第3話 旅立ち前夜

 活動していると、装備は消耗していく。

 精力的に活動する騎士団であれば、さらにその消耗は早い。

 消耗品であると割り切ったとしても装備は高額。性能など突き詰めればキリがない。


 そこで、依頼主の近くに住み、尚且つ腕が良い鍛治師で、さらに友情価格で取引してくれるような良心的な鍛治師が居れば……


「俺に依頼が舞い込むのも自明の理と言うわけだ」


 俺もここまで大きくなったか……異世界の夜明けは近いな。


「友達やから依頼しただけやろ」

「やはり持つべきものは友だな」

「いや、ウチの友達であってヴェルドの友達やないやん」

「いい友を持ったなフロウ……おかげで倒産の危機を脱せられそうだ。ありがとう」

「おーおー、ウチのツテと優しい後輩ちゃんに感謝して崇め奉れや。今回ばっかはホンマに」


 フロウの視線から目を逸らし、木箱に荷物を詰め込む。

 騎士団からの依頼を熟すべく、迷宮都市までちょっとした旅行をするためだ。


 迷宮都市グラニエル。

 魔力により成長する迷える洞穴。

 洞穴は誘い込むように金銀財宝を用意している。しかし、同時に試練と苦難も味わう事になる。


 だからこそ、人が集まる。

 世界中から腕自慢が集い、迷宮ダンジョンへと潜る。

 一攫千金の夢を見て。


 そんな迷宮ダンジョンには当然、王都から騎士団が随時派遣されている。

 財宝目当てなのはもちろんだが、迷宮ダンジョンの管理や緊急時の抑止力として活動している。


 そんな騎士団からの依頼。予算を抑えることが主目的なのは透けて見える。足元を見られているのは不服だが、鍛治師として躍進する大チャンス。

 これで順当に依頼をこなせば、『王国騎士に防具を拵えた』という肩書きを手に入れられる。

 つまりは信用を手に入れられると同義。


 この世界において信用は重い。


 前世のように情報が簡単に手に入るような時代ではない上、命を預ける防具には信じられないくらい慎重なのだ。

 その結果、数百年と同じような全身鎧を着続けている。


 だが、この依頼を俺の流儀で達成すれば、全身鎧以外にも関心を示す人は増えるはず……いや、増えるに違いない!


「気は乗らないが、万全は尽くすつもりだ」

「万全を尽くすのはええんやけどな、まずは手に持った狂気ビキニアーマーを置け」


 俺の集大成をぶつける。

 たとえ全身鎧をオーダーされたとしても……まあ、気は乗らないが……今後につながると思えば……気は乗らないが……


「おい、聞いとるんか? ビキニアーマーを荷物から出せっちゅうてんねん。荷物の中に置けなんて言っとらんやろ」


 見本のレパートリーは多ければ多いほど良い。

 だが重量制限もあるからな……仕方ない、少し厳選するか。


「っておい! この箱全部ビキニアーマーやないかい!! 一個でええやろこんな色物!!」

「待て、それは厳選済みの見本だ。絶対に持っていくからな」

「騎士団を変態集団に変える気か!?」

「いや、そんな気は無いが?」

「……信用できんねんけど」

「なぜだ?」

「ビキニアーマーが一般的とか言い張るやつの感性が信用できん」


 まあ、全身鎧以外は変化球どころかデッドボールな世界だ。ビキニアーマーなんてその最たるもの。そのように思われていても仕方はない。

 だが、今回に限っては本当に誤解だ。


「ビキニアーマーは本当に見本だ」

「見本ならもっと別のがあるやろ……なんでよりによってこれなん?」

「俺が作る防具の中で、性能を維持できる最小面積、最小重量で作ることができる防具がビキニアーマーだからだ」

「うそやろ……」

「本当だ、嘘はない」


 魔力発生と循環の都合上で心臓付近に、機能効率の上昇と効果範囲の拡大のための中継点として股間に。この2点に装備していなければ術式が正常に作動しなくなる。

 そうなると、自然に上下セットの下着のようなもの……さらに金属素材を使えば自然とビキニアーマーになってしまう。


 なんの因果か、まるで導かれたかのようにビキニアーマーに収束した。

 これは偶然……否、必然的にこうなる運命だったのだ!


「というか、この事は知っているはずだろう? 俺が書いた論文は読んで無いのか?」

「いや、ウチただの店員で研究者でもなんでもないんやけど?」

「読んで……ないのか……」

「露骨にガッカリするな!? いや、読んだけど理解できんかったっていうか……魔法学校でも最低限の座学しかやってへんかったから……いや、ダメな使用例とかはちゃんと抑えとるで? 使い方はバッチリやから!!」


 まあ……そうだよな……細かい理論とかはあまり理解してない、使えればそれで良い。そういう認識が一般的だ。

 だから自分の店員が、魔法学校時代からの付き合いのある人間が、こんな専門的すぎる事を理解してないのは、仕方がないことなんだ。


「……俺の防具は魔道具寄り。つまり、術式と有効範囲さえ分かれば他の装飾はどうとでもできる」

「あー……それで、見本になる装備を見繕ってたんか」

「ああ。一見同じような見た目でも、細かい術式が違う物もあるからな。それに、既存の全身鎧とは何もかもが違いすぎる。見本は多いに越した事はないだろう」


 それに、細かな術式の違いが分かる騎士や俺の論文を読み込んでいる魔法使いが居るかも知れない。

 ここで手を抜くのは論外だ。


「……それにしてももうちょい別の持っていかん?」

「重量制限がある。少しでも多く持って行きたい」

「いやぁ……うぅーん……」


 なんとも言えない微妙な表情をするフロウ。

 まあ、今回は合理的な理由もある。向こうにも説明すれば理解が得られるだろう。


 あわよくば、全身鎧以外も売り込めれば……

 性能は既存のものとは比べ物にならない、あり得ない話では……


 ふふふ、夢が広がるな!

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異世界ならば全身鎧を脱ぐべし 石見つづり @isimi_tuzuri

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