#26 妙な一致

 昼下がり、GH本部の事務室では、ワイシャツ姿の屈強な男——鏑木剛が数枚の資料を読み込んでいた。すると、出し抜けに事務室の扉が開かれ、見た目が男勝りな女——渡辺明日香と見た目は白人のハーフ——ケビン・舘脇が入って来た。


「はあー、久々に仕事したわー。このままじゃ私ら、給料泥棒って呼ばれかねないからなあ」


「本当ニソノ通リダ。最近ハ幽霊、トユウカ悪霊ナンテアンマリ居ナクナイカ? モウ絶滅危惧種ダロ!」


 二人は白のトレンチコートを脱いでワイシャツ姿になると、席につくなり文句を言い始める。

 チラリと視線を横に向け、資料と睨めっこしている剛に気がついた明日香が彼に問いかけた。


「鏑木さん何してるんですか? そんなに難しそうな顔して」


「ん? ああ、まさにその悪霊が減っていることについて、ちょっと気になることがあってな」


 明日香は剛が読み込んでいる資料をひょいと覗き込む。その資料は以前、GH本部で拘束していた青年、天池達海に関するものであった。

 明日香はニヤつきながら、その口角の吊り上がった口元を手で隠した。


「鏑木さん、あの時本部を襲って来た幽霊二体を取り逃しちゃって、減給されたんですもんねぇ。いやいや、狩る幽霊まで減ってきたとなれば、そりゃ世知辛いですよねぇ」


「いや、そういうことを考えていたんじゃなくてだな…………まあいい。ほんと、大変だよ」


「デスヨナ」


 ケビンがカタコトな日本語で適当に返事をする。

 そう、剛は約八ヶ月前、GH本部に攻め入ってきた幽霊四体のうち、マッチョの幽霊、ピエロの幽霊、そしてイケメンの幽霊の三体を相手をして、それを取り逃してしまっていたのだ。彼はその処分として、少しの減給と二ヶ月間の謹慎を受けていた。


「それにしても、鏑木さんが幽霊に逃げられるなんて珍しかったですよね。ケビンだったら、即、クビだな!」


「ナンデダヨ!!」


「あ? 私に口答えすんのか?」


「ナンデモナイヨ!!」


 剛は明日香とケビンの言い合いを聞き流すと、その時の事を思い出していた。




 GH本部近く、山の中腹での死闘。剛に向かって、マッチョの幽霊と笑顔ピエロの幽霊が拳を振りあげながら飛びかかってくる。剛はそれを斧の神器を構えて迎え撃った。


「パワーーーーーー!!!!」

「ケタケタケタケタケタケタ」


 剛は二人の打撃を受け止めようと、大きな斧の平を前に構えた。マッチョの幽霊はそれを察知するとすぐに腕を引っ込めたが、笑顔ピエロはそのまま突っ込んでくる。剛は笑顔ピエロの拳を斧の平で受け止めると、斧を振り払った。

 すぐに剛は斧を振り上げると、「ふん!!」と叫びながら二体の幽霊の間に振り下ろした。

 二体の幽霊はそれぞれ左右に飛んで躱し、笑顔ピエロは剛に向かって、その巨体からは想像できない速さで再び突っ込んでいった。剛は地面に刃がめり込んでいる斧の柄を横に動かして、その勢いのままに、笑顔ピエロが居る方向に向かって斧を地面から引っこ抜く。斧の柄先が笑顔ピエロの大きな腹に直撃して、奴がふらついている隙に剛は斧の刃を薙ぎ払った。

 “ガキン”という金属音がして、目の前で起こっていることが信じられないといった様子で剛は目を見開いた。笑顔ピエロが歯で斧の刃を受け止めたのだ。笑顔ピエロは刃を受け止めたまま、噴煙を昇らせる口でニタァと嗤ってみせる。


「トゥーーす」


「さっきからお前さん、なんで神器に耐えられるんだ。まさか……悪霊の亜種か!?」


 すると、マッチョの幽霊が剛に向かって、拳を打ち込んできた。


「うおおおおおお!!」


 剛はそれを横目で確認すると神器を右手で持ったまま、左手でマッチョの幽霊の拳を受け止める。マッチョの幽霊の拳はすぐに剛の手のひらで受け止めた。


「君、大人しくしたまえ! ワタクシたちは達海少年を保護することができればそれでいいのだ」


「それは無理なお願いだな。ここでお前さんたちを仕留めることが俺の仕事なものでね」


 剛はマッチョの幽霊に困ったような笑みを浮かべながら言った。 

 すると、笑顔ピエロが斧の刃を口から離して、剛に再び飛びかかって来た。剛は右腕を再度振りかぶると、笑顔ピエロの首目掛けて斧を振った。斧のは刃は笑顔ピエロの首を切り裂き、太々しい笑い顔が奇怪な叫び声と共に飛んでいく。

 しかし、笑顔ピエロの胴体は消えなかった。笑顔ピエロの胴体だけが、剛に打撃を打ち込む予備動作を行う。剛は、斧を振り切ったばかりで、防御なんてする暇はもうない。


「む? ピエロ、このGHを殺すつもりか?」


 剛がもうだめだ、と目を瞑ったその時、マッチョの幽霊が胴体のみのピエロに打撃を喰らわせた。重い一撃を喰らったピエロの胴体はホロホロと消えていく。

 マッチョの幽霊は「ふん」と怒ったように上腕二頭筋を強調させるポーズをとった。


「お前さん、一体どういうつもりだ」


 ゆっくりと目を開いた剛が動揺気味に問いかけると、飄々とした様子でマッチョの幽霊が受け答える。


「む、あのままでは君は殺されていた。言っただろう、ワタクシは達海少年を保護できればそれでいいと」


「……」


 剛が言葉を失っていると、山の麓の方から圭とイケメンの幽霊が戦いながらこちらの方へとやってきた。


「あ、鏑木さん! こんなところにいたんすね!!」

「マッチョ! よかった、まだ無事だったね!」


 二人は共に仲間と合流して敵と向き合う。


「圭、勝手に突っ走るな。危ないだろ」

「ごめんなさいっす。でも、いい感じに消耗させたっすよ」


「大丈夫かい? マッチョ。なかなか強敵のようだね」

「ああ! そちらもな! ハハハハ」


 互いが互いに労いの言葉をかけた。すると圭がとても言いづらそうにゆっくりと剛に向かって口を開いた。


「すみません鏑木さん、このイケメン幽霊も任せていいっすか?」

「は? お前さん何言って……」


 口をあんぐりとさせて焦った様子の剛をそのままに「向こうの方が面白そうっすー」と圭は走って行ってしまった。

 剛はやれやれとため息を吐くと神器の斧を構える。


「仕方ないお前さんたちは俺が相手しよう」


「……なんだか可哀想だけど俺たちであなたのことを倒させてもらうよ」


 イケメンの幽霊は剛を憐れむように言った。


「そんな顔を向けるな。俺はそれなりに強いんだ」



 剛とイケメンの幽霊、マッチョの幽霊の二人はしばらく戦闘を続けた。剛の言った通り、彼の腕っ節は強く、幽霊二人相手でも対等の戦いを繰り広げるほどであった。そして何より、幽霊特攻の武器である神器を使っての牽制がより剛を有利にさせていた。しかし、その戦いは剛の通信機に入った一報で幕を閉じることとなる。


「待った、お前さんたち」


「どうした? 降参か? ハハハハ!」


「…………天池達海が死亡した」


 目を丸くした剛の一言に、イケメンの幽霊とマッチョの幽霊の表情は強張った。


「おい、それはいったいどういうことだい?」


「言葉の通りだ。達海は死亡。死装束の幽霊は行方を眩ませたそうだ。もう俺たちが戦う理由もない」


 そう言って、剛は神器の装備を解除する。


「どういうつもりだ。俺たちを除霊しないのか」


「ああ、俺はもう戻る。お前さんたちはどこへでも逃げればいい」


「くっ」


 イケメンの幽霊は歯を食いしばってから握り拳を作ると「おおおおおおお」と雄叫びをあげながら剛に飛びかかった。しかし、剛はそれを軽く手で受け止める。


「もう一度言う。俺の気が変わる前に、早く何処かへ行ってしまえ」


 剛はそう言い残すと、顔を歪ませている二人を置いて本部へと戻っていった。




 あの時、彼らを見逃して本当に良かったのだろうか、と剛は頭を抱えた。しかし、考えが脱線していた剛は「いかん、いかん」と頭を軽く横に振って息を吐く。そして、再び手元の資料に目を通した。

 天池達海。経歴を見ると、どこにでもいる一般的な青年のようだった。ただ、家庭環境が少し複雑だったようで、両親からネグレクトと虐待を受けていたという報告もある。両親の死後、親戚の家に預けられたようだったが、そこでもまともな親子関係は築けなかったようだ。


「どこにでもいるような可哀想な男……か」


 剛は資料を見ながら頬杖をついた。

 一昨年の夏、達海はトラックに轢かれるという大事故に遭っていた。しかし、彼は病院への搬送時の損傷が激しかったにもかかわらず、約三週間という異例のスピードで退院している。これは一体、どういうことなのであろうか。そして昨年の初夏、彼は殺人の容疑で逮捕され、このGH本部がある山中で死亡した。

 剛はGHの幽霊討伐数に関する記録がされている、もう一つの資料に目線を移した。

 一昨年の八月ごろから幽霊の討伐数が緩やかに上がっていっている。そして、昨年の七月辺りから幽霊の討伐数は緩やかに下がっていた。そして、それは特に悪霊の討伐数に顕著であった。

 達海が事故に遭った時期と幽霊の討伐数が上がった時期、そして達海が死亡した時期と幽霊の討伐数が下がった時期が妙に被っている。


「偶然か、それとも何かがあるのか……。陰陽師と同等の力を扱う謎の青年。いったい何者なんだ、お前さんは」





 GH本部のとある一室。大きなガラス管の入れ物に、一人の青年の遺体が液体保存されている。

 GH局員のカモクは、白く美しい髪を揺らしながらそのガラス管におでこをくっつけた。


「もう少しだから。必ず、君の魂を天池達海の体に降ろしてみせるから。待っててね、たっちゃん」

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