第2話 尽きる金、尽きぬ夢
この世界はクソッタレだ。
クソダサ全身鎧が蔓延り、せっかくのファンタジー世界を台無しにしている。
確かに理に適った選択かも知れない。
デザイン性を犠牲にして、命が守れるなら安いかも知れない。
だがしかし、俺は納得できない。
許容なんてできない。
たとえ、それがどんなに歪で、異端な思考だとしても。
今日も今日とて、理想の異世界を目指して自分の城、『ヴェルド防具店』で装備を作ってゆく───
「ヴェルド、赤字でこのままじゃ倒産するで」
そんな生活は急に終わりを告げた。
看板娘や経理など、鍛治以外の仕事を請け負ってくれる我が社唯一の社員、フロウはため息混じりにそう伝えてきた。
「……なんとかならないか?」
「ならんなあ。主に売れん装備作るバカと虎の子の売却用素材を勝手に使うバカのせいで」
「反省はしている」
「反省してるヤツは何度も同じことせぇへんねん!! なんで毎度毎度自分で自分の首締めてるアホの尻拭いせなあかんねん!!」
「いつも助かっている」
「おーおー感謝はええから反省せえやクソボケェ!!」
フロウは怒りのまま机に拳を叩きつけて声を荒げる。
だが言い訳をさせてほしい。このジリ貧状態は俺が悪いのではない。世界が悪いのだと。
この世界の住民は、全身鎧以外の防具を身につけない。
文化と言ってしまえばそれまでだ。異文化である俺の装備は受け入れられないのだろう。
それを考慮した上で疑問なのだが、少し凝ったデザインにしただけの全身鎧ですらも二の足を踏むのはなぜだ?
性能で言えば他の防具より俺が作った防具の方が圧倒的だぞ?
冒険者は命あっての物種じゃないのか?
もはやこの世界はクソダサ全身鎧の呪いがかかってるとしか思えない。
それともアレルギーか? オシャレアレルギーなのか???
思考が逸れた、話を戻そう。
「しかし金か……またダンジョンに素材採取でも行くか?」
「それはちょっとギャンブルが過ぎるなあ。下手に遠征費かさむとマイナスやし、魔物や採取できるヤツがロクに無い時もあるしな」
「む……素材も心許なくなってきた所でちょうど良いと思ったんだがな」
「素材余っとったら売っぱらって借金返済に回しとるわ!」
インスピレーションには勝てなかったんだ……
あと、素材を俺の手に届くところに置くのが悪い。
「そうなると、今すぐ金を作るには装備を売るのが手っ取り早いか」
「売れてから言えや」
「……売れてはいる」
「こっち見て言わんかい」
実際売れてはいる。
俺が作る装備は低価格高品質高性能と、従来の装備と比較すると圧倒的な性能差がある。
そのため、性能だけで購入を決める買い手が一定数存在するのだ。
……ただ、団体ではなく個人の購入なだけあって収入としては微々たるものでしかないが。
商人をしている友人曰く、「こんなリスキーな商品扱えないし、顧客が減りそうだから扱いたくない」との事で、取り引きを拒否された。
友情は金の前では無力だ……
「全身鎧嫌いなん分かるけど、もうちょい顧客に寄り添うとかないん?」
「精一杯寄り添っているつもりではあるんだがな」
それに、全身鎧は嫌いなわけでは無い。あれはあれで良い物だと思う。着こなしやデザイン次第では荘厳な雰囲気を醸し出すカッコいい代物だ。
それでも全身鎧をあまり作りたくない理由は、勿体ないと思っているからだ。
せっかくのファンタジー世界、全身鎧だけしか選択肢がないのはあまりにも勿体ない。
「寄り添ってるなら、一個も売れてへんビキニアーマー作るんやめぇや。倉庫めっちゃ圧迫してるやん。倉庫の半分くらいビキニアーマーやで?」
「……いつかさすらいのビキニアーマーマスターが買い占めるかもしれないだろう」
「ビキニアーマーなんてここでしか作ってへんアイテムのマスターなんておるわけないやろ」
「…………性能や機能性などあらゆる点で既存の全身鎧を上回っている、いつかきっと売れるはずだ」
「いや、やっぱ何回見てもただの金属の下着やって。性能以前の話やろこれ。誰も買わんってこんな上級痴女アイテム」
「ぐぅ……!」
これほど長く社員をしているフロウがビキニアーマーの素晴らしさを理解してないなんて……!
くっ、俺に本物の究極のビキニアーマーを作る腕前さえあれば……!
俺が誰もが目を奪われるほどのビキニアーマーを作れれば……!
「あー、沈んでるとこ悪いけど話進めてええ?」
「ああ……確かビキニアーマーをどう売るかという話だったな。任せろ、俺の威信をかけて究極のビキニアーマーを作ってみせよう!」
「ちゃうわアホ! そのビキニアーマーに対するこだわりはなんやねん!? 全身鎧の対義語がビキニアーマーなんか!?」
「ふっ……それがロマンというやつだ。なんだったらどうだ、一度装備してみれば良さが分かるはずだ」
「着るかボケェ!! ……そ、そないシュンとした顔されても着ぃへんからな!! ウチは痴女ちゃうからな!?」
似合うと思ったのだがなあ……
この世界の住人はなぜだか整った顔立ちの人が多い。俺の憶測では、比較的基礎スペックが高い貴族が美男美女を集めて子供を作り……というのを数世代繰り返した結果、魔力量や身体能力に優れた美形が生き残りやすくなったのだと思う。
それだけに、頭のテッペンから爪の先まで覆うクソダサ全身鎧を装備しているのを見ると、他の装備も着ればいいのにと思ってしまう。
「コホン……あー、そういや思い出してんけど、前に売れてた鎧あるやん。あれ作ったr」
「あれは二度と作らん」
「お、おう……」
『ヴェルド防具店』の発足以来、未曾有の黒字を出した時期がある。
それが全身鎧シリーズ【バケット】。「お前らどーせ全身鎧しか買わないんだろう? これでも着てればどうだ?」と悪ふざけで作った防具だ。
既存の全身鎧と違うのはフォルムのみ。T字に開けたバケツヘルメットに角張った鎧。デザインだけでなく管理や持ち運びの面でもデメリットだらけのジョークグッズ。
それがなんの冗談か、バカ売れしてしまった。
ただの鉄板を貼り合わせて少し形を整えただけの防具なのにも関わらず、値段は釣り上げられ、プレミアはつき、一種の社会現象とまでなってしまった。
侮っていたのだ、この世界の美的感覚を。
こだわった作品ではなく、悪ふざけの産物が売れた。そして、俺は金と苦みを手に入れた。
「一度だけで十分だ……あの苦みは……!」
「分かってたけどバカ頑固やなあ」
「……はぁ……せめてこだわっていると言ってくれ」
「こだわってるからカツカツ経営なんやで?」
分かっている。この世界で俺の趣向など単なるワガママにしかならない。
それでも、それでも受け入れられないものがある。矜持を捨てるのは死と同義なのだ。
「ま、しゃーないか。ほな、前言ってた依頼受けよか」
「………?」
「なんやその顔。依頼書先週くらいに渡したやろ? 騎士団からの防具製作やって」
「騎士団の防具製作か……あまり気が乗らないな」
「今倒産の危機やって分かっとるんか? 仕事選んどる場合ちゃうで?」
分かっているが気が乗らない……
騎士団の防具製作など俺が好まない類いの仕事だ。自由度は少ない上、十中八九全身鎧を作らされるハメになるからだ。
その上アレコレ注文をつけて拘束時間が長い。
報酬が多い以外良いところがない仕事だ。
「だが、そんな依頼なんてあったか?」
「えぇ……依頼書渡してたやろ? ほら、妙に凝った小難しい感じの手紙付きの依頼書」
「俺の記憶が確かなら、そんな物は受け取っていないはずだが……」
依頼など滅多に来ないが、来れば受けるにしろ受けないにしろ返事が必要だ。よほど見当違いな依頼や詐欺はフロウが処理してくれているはずだが、正式な依頼を雑に扱うとは考えづらい。
俺も、いくら気が乗らない仕事でも正式な依頼なら確認と返事くらい書くはずだ。
「っかしいなあ。確かに重要書類って渡してたはずなんやけど。机の上か? ってうわ、設計図だらけやん。整理くらいしぃや……ん? なんかこの紙手触りええ気が……」
「……あっ」
瞬間、記憶が蘇る。
深夜テンションで設計図を描いていて、紙が無くなったのでその辺にあった裏紙を使った記憶───
「これやんけ! 渡しとるやんけ! というか重要書類の裏に何落書きしとんねんクソボケェーーー!!!」
「すまなグワァー!」
フロウの絶叫と共に放たれた渾身のドロップキックを、俺は甘んじて受けた。
寝不足で仕事をするのはやめよう。そんな当然の事を、俺は今更心の中で誓った。
その後、不動明王を背負った年下の少女を前に、ガタイのいい体を縮こませて正座をする哀れな男の姿があった。
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