第8話 Stepsと分かったこと(3)

「ねえ」と僕はいう。「どうして学園の人間は、喫茶店で集まるものなのだろう?」

「さあ? 伝統じゃない?」と後輩はいう。

 なら仕方ないか、と腑に落とす。学園の人間は、生まれてからそれを終えるまで、いったいどれくらいの金額を、喫茶店での会合かいごうに費やすのだろうか。

「それで? 君は僕とどういう話がしたいんだ」と僕がいうと、

 後輩は、まるで樽に短剣を刺したかのように、びっくり跳ねた。

 放課後(というのも、後輩は本当に学園生のようで六時限目まで講義を受けなければならなかったのだ。後輩が本当の学園生だったっていったのは、いやね? 僕がこの学園に不法に侵入しているからその対比として……以下略)、喫茶店で待ち合わせをしていた僕たちは、かれこれ、一時間くらい、本題とはずれた話題をぺちゃぺちゃ喋り合っていた。なかなか話が分かるやつなので、僕もすっかり話し込んでしまったというわけだ。

 後輩は中等部の制服のままで、胸にリボンをつけている。黒い髪でショートカット、透けて額が見とおせるくらいの前髪。顔のパーツにはそれぞれ角度があって、一見してもそれと分かるほどの、なかなかの美人だ。『キギスの明敏』にいる女性はみんな、ノアとか君とか、美人の手合いで構成されているのではあるまいな。劣等感にさいなまれるぞ、ちくせう。

「あなたはさ、どうしてあの教室に居たの?」

「依頼があってな」

「そう……あなたって、もしかしてかなり仕事ができる人なんじゃない?」

 なんだか急に褒められて、すこし疑心暗鬼ぎしんあんきになる。

「リーシャちゃんでしょ? きっと」

 後輩が怯えた顔をした。僕は自分の目が鋭くなっていることに気づいた。自分の頬を叩いた。

「すまん。大丈夫だ。今のが僕の答えだ」

「そう……」と後輩はほっと安心したようだった。「そういえば、一人称が僕になってるよ?」

「ああ。僕は本当は僕なんだ。僕が俺のときは、たいてい警戒しているときだ。だから僕が僕と言っている今の僕は、警戒を解いている僕なんだ。君は誇っていい君だよ」

 後輩はくすくす笑ってくれた。あまり年は離れていないはずなのに、その笑顔がすごい子供っぽく見えた。「私も、警戒しているときは少し強気になるわ。あんたって、さっきあなたのことそう言ってしまったもの」

 僕は苦笑した。口をへの字にした。互いにコーヒーを一口すすって、一息ついて、一つの話を切り出そうとしていた。

「協力して」と後輩はいった。「私はリーシャちゃんを守りたいの」

「詳しく聞かせてくれ」

「うん」なるほど、後輩は綺麗なひとみを持っている。「今から言うことは、私がもともと知っていたこと。だから、あなたから情報が漏洩ろうえいしたことにはならない。つまり、組織からの制裁は、全て私にくだされる」

 深刻に言う後輩。こういう顔はなんか似合わない、と僕は思った。

「おいおい。随分と物騒な話になってきたな。やめてくれ」

「聞かせてくれといったのはあなたじゃない!」

 後輩は期待をあげるだけあげられて裏切られたように、机をばん! と叩いた。周囲の客の視線が僕たちに集まる。やるときやるやつだな、こいつ。

 咳払いする。

「ちがうちがう、そうじゃない、物騒な話を独占しないでくれ。君はなぜか、僕を危険から遠ざけようとしている。僕がこの組織に入ったのはそういうことに関わるためだぜ? 組織からの制裁? どんとこい!」

 悪者の笑顔を作ってみて見せた。自分で言ってて怖かった。後輩はちょっと引いていた。やっぱりこういう顔が似合うというかぴったりしている。まだ会って間もないが、そう思える。

 もう一度だけ咳払いをしてから、

「つまり、あれだ。協力するってことだよ、別に組織からの制裁があっても。そうやって人を危険から遠ざけようとするとき、人は便宜的べんぎてきに嘘をつく。僕が知りたいのは真実なんだよ。だから、何も気にしないで、本当のことだけを話してほしい。僕が言いたいのはそういうことだ」と言った。「前置きが長くなった。すまない、続けてくれ」

 後輩は頷いて、ちょっぴり笑って「ありがとう」と言ってくれた。

 僕の真似をするように、後輩も咳払いをして、

「私にね、ボスから電話が来たの。本物の、久我リーシャを捕らえろってね」

 後輩の話をやくするとこうだ。久我リーシャは二人いる。

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