うらばなし
溢命陸覚書:探求は異界にも及ぶ
実態のない栄華は、いずれ
そんなことがあってからは、この忘失の大地は『
誰も、正確なことは覚えてなんかいない。最古参のおれだって、当時は存在すらしていなかったし。
元の
まあ、実のところ。誰に求められるでもなく。自主的に、てきとうに、だ。
……要するに、
「報告。不明な空間の
「
おれは、
「全隊連絡。トレイシー・サークスは、これより調査に出向く。不在時の権限は、全て
「……ハァ……。またか、
連絡を終える。側にいた副隊長『
「心配するな。立場ある、などとお前たちは言うが、
「
お前たちにとっては、留守を預けられることは「頼られている」内には入らないらしい、ということも。こんなにも分かりやすく、毎度頼っているのにな。
だが、それでも。全部ちゃんと分かったうえで。
おれたちは、決して譲らない。
「無駄に危険かもしれないことに、率先して首を突っ込むのは、
「……知っている。止められはすまい。
納得はしていない、か。
……存外、慕われてしまっているものだ。おれとしては、最古参で向こう見ずのおれよりも、儚くも前途あるお前達のほうが、よほど目をかけられ、大事に守られるべきものだと思うのだが。浮世はままならんな。
「全く。何度も教えているだろう。こういう時は『
無事に帰るというだけなら、言われるまでもなく、意地でもやる。
だから、どうせなら。おれたちの冒険が、より良いものとなることの方を祈ってくれ。その方が、嬉しい。
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「空間の
「
何を根拠に断言している、48214番2號。そんなもの、わからんだろう。未知のものに、予測可能な傾向などあるものか。
「観測。事前の予想通り、本質は門か。……先は遥か遠くに繋がっているように感じる。少なくとも、この辺りではないな」
「
「
観測を続ける。
……危険度の予測、不明。しかし、生きているのも困難だ、というほどではない気がする。
ならば、仔細は向かえばわかる。考えても仕方がないことを、見なかったことにするつもりがないのなら、たとえ罠だろうと飛び込めば良いのだ。
「では、調査に向かう。命令だ。安全確保が終わるまでは、誰も入れるな」
「確認。
「現地で考える。予測される範囲では、生存そのものは困難ではなさそうだが、何があるとも限らん。まずは連絡を待つように」
細かな探索の都合を考えるなら、いたほうが無難ではあるが、守れると断言できない以上、いないほうがマシだ。
そもそも、危険度も生存可能性も、判断基準は
「承知。……少し、残念。『
「本当にそう思うなら、せめて足手まといにならんよう、研鑽を怠るな。見込みがありそうなら考えてやる。だが、少なくとも。軽々しく死んでいいやと考えるような軟弱なやつは、おれは絶対に連れ歩かんぞ。命懸け、だなんて気軽に言ってるような
「……それは無茶だよ、
何を馬鹿な。やってできないことなどあるものか。力の大小以前に、お前たちには意志が足らん。最初から諦めているようでは、可能も不可能でしかないというのに。
……だが。おれはそもそも、皆の平穏や幸せのために働いている。
守るべき連中を、未知や危険に晒すなんて、本末転倒だ。
「そう思うなら、それでも良いさ。必要もなく、敢えて苦難にも飛び込もう……なんていうのは、我々英傑だけで十分だ。有事にはそうも言ってられんが、平穏に生きるのは、何ら悪いことではない」
そんなことは、全部承知の上で。
それでもなお、夢を求めて飛び込むしかない
だから、お前たちはそれで良い。
「……
しなくてもいいと言ったのに、それを聞いて逆に頑張ろうと言うのも、おかしな話だ。
期待はしていないが、口先だけでも前向きならば、その努力はまた見定めさせてもらうとしよう。
----
門に飛び込んで、
『
もちろん、忘失の彼方にあるものは、存在した事実も無くなってしまうから、実際には不明なのかもしれないが。
……少なくともおれは、なにか大事なものが欠けてしまったときの、どうしようもない喪失感と
ただ、その懐かしい『
忘失の彼方に失われたものに、再度巡り合うことは奇跡だ。懐かしさに惹かれるまま、
----
空間を割る轟音が聞こえ、やっと足場のあるところへと辿り着いた。すぐに索敵。
……反応があるのはふたり、どちらも
「……なんすか
「ちゃんと言ったじゃん?」
「掛け声は宣言じゃねえんすわ。……パッションだけで行動してると、いつか痛い目見ますよ」
無関係ながら、耳の痛い話だな。さておき、状況確認を継続。
……ならば、
「話す言葉は分かるけど、世界法則は違う? なんか面白そうなところだ! 全部が未知ってのも、とても良いな! 探索のしがいがある!」
おれの声に反応して、脅威度未知数の少女――姐さん、と呼称された
「こんにちは。あなたはやっぱり異界の人?」
「こんにちは。多分そうだ。おれは
やっぱり、ときたか。異界の存在が当たり前の世界ということなのか、もっと別の意味があるのかは不明。引き続き警戒。
「よろしく、トレイシー。ホロウェンバークスってところは聞いたことないね。
存外に
未知数の脅威度も併せて考えると、只者ではないだろう。好感が持てる。
「その通り! 知ってる人がいるかもしれないから、今これを断定することはできないな! とはいえ、今時点だとおれは異界の人という判断でいいと思う!」
何より、当事者としては、その可能性が十分に高いと考えている。
この場が
「おうおう、待てよ玉コロ。俺はお前を人とは認めねえぞ?」
状況と言葉を咀嚼していると、先程転がっていた男の方から、隠すこともない敵意に満ちた声がかけられた。
いっそ微笑ましくすらある。無力な愛玩動物の如く。
「あー、おれの
少し深く観察してみる。主な感情は不信だが、その奥には、
なるほど、少女への好意が根底にあるのか。
「まったく、見習いは初対面の人が相手でも失礼だなあ。そういうの、良くないと思う」
「……姐さんは順応が早すぎるんすわ。訳分からん生き物が突然現れて、警戒の一つもしないってのは、流石に危機意識が欠けてるっしょ」
見習い、と呼称された男は、
それだけわかっているにも関わらず、仮にも意思疎通が出来るような、知性を持つらしい相手に対し、不必要に喧嘩腰で吹っ掛けるというのは「愚かだ」としか言いようがないな。
「警戒するにしたって、そんなわかりやすく警戒したら相手にバレバレじゃんか。見習いさんは冒険とかしないからそういう感覚がなくていいんだろうけど、未知や脅威に最前線で立ち向かって、なおかつ生きて帰るんなら、敵意や害意にはことさら敏感じゃなくちゃあ」
教えてやる義理もないのだが、言わずにはいられない。
基本的に弱者でしかない
逆説的に、こんなにも普通の――下手をすればヒヨッ子の
「……ブチ殺してやろうか、玉コロ野郎」
おまけに、彼我の力の差すらも弁えていない。滑稽なほど、不様だ。
なるほど、異界といえど、
てきとうに受け流していると、少女から叱責の声があがる。
「もー、言われてることは真っ当よ? ごめんね、トレイシー。これでもわたしたち、冒険者なの。風格がないのは自覚してるけど、あんまり的確に地雷を踏み抜いてあげないでね?」
……嘘だろ? 異界の冒険者ってのは、そんなチョロい精神性でも、何とかなるようなものなのか?
……頼りになる
ならば、そういうこともあるか。
「……ごめん。姐さんの方はおれの同類っぽかったし、姐さんに見習いって呼ばれてるなら、そこは気付くべきだった。許してくれとは言わないけど、悪気はなかったんだ」
悪気などないし、許される必要も特にはない。
見習いの方は心配になるほど無能らしい。それでも同類であるなら、せめて使い物になるようにはしてやりたいものだが、果たしてそんな機会はあるものだろうか。他人事なので、どうでもいいか。
「姐さん。俺、こいつ嫌いっす」
だろうな。でも、おれは嫌いじゃないよ。
「わたしは好きだよ? それで、トレイシー。これからどうするの?」
それは何よりだ。しかし、どうする、だと?
夢を求めて、敢えて未知や苦難に挑むものの行動など、考えるまでもなく一つしかなかろう!
「これはまた
とはいえ、その情報を持ち帰ることができるか、については一旦不明ではある。向こうからこちらに来ることは容易にできたが、同等の気軽さで帰ることはできないらしい。
まあ、おれの目的としては、誤差だ。どうでもいい。最悪帰れなくても、
そういえば、
「じゃあ、わたしたちと一緒に行動しない? わたしたちも冒険して色々良いもの探してるんだ」
「いいの? 超ありがたいね。でもなあ、そこの見習いさんが許してくれるかなあ?」
願ってもいない提案だ。ないならないなりに、なんとでもなるとは思うが、現地協力者が得られるのは悪くない。
少女とは、気も合うだろう。どう考えても同類だ。
「姐さん、俺は反対っすよ。こんな得体の知れないヘンテコ生物なんて……」
「んー。まぁどっちか片方を選べっていうなら、わたしは見習いじゃなくてトレイシーを選ぶよ?」
「えぇっ!? そんな! 今までずぅっと仲良くやってきたじゃねえっすか!」
「だけど、これからはもう仲良くしていけない、ってことだね。仕方ないよね。かなしいなー」
仲睦まじい様子で、じゃれ合っている。こういう時は、便乗しておけば良い。
「かなしいねえ。おれが他人事みたいに言うのもあれだけど」
「ああもう、わかったすよ! 同行を認めりゃいいんでしょ!? ……覚えとけよ、このクソ玉コロ野郎……」
本当に御しやすいヒヨッ子だ。仲間としては不安もいいところだが、一先ず都合は良い。
ついでに、念押しもしておこうか。
「わあい、やったぜ。……大丈夫だよ、見習い兄さんの大事なものは取らないからさ」
内心などお見通しだ。そもそも隠しているかは知らんが。なんとなく隠しているのだろうと感じる。
「どういう意味? 知らない人からはともかく、仲間内での盗みはだめだよ?」
見習いの方は意図通り怯んだが、少女からは、ややズレた質問が返ってくる。
これは片想いだな。ぼかしといてよかった。
「ん。まあ、あれだよ。見つけたものの
てきとうに自己紹介しながら誤魔化しておく。実のところ、おれの価値観が
やはりというべきか、少女からは少し不信感が向けられている。
……いや、これはおれの
随分と細かい違和感に拘泥するものだ。気になったことは、追求せざるを得ない性分なのかもしれんな。視野の狭いことだ。
「そういうわけにはいかないよ。仲間なんだし」
「まあまあ、難しく考えることないよ。姐さんも見習い兄さんも、お互いに欲しい物を貰ってるだけさあ。だったらおれも同じように、欲しい物を貰うってだけだし、何も変わんないでしょ?」
少女は冒険の浪漫を求めていて、その見習いは少女の気持ちを求めている。
おれがそこに入ったとしても、おれの欲しいものは、絶対にふたりとは競合しない。
だから、何ら難しいことはない。
「お前の言葉は信用ならねえよ」
「信用するかしないかはともかく、絶対何かはぐらかしてるよね?」
それだけ分かっているなら、当人同士でちゃんと察すればよかろうに。本当に、浮世というのはどこもままならないものだ。それとも、気付きたくない、目を背ける理由でもあるのか。
まあ、
実際どうでもいい真意など、その程度の追及で、いちいち答えるものか。面倒極まりない。
「もちろん、はぐらかしてはいるよ。嘘が言えないとはいえ、何でも正直に言えばいいわけじゃないしな。……なんにせよ、信用されるためにも対価を受け取る必要がある、ということなら、遠慮なく貰っちゃおうかな。なくてもいいけど、あるなら使い道もあるだろうしね」
不信は
しかし、対価か。言ってはみたが、
確か、綺麗なコインが
「まぁいいや。それじゃ、これからよろしくね。そういえば自己紹介をしてなかったけど、察しの良いあなたなら、わたしたちの名前も既に分かってるのかな?」
露骨に探りを入れられているな。
中々無茶を言う。記憶にある限りでは、今のところ判断のしようがないはずだが、この世界の常識では、その限りではないのかもしれない。
「ええ? まっさかあ。どこかに書いてあるならともかく、ここまでに見たもので、判断できるような情報なんてどこにもなかったと思うなあ。せめてヒントがないとさあ」
「ヒントかぁ。これとかはどう?」
そう言って少女が差し出したのは、何やらとても良い石だった。
何が良いとかではなく、これが彼女の浪漫の結晶であるという事実だけは、説明されるまでもなく理解できる。強いて言うなら、手触りは非常に良さそうだ。無性に触ってみたくなる、謎の魅力がある。
「お、いい石だねえ。姐さんの尊い気持ちみたいなものが、強く感じられるよ。……つまり、石の記憶から当ててみろってやつ? おれには無理かなあ。そういうの、得意じゃないし」
そういう技術はあるらしいと聞くが、
聞くところによれば、恐らくは精神波干渉に属する技術のはずなので、
「……これの名前がわからないの?」
少女は、目を丸くして驚いている。
こちらこそ、少女が言っていることの意味がわからない。物の名前など、個々人の呼称だけでも変わりうるはずなのだが、この少女はまるで、物の名前が一意であるのは前提だ、と言わんばかりに聞いてくる。
「……なーるほど、世界法則の違いってやつかあ。ここじゃあ常識が色々違うんだね。……回答は
何にせよ、興味深い話だ。どうせなら、おれもできるようになって帰りたいところではある。
もしかしたら、おれの
「そっか、異世界の人だもんね。じゃあ、素直に自己紹介しよう。わたし、ナズナ。冒険者団『
「……ザック・バーグラー。姐さんからは見習いと呼ばれてる。だが、気安く呼ぶんじゃねえぞ、新入り」
ナズナ嬢と、ザック・バーグラー。
見習いの方は、性質的には
ナズナ嬢の方は、性質不明。記憶に類型なし。性格が
なんともまあ、愉快な面子だ。良好な関係を築けると良いな。
「ありがとう、ナズナ。兄さんは名前で呼ばれたくないらしいし、兄さんって呼ぶよ」
「それはそれでなんか馴れ馴れしいからムカつくな……」
注文が多いな。ならば、何処かで聞いたことがある言い方にでも
「じゃあ、センパイ?」
「馬鹿野郎、鳥肌立つわ。……取り敢えず兄さんでいい」
どうやら気に入らなかったらしい。
敬意を込めた呼称の一つだと聞くが、やはり
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