第19話 1から2

「おかしいと思ったんだ」と僕は唾を飲んだ。「後輩は言った。自分の任務は久我リーシャを捕らえることだってな。誘拐したんだっけ? それと捕らえるって、何が違うんだ? あいつは任務を遂行しただけで、キギスの明敏が、それでもともと不利益を被るなら、そんな任務なんて依頼しないはずなんだ。そうだ、キギスの明敏が、それで不利益を被るなら、だ」と僕は続けて言う。「どうして僕に後輩を殺させようとしたんだ? ノア」

 僕は冷え切ったコーヒーをすすった。そのコーヒーはまずかった。

「あなたに言わなかったかしら、組織では普通、個人の依頼内容を他者に教えてはならないって」とノアは言った。その声はわりに落ち着いていた。「あなたが女たらしだってことは計算外だったわ。まさかそこまで、ハンドレッドに信頼されていたなんてね。あなたたち、会ってから一週間も経ってないじゃない」

「そうだな。でもなぜか教えてくれたんだ。どうしてかは分からない。無知と若さと、それと顔がカッコイイからだと考えているよ。どうだろう?」

 ノアはため息をついた。呆れているといった風だった。

「光の顔はお世辞にもかっこいいとは言えないわよ。どっちかっていうとかわいい系」

「……ふん。悪くない」

 またノアがため息をついた。僕はノアがため息をつくと、どうやら僕は嫌な気分になるみたいだった。

「私ね、天才が好きなの」

「校庭裏と屋上以外での恋の告白を、僕は受けつけてないので、帰ったら電話でそういうことを言ってほしい」

「次にふざけたら、発泡ポリエチレンフォームの擦れる音を聞かせてあげるから」

「……はい」

 あの、あれだろう? プールで使う、ビート板の素材であるあれだろう? 死ぬまで絶対に決して二度と聞きたくないね!

「……ばれちゃったなら、どうしようかな。どこまで分かってる?」

「僕のボスがノアだってこと。あの端末は、キギスの明敏用の端末じゃなくて、ノアの自前の端末で、それから送られてきた依頼が、久我家のご令嬢と親交を持つ、というものだから、ノアが依頼した内容なんだなということ。もはや僕はキギスの明敏の成員といっていいのか怪しいということ」

「全部いってくれたわね」

「でも分からない。なぜハンドレッドを殺す必要がある?」

「そいつがキギスの明敏側の人間だからよ」

「なるほど。君は裏切り者ってわけだ」

「どうしてそう美しく表現できないの? 救世主と呼んでくれないかしら?」

「それは表現の問題ではなく、視点の問題だと思うけれどね」と僕は言った。「正直に言わせてもらうと、ハンドレッドは、殺したくない」

「情かしら?」

「そうだな」

「もう随分と父親みたいな雰囲気を出しているわね」

「そうかな?」

「まあいいわ。今の状況じゃあ、私はあなたの要求を全て呑むしかない」

「しかし、ノアの言っていることもなんとなく、分かる」と僕は言った。「魔法。どういうもんだ?」

「分からない」

「そうか。それはすごい怖いものだな」

「協力して」とノアは言った。「まずはハンドレッドを裏切者にする」

「君こそ人を裏切者と表現するじゃないか……まあ、いい。だが、協力して、と言われる筋合いはない」と僕は言った。「僕の協力をしろ。今から僕の言うことは全て聞くんだ。分かったな?」

 ノアはため息をついた。「どうやら、そうするしかないようね」

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