第18話 違和感

 百貨店を訪れたのは、そこにテレビがあるからだった。僕は売り出しもののテレビでニュースを見ていたが、思っていたようなニュースが流れていないことを知ると、すぐにそこを後にした。ついでに本屋に行って新聞を立ち読みするが、やはりそこにも、僕が期待していたような内容は書かれていなかった。わざわざ出向いたが、徒労に終わって、ホテルへ帰った。

 後輩とコンタクトを取りたいから、メールを送ってみたが、やはりというべきか、返信は来ない。狙われていることはきっと分かっているのだろう。

 後輩を殺さなくてはいけなくなったわけだが、それには付随して、特殊な是非が二つある。それは、『久我リーシャの前で抹殺することは非』と『他の成員と協力することは是』の二つだ。緊急だからだろうが、根本的なルールも今回ばかりはその限りではないらしい。

「ということなんだが」と僕はノアに電話をかけて協力しないかと提案した。僕が知っていてかつ、今に協力できる『キギスの明敏』の成員は、ノアしかいない。

『そうね。いいわよ。どうやら、成員には全員、その旨の電話があったみたいね』

「それじゃあ、他の連中は寄ってたかって今、その、ハンドレッドを殺そうしてるのかな」

『言っておくけど、だからって、光が依頼遂行に努めない理由にはならないわよ?』

「どうしてさ」

『あなたがハンドレッドと面識があるのを、私は知ってしまっているわ、残念ながらね』

「責任が僕にもあると?」

『まあね。そうは思わない?』

「今回の相棒は、なかなかの責任感があるようで、僕はなによりだよ」とため息をついた。「協力するにあたって、一度会っておきたい。僕が大遅刻したあの喫茶店で落ち合わないか?」

『どうして会う必要があるの?』

「詳しく見てもらいたいものがある。機械系なんだ」

『あら、どうして機械系なんてぼやかすのかしら』

「機械系なのは確かだが、何か分からないからぼやかしたんだ。断定して間違えてたら恥ずかしいだろう? 僕はそういうのに詳しくないから」

『ふうん。なら一旦、写真でそれを撮って私に送ってから、配達で私の指定する場所に届けてよ。送料はこっちが持ってあげるわ』

「ふうん。君はどうしても僕に会いたくないみたいだね。化粧品を切らしてる?」

『あら、そんなことはないけれど?』

「大事なものなんだ。機械だし、配達に任せるのはなんかだ。写真は送る。これで信用してくれないか?」

『私、光を信用してないわけじゃないのよ?』

「ならいいけど。じゃあ、今日の二十時でどう?」

『うーん。五分遅れてもいい?』

「いいよ。じゃあ、そうしよう」

 僕は一度、ノアに見せたいという機械を、ホームへ取りに行った。そこでは、お湯を沸かして二杯のコーヒーを飲み、機械の写真を撮ってノアに送信した。送信した画像には、縦横ともに三十センチくらいの黒の箱が映っている。僕は扉を開けて外へ出、鍵をかけてホームを去った。


 らせん階段を下りていくと、鏡でできたドアがあった。目の前に構えるそのドアには、やはり僕がうつっている。ドアノブもなく、押戸なのに、指紋の一つも見受けられない。羊革の手袋をはめて、中へ入った。

 ドアベルが鳴って、カウンターに立つ一人の男性が、こちらへと微笑む。男性の後ろの棚には、花柄のカップが百花繚乱といった感じで並べ立てられている。

「いらっしゃいませ」とカウンターの男性は優しく僕に微笑みかける。

「どうも」と僕は手を控えめに挙げて返事をする。「少しお願いがあるのですが、訊いてもらえませんか?」

「一度ここから出ていってほしい、という御用件でしょうか?」

 冷や汗が出たが、ここでひるんでしまっては、計画の出鼻をくじかれてしまう。

「はい。どうにかできませんか」

「要は、あなたのお友達に姿を見せなければいい、というわけですよね」

「心でも見えるんです?」

「さて、どうでしょう?」

「お願いできますか?」

「いいでしょう。私は裏へ下がります。しかし、彼女はあなたがいる部屋が分かるでしょうか」

「分かりますよ。僕といったら9ですから」

 道を進んで9のドアを開けてなかへ入ったとき、僕は心臓がはちきれてしまいそうだった。誤魔化すように大きく笑った。

 現在の時刻は二十時三分。少なくともあと二分でノアが来る。僕は例の黒い箱をテーブルに置いて、ノアの足音を待った。

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