第20話 虹彩
五十階建ての高いマンションの屋上にはヘリコプターが降りられそうなマークがあり、それが何だか映画に出てくるような魔法陣みたいで、僕にリーシャの、魔法関連のことを思いださせた。
風は強く吹いていて、昼ごはんに超大盛のラーメンを食べていなかったら、質量が足りなくって、吹き飛ばされてしまったんではないかというような強さだった。
横を見るとノアがいる。双眼鏡を下へ向けている。
「僕は案外に、待つのが好きな性格だ。しかし、待った先にあるものを知っていなければ、そのかぎりじゃない。というよりは、そういう状態は待っているという定義から外れているだろう? だからそろそろ、誰を待っているのかを教えてほしいものだな」
ノアは返事をしない。僕はため息をついた。そろそろ日付が変わろうとしていた。
「来た」ノアは言った。今日が始まって三十分後のことだった。僕はノアから差し出された双眼鏡を受けとって覗いた。
「どこを見れば?」
「あそこ」それは言葉だけだった。パントマイムすらなかった。僕はこの女のことを殴りたくなったが、双眼境を覗いた先に偶然にも偽物リーシャの姿が見えたからぐっとを抑えた。
「ノア。あれが偽物だってことは知ってるってことでいいのか?」
「ええ」
「どうする?」
「捕まえるわ」
僕は双眼鏡から目を外してノアを見て、ノアが本気で言っているのかを確かめるためにその眸を見た。本気のようで何よりだった。
「……了解したが、どうやら護衛っぽいやつらがいるみたいだな」
一見して、偽物リーシャ(以下Fリーシャと呼ぶこととする)は一人でいる。しかし、少し離れたところに明らかに怪しい人間がいる。見たところ三人。黒い服を着ている。彼らは互いに目で合図を送り合っているように見える。
「全員が敵よ。容赦しないで。気を抜いたらやられるわよ」ノアはバッグのなかを探るようにしながら言った。「でも、なるべく音は出さないほうがいいかな。一般人だけからじゃなくて、キギスの明敏に見つかっても、私が誰かと共同で任務にあたってることばれてお尋ね者になっちゃうしね」
ノアは小型のイヤフォンを手わたしてきた。僕はそれを受けとって耳にはめた。
「分かった。静かにいこう。街の人間の睡眠を妨げてもあれだしな」
ここは花宴地区。経済地区である葵地区の隣に位置していて、いわゆるお金持ちが多く住んでいる住宅街だ。車の通りは多いが、人通りはあまりない。あまり明るくもない。
僕は一人で階段を素早く下りていった。
『緊張してる?』ノアの声がイヤフォンから聞こえる。
「まあね」僕は言った。
キギスの明敏 藤本ゆうり @yuri0616
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