晶幻【散文詩三編】


  *


永劫とも呼べる刻を変化する事無く歩み続ける。


其れが果たして善か悪かは誰が決める物でも無い。


限り無い狂夢を奥底に捕らえ、絶望を知る事無く唯此処に存在するのみ。


荘厳なる誇り高き輝きは何が有ろうと決して衰えはしないだろう。


  *


【焔血:ルビイ】


  ・


透明な液体の直中に一条逆流し立ち昇る深紅。


何時しか視線を外した隙に、其れは残滓を燻らせながら四散する。


血液は何時の時も燃え立つ様な色彩で心を形取るのだ、


其れは此の様な病める瞬間でさえ変わりは無い。



日々喪われつつ或る己の生命力を気持ち程度補う物としての硝子の様な液体、


其れを身体に受け入れるのに伴う鈍い違和感。


此は純粋な紅、焔で或る筈の動脈の中の命を薄める事に対する侮辱の証なのだ。


解って居たとしても其の行為を止める事は不可能、其程に人の生命への欲求は貪欲であり、又其の癖喩えようも無い程此の身体は限り無く脆い。



炎える血の色は緋い貴石めいて居る。


深い湧き上がる様な透いた煌きに瞳を奪われるのだ。


凡てをを超えた処に其れは在る、


或いは何者をも拒絶する限り無く崇高な物と成る。



闇の中ふと眼が醒めた。熱い、身体中が軋む様に痛みを訴える。


……嗚呼、何と言う事か。


灼ける、躯中の緋色の液体が輝きと成り、燃える怒りの彩と化している。


恰も神の逆鱗に触れた愚かしき罪人、烈火の中の処刑者の如く。



総てを浄化せよ。純粋なる煌きを汚した事を後悔するのだ。


総てを浄化せよ。もう二度と消される事の無い深紅の焔に絡め取られ永遠の果てに苦しむのだ。


総てを浄化せよ。欲望より惰性より強い物、崇高な者の姿を今思い知るのだ。


浄化せよ……最期に何処からか聞こえた呟きは遠い遥かな永遠の祈りの唄、だった。


  *


【氷瞳:サファイア】


  ・


一滴の冷たい結晶が掌より腕を転がり暗闇の中に墜ちて吸い込まれ、消えた。



胸元に萌えるのは蒼い碧い炎。


溢れ落ちる様な輝きが、海の深い生命を宿して纏わり付く。


純粋な、稀石、輝石。


美しいと云う言葉では足りない、魂まで魅せられる真実の、唯一の完璧なる、瞳。



自分は生命だ、彼の宝石の様に永遠は有り得ない。


例え一瞬の完全すら求める事は不可能で在る事実を、目前に常に突き付けられながら、今を生きるしか術が無いのだろうか。


永久不変の存在で在りたいと云う、身を切る様な願望を延々と魂の奥底に、常に描き胸の奥に抱きながら、


過ぎ去る現在を忘れ難い過去をそして悪夢めいた襲い来る未来を、其の瞬間を歩み続ける。



真夜中の暗闇の奥深くで叫びたく成る様な衝動に突然駆られた。


寒い、凍える様に余りにも寒い。


悪寒が躯中を直走り、神経の末端から骨の中心迄、同一の感覚が理性まで支配した。


打ち砕かれる様な鈍痛が頭蓋の鐘を打ち鳴らす。



そして迫り来るのは眼窩の裏で発生した限り無く捉え所の無い違和感、


瞳孔が、虹彩が徐々に凍って行く初めて体験する種類の恐怖に呆然と全身を染め上げられた。


視界が総て美しく段々と蒼褪めて往く。高く堕ちそうな天の彩、深く囚われる海の色。


忌み嫌った変貌を拭い去り、恋焦がれ続けた瞬間の凝結、永遠の不変に今絡め取られようとして居た。



横たわる躯に静寂と共にゆるりとしかし確実に霜が降りて来る。


氷の結晶の棺に閉じ込められた生命は、未来永劫変わる事は在り得よう筈が無いのだ。


そして唯一開かれた右の瞼の奥には今迄の生命を共に歩んで来た瞳に替わり、


切々と憧れ続けて来た無限の象徴とも云うべき、真実の青の貴石の輝きが静かに冷気を湛えて佇んで居た。


  *


【壊夢:オパアル】


  ・


暗闇の中で夢を見続ける。


此れは何者にも邪魔されない永遠の孤独の世界、無限或いは夢幻の境地。


静寂すら音を立てず静かに立ち去り、抑圧でさえ闇の夜の重さに耐え切れず黒に紛れ消え失せた。


此処に存在するのは次々と浮かんでは消えて往く儚い幻想と、其れを柔らかに抱え込む無垢の純粋な夜の闇の透明のみか。



蛋白石の玉虫色の移り行く虹の輝きは何処か白昼夢めいて居る。


ほんの僅かばかりの圧力を加える事に拠って、脆くも煌きは幾つもの星の破片と成って砕け散る。


弱い、崩れそうな移ろいの瞬き、


壊れ行く運命の儚い幻想が、此処には見得た。



夜の底の片隅で密やかな息を吐きながら未だ生きて夢を見続けて居る。


かちりと何処からか微かな音が聞こえた。


不意に鮮烈な破壊の幻覚が脳裏に浮かんでは消えた。


何故此処に居るのか、何処から来たのだろう、そして何処へ行くのだろう。闇の中で今迄無視し続けて来た捉え様の無い恐怖の存在が付き纏う。



真実は何処に有るのかが解らない。


周りに腐敗し漂い続けるのは全て虚構で塗り固められた白昼夢。


崩れる。


絶望の証として砕け散ったのは、否定された幻夢で繊細に彩られた魂の存在。



闇の彼方から一条の光が差し込んだ。


静かに照らし出されたのは潮騒の煌きを放つ玉虫色の貴石。


そして幾つかの時が過ぎ去り、糸を手繰る様に密やかに光の矢は薄れ、再び漆黒の夜の中に完全に消え失せた瞬間、


幻の凝結した夢の結晶、移ろう輝石が微かな、聞き逃しそうな程の幽かな音を立てて砕けた。


  *


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古いUSBメモリを整理していたら偶然出て来たかなり古いデータから拾い出したものです。

確か学生の頃に書いた物ですね。若いなあとしみじみ想ったり。


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