風食みの武人
某日、負け犬どもの棲家にて。
「クソっ! 珍妙生物の分際で舐めやがって!」
「ふむ。良き
「先生! ちょうどいいところに! 俺らの
「興味はある。だが、
その程度しか役に立てぬ、ヌシらの
……
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初心者向けダンジョンの探索から帰ってきて、次の冒険に向けた準備をしていたある日のこと。
「この
冒険者団『
お詫びの品を持って丁寧に挨拶に来るというのは、失礼かもしれないけど、だいぶ意外だ。
「反省してるなら、いいよ。今後は悪いことはつつしんでね?」
「もちろんっす! ありがとうございます!」
わたしが謝罪を受け入れていると、トレイシーの呑気そうで、どこか剣呑な雰囲気のある声が聞こえてきた。
「あれ。あんた、見たことあるね。あっかんべーの人だっけ? おかしいなあ、おれは『
「ひっ……! すみませんっ! 勘弁してください!」
「トレイシー。確かに言ってたけど……」
あっかんべー、って。それはともかく、悪意なく、純粋な謝罪の気持ちで訪問してきたことまで否定するのは、さすがにちょっと狭量じゃないかな?
「冗談だよ、冗談。ごめんよ、おどかして。……だけどさ、その謝罪を受け入れることと、もしもあんたらが、おれたちにまたちょっかいをかけてきた時、おれがあんたらを見かけ次第殺すようにするって警告を撤回するのは、別の話だ。それだけは覚えておきなよ。言うまでもないけど、これは個人ごとの話じゃないからね」
あれ、本気だったんだ。そんな気はしてたけど。トレイシーはその場の感情で誇張した表現はしないだろうし、そもそも例の警告の時は冷静そのものだった。冷淡とすら言えただろう。
「……それは……。……はい、理解してます」
『
「なるほどね。まあ、わかるよ。おれだって、あんたらが一枚岩の悪党連中だ、なんて認識してるわけじゃないさ。だから、これからもしかしたら起こるのかもしれない、あんたが望まなかった結末に対して、あんたとあんたの友達が関わってないと信じてほしいなら、これを持っていってよ」
そう言ってトレイシーが渡したのは、蒼く輝く小さな欠片。名前は……『
「もしもあんたら『
徹底して仮定の形で言ってはいるけど、起こること自体は既に確信している、という雰囲気だ。いつかはわからないけど、それならきっと確実に起こるんだろう。
「……ありがとうございます」
「まあ、大事なのは方法じゃなくて、約束する気持ちの方さ。
例によって全部バレてるね。トレイシー、大好き。
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冒険者どうしの交流といえば
「お前も冒険の浪漫がわかる冒険者なんだな! ちょっとそのホロウェンバークスってところの話も聞かせてくれよ!」
「いいよお。
剣の魚? 聞くだけならそんな強くなさそう。群れで襲ってくるとかかな?
「何だぁ、それ! 翼もねえのに空を飛ぶってのかい!」
「そうそう。詳しいやつは、反重力がどうとか言ってたっけか。地上にいるやつにはあんま興味ないらしいんだけど、空にいるやつにはバッチバチに戦意飛ばしてきてさ。だから、よく
なにそれ。同種でもお構いなしなんだ。魔獣でもたまにいるけど、そういうやつは例外なく強いんだよね。そんな生態でも実際に遭遇したって時点で、そいつが歴戦の個体なのが決まってるから。
「物騒なやつだな! お前さんも、そいつに挑んだことがあるのかい?」
「まさかあ。誰かを守るため、とかって理由もないのに、いちいち強いのが分かってる奴に挑むわけないじゃん? こわいねえ、って言いながら距離取るよ、もちろん」
「なんだい、臆病なやつだな! いや、慎重ってやつか? じゃあ全然問題ないな! ガッハッハ!」
トレイシーは確かに、理由もなく強敵に挑むようなタイプではないね。……ということは、導きの白竜さんに挑んだのは、本当に明確な理由として、尻尾を切ろうとしてたのか。その振る舞いは、臆病とも慎重とも違う気がする。もちろん、蛮勇でもなく。
「理由があれば戦う、か。ならば、
「『
「ん。有名な人? こんにちは。おれ、トレイシーっていうんだ。よろしく」
言われてみると、超有名人だった。『風食み』のイブキ。最高位の冒険者のひとり。その二つ名の由来とされる長剣、『
古風な口調だけど、別に年寄りじゃないんだよね。長命種なんじゃないかって噂もある。
「ふむ。トレイシーとやら。ヌシほどの武人なら、名乗りの作法も把握しておろう?」
「ええ? こんなところでやり合おうっての? 危ないじゃん。せめて外に出るとかさあ。というわけで、ばいばい」
そう言い残して、トレイシーは素早く店の外に出ていった。『風食み』はその後を悠々と追っていく。みんなもそれについていった。
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トレイシーは別に逃げたわけじゃなくて、
「ねえ、『風食み』さんとやら。これは、誰の差し金かな」
「はて、何のことかな。儂は、儂自身の意向でここにおるさ」
そういえば、『風食み』は『
「なるほど。それはそうか。戦ってあげてもいいけど、あんたにおれの事を教えたやつがいるよね。そいつが誰か教えてくれなきゃ、おれは逃げるよ」
「
あの、巻き込まないでください。いじめ、よくない。
もちろん、トレイシーを見捨てるってわけじゃないんだけどね。正直興味もないけどついでにやっとこうか、みたいな感じで雑に扱われるのは不服です。
「ちえー。そう来るかあ。まあいいや。どうせ『
「理解が早くて助かるのう。儂は『風食み』のイブキ。ただ一介の武人として、ヌシを値踏みしてやろう」
「えらそうなやつ。『
挨拶が終わった瞬間、『風切刃』が振られ、トレイシーは大きく後ろに跳んだ。武器のリーチを考えると、当たりそうな距離でもなかったけど、トレイシーはそれ以降も、常に一定以上の距離を保ちながら、かわし続けている。
しばらく一方的な防戦が続いた後、『風食み』は言った。
「どうした、トレイシーとやら。ヌシの短剣の届かぬ間合いであろうと、
「わかってるだろ。
「成程、良い勘をしておるな。出し惜しみでないなら許してやろう」
投擲。この前見た『
「しかし、参ったね。このままじゃ勝てる気がしないや」
「死地に飛び込む覚悟もなく、この儂に勝てる訳がなかろう。望みとあらば、広げてやろうか」
「おいおい、今日はただの値踏みだろ? そこまで本気にならなくたって……」
「ヌシが本気を出すのに理由を要するなら、それも仕方なかろうよ。それでもまだ、悠長に様子見など続けるつもりか?」
ぞくり、と背筋に嫌な感覚が走る。何をする気かはわからないけど、『風食み』は何かをするつもりだ。それを察知したらしい、トレイシーの目付きが少し変わった……気がする。わかんないけど、たぶん。雰囲気がね。
「おれを本気にさせたいってだけで、関係ないみんなを巻き込もうっての? 狂ってんねえ、あんた」
「どうでもいいものがどうなったところで、問題あるまい。ならば、有効に使うまでのことよ」
「気に入らないねえ。
ずっと距離を取っていたトレイシーが、『風切刃』の届く範囲に飛び込んだ。猛然といった勢いで『風食み』に切りかかるも、その攻撃が届く様子はない。
「ヌシも大概変わり者よな。どうでもいい連中が、そんなに大事か。縁もゆかりもない、異界の凡百どもなど、ヌシには関係なかろう」
「縁なら既にできてるよ。一緒に冒険の浪漫について語った、大事なお友達さ。どうでもいいっていうなら、おれにとっては
「
「ぐあっ!」
トレイシーの体は『風切刃』に貫かれ、大きく持ち上げられる。
「風よ、喰らえ。『
不可視の刃にずたずたに引き裂かれたトレイシーは、振り抜かれた剣から飛ばされて、そのまま壁に叩きつけられた。もうピクリとも動かない。
「トレイシー・サークス。良き闘争だったぞ。次に
そう言い残して、『風食み』は去っていった。圧倒的すぎる。あれが最高位の冒険者。
……周囲からは熱狂的な歓声があがった。滅多に見られるものじゃないから、気持ちはわかる。でも、今回やられたのはわたしたちの仲間だ。
しばらく呆然としていると、
「……もう行った? ふう、良かった良かった。見逃してもらえて」
いつも通りの呑気な声が聞こえ、平然と立ち上がるトレイシーの姿が見えた。
……確実に死んだと思ってたのに、意外と元気そうだ。
「死なないよお。生きて帰ってこそ冒険じゃん? 最後に死んじゃうなら、それは自殺と大差ないって」
「……いや、見逃された、ってわけじゃないんじゃねえか? まさかアレ食らってもまだ死んでねえ、とは誰も思わんだろ」
見習いが言う。わたしも同意見だね。どう考えても致命傷を受けた、というようにしか見えなかった。それでもトレイシーは、死んでないどころか、まだ動けるだけの余力すら残してるみたい。もちろん、万全というわけではないんだろうけど。
「そっかあ。おれの演技もまだまだ現役ってことだね。まあ、大事にならなくてよかったよ」
トレイシーは徹底的に、生きて帰ることを重視してるみたい。ホロウェンバークスでも、ずっとそうしてきたのかな。わたしも、ホロウェンバークスのお話には興味があるな。
「なんにせよ、お仕事が増えたねえ。別にやりたかったってわけじゃないけど、目障りなゴミは掃除しないと。ああ、やだやだ。楽しいことばっかしていたいよ、まったく」
「……その、もしかしたら違うかもしれないじゃん? 何が、とは言わないけど」
一応聞いておく。例の『風食み』さんが、たまたまトレイシーの噂をどこかから聞きつけて、手合わせを望んだっていう可能性も、ゼロじゃないよね。ゼロじゃ。
トレイシーは、にっこりと笑って言った。
「ナズナ。ほんとにおれがそれ、信じると思ってる?」
……ですよね。いや、別にいいんだけどね。一応ね。
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『
誓いを世界に伝え、契約を確立する蒼い刃の欠片。
『
(装備効果:敏捷性の向上)
『
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