竜さんは、心底楽しそうに牙を剥いて笑った。もしかしたら、それは肯定だったのかもしれない。


でんせつに挑むのは、冒険者のほまれってね。ただ、流石にこんなことにナズナと兄さんを巻き込むわけにはいかないからね。先に退避しててよ。仮に参加を望んだって、こればかりはおれは認めないよ」

「手出しせず、ただ傍観するだけならば、誓って巻き込みはしない。無論、汝が盾に取るようであれば、その限りではないがな」

「必死になると、そんなの気をつかってらんないよ。だから、ふたりはダンジョン入り口のあたりで待っててね」


 冗談、ってわけじゃないみたい。トレイシーは、いたって真面目に、本気で白竜さんに挑もうとしているようだ。まったく意味わかんないけど、トレイシーも白竜さんも、それが当たり前ってみたいにやる気だし。どういうことなの?


「姐さん。こりゃもう駄目っすわ。ここは大人しく従っときましょ」

「止めないの?」

「何言ったって止まらんっすよ、あんなの」


 そんなの、やってみなきゃわかんないじゃん。何でそんな確信持って断言してるのよ。

 ……でもまぁ、したいなら止められないか。そうだね。


「全然わけわかんないけど、とにかくちゃんと無事に帰ってきてね?」

「はいよ。……挑む前に、名乗らせてもらう。おれは『浪漫の探求者ロマンチェイサー』のトレイシー・サークス。かなうはずもない憧れに挑む、ちっぽけな蛮勇者さあ」

「矮小なる蛮勇者よ。全身全霊をもって抗い、我を乗り越えてみせよ」


----


 転移装置を使って、ダンジョン入り口まで戻り、見習いとふたりでトレイシーを待つ。最悪死んじゃったとしても、休憩地点セーブポイントから復活して、ここまで戻ってこれるだろう。……微妙に不安だけど、きっと大丈夫だよ。


「凄い一日だったねぇ、見習い」

「そっすな。勘弁してほしいすわ、全く……」

「えぇー? 楽しかったじゃん。色んな発見もあったし!」


 途中で何か変な連中に絡まれた気がすること以外は、全部良かったもんね。嫌なことは早く忘れちゃおうね。


「あぁ、でも確かに、レアアイテムは一個も手元にないもんね。見つけただけなら新しく二つも見つかったけど、成果としてはゼロだもん」

「……そっすね」

「だけど、そっか。トレイシーがものを手に入れることを重視しないのって、そういうことなのかもね。トレイシーはきっと、んだって、知って覚えておくことの方を大事に思ってたんだ」


 何かを得られなきゃ意味がない、ってわけじゃない。それがあることを知っていれば、必要なら、また取りに来ることもできるんだから。


「ただいまあ。戻ったよう。うん、駄目だね。勝てなかったや。研鑽が足んないなあ。もっと頑張らないとねえ」

「おかえり、トレイシー。駄目だったんだ?」


 どうやら、駄目だったらしい。当たり前ではあるんだけど……一方で、なんか意外だ、とも思う。トレイシーなら、やろうとしたことは何だってできちゃうような、そんな根拠がない感覚があるんだ。


「うん。かな。まあ、尻尾が切れなかったこと以外は大満足だ。そんじゃ帰って、次の冒険に備えようよ」

「……まだ懲りてないんだ?」


 全然、諦めてはないみたい。すごいね。


「当たり前さあ。頑張れば届くかもしれないものを、やってみる前から諦めるわけないよね。たとえ最期まで届かなかったとしてもさ、それでもなお、憧れを追って走り続けるから、おれたちはおれたちなんだよ」

「わっかるぅ。それよ、それ」

「……分かりあってるとこ恐縮っすが、無茶はせんでくださいよ、あんたら」


 そうだね。それじゃ、みんなで帰ろうね。

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