#27 局長帰還

「ハックシ」


 ファミリーレストランでハンバーグ定食を食べている黒パーカーの男が、小さくくしゃみをした。


「おや、風邪かい? 相棒」


 同じテーブルで、同じくハンバーグ定食を食す白衣の男が、黒パーカーの男を気に掛ける。


「いえ。……何処かで誰かが僕の噂をしているのかもしれません」


 黒パーカーの男が鼻を啜りながら、人差し指で鼻先を擦った。


「おや、君の噂なんてする人、私以外にいるのかい?」


「失礼ですね」


 そう言いながら、黒パーカーの男は不服げに一口だいに切ったハンバーグを口に運ぶ。


「ああ、それといい加減、入店のたびに店員の子を驚かせるのはやめてくれるかい? 最初のうちは面白かったけど、毎回毎回となるとちょっとね」


「仕方ないじゃないですか。体質なんですから」


「今日の子なんて悲鳴をあげていたじゃないか。この店にしては珍しく明るい子なのに。君のせいで店を辞めたらどうしてくれるんだ」


「僕はあの子が『一名様ですね』って勘違いをしていたから『二人です』って教えてあげただけですよ。僕は悪くありません」


 黒パーカーの男はそう言いながら、ストローを咥えた。そしてメロンソーダを、否、ドリンクバーのメロンソーダに、別で注文したバニラアイスを乗せた『創作クリームソーダ』を真顔で吸い上げる。


「はあ、君の影の薄さには困ったものだ」


 白衣の男はやれやれといったように首を横に振った。

 二人は定食をペロリとたいらげると、店を後にした。




 その頃、GH本部の事務室ではちょっとした騒ぎが起きていた。


「おっひさー!! 明日香! ケビン! それに剛! 元気してたかい?」


「局長!? 帰って来たんですか!?」


 明日香、ケビンは、突然事務室に飛び込んで来た黒い着物の男に目を丸くした。そのあまりに唐突な出来事に剛は椅子から立ち上がって声を上げた。

 身長は約百七十くらい、綺麗で長い黒髪は、一本おさげの三つ編みで結ばれ、右肩に掛けられている。GHの局長、芦屋道竹あしやみちたけが北海道への長い長い出張から帰って来たのだ。


「天狗の幽霊がこちらで目撃されたと聞いてね。居ても立ってもいられなかったんだよ」


 その端正な顔でまるで少年のような笑みをつくる道竹を見て、なるほど、そういうことだったのかと剛が少し苦笑いをする。

“天狗の幽霊”とは、道竹がまだ陰陽寮にいた頃、GHという組織が立ち上がる前に彼が遭遇した幽霊である。いや、幽霊と断定するのは難しいかもしれない。全身白の布に身を包み、鼻が高く無機質な顔面は、まるで伝説の怪異“天狗”のようであった。

 当時、陰陽寮の頭首である安倍晴明と肩を並べるほどの強さを誇っていた道竹であるが、その怪異だけは彼の力を持ってしても除霊することができなかった。それからというもの、道竹はその天狗の怪異に執着しているらしい。そもそもこのGHという組織が出来たのも、道竹と天狗がきっかけであるとされている。

 今回も天狗の目撃情報を耳にして、胸高鳴らせながらに帰ってきたのだろう。それにしても、相変わらず局長はテンションが高い。


「ところで麻里香はどこに居るか知ってるかい? 麻里香! 居るか! ってね!」


 何が「ね!」だ、とケビン、明日香、剛の三人はさらに苦笑いをする。


「副局長なら今日は珍しくパトロールに出てますよ。隣町に行ってるんじゃなかったっけな」


 明日香が片眉を吊り上げ、顎に手を添えながら道竹からの問いに答えた。


「そうか、ありがとう明日香! 天狗についての話を早く聞きたい! それじゃあ、探しに行ってくるよ!」


 そう言って道竹はすぐに事務室から飛び出して行ってしまった。全く騒がしい人だ。

その考えを胸にしまい込んで剛は立ち上がると、無造作に銀のラックから白色のトレンチコートを掴み取り、それを羽織った。


「アレ? 剛サンモオデカケデスカ?」


「ああ。怪奇現象の通報が入っていてな。一応、そこにパトロールに行ってくるよ」


「りょーかい! いってら〜」

「イッテラッシャーイ」


 明日香とケビンの見送りで、剛も事務室を後にした。




 隣町に向かって走る道竹の元に、式神の青龍が体を畝らせながら飛んできた。青龍は自らが飛んできた方向に顔を向けて「ガウ」と唸った。


「おや、どうしたんだい? なんだって!? 悪霊が向こうにいる? 全く、最近悪霊は少なくなっていたんじゃないのか。よし、行ってやろうか!」


 道竹は九十度方向転換すると、悪霊の元を目指して青龍と共に路地を駆けていった。



「放課後の中学校……ありきたりだね」


 とある学校の目の前に着いた道竹は、青龍を形代の姿へと戻すと校内へと入っていった。


「ちょっとちょっと、あなた何者ですか? コスプレみたいな格好して!!」


 髪がバーコード状のメガネをかけたおじさんが、道竹に話しかけてきた。おそらく道竹を不審に思った教師だろう。


「大丈夫! 怪しいものじゃありませんから」


 道竹が爽やかな笑顔で教師に言い返す。


「いや、どう見ても怪しいでしょう。近頃、変質者の目撃情報もあるんですから。言う事を聞いてくれないと警察に通報しますよ」


 道竹は笑顔のまま、着物の胸元を弄ると警察手帳を取り出した。手帳を教師に向かった広げると、教師はメガネをクイっとあげながらそれを眺め、次第に慌てた様子で声を出した。


「はえっ、警察!? 本物? ここになんの用で?」


「不審物の通報があったので様子を見に来た。危ないから君は職員室にでも居てくれ。確認が済み次第報告しよう」


「わっ、わかりました! よろしくお願いします」


 

 道竹が階段を登り、三階の廊下を歩いていくと、女子トイレの目の前で立ち止まった。


「ここかな?」


 扉を開いてトイレの中へと入っていく。すると、奥から三番目の個室から何やら「ギー、ギー」と音がしてきた。

 道竹が音のする個室の扉をゆっくりと開く。すると、中には黒いオーラを放つ、メガネをかけた女の子が学校の制服を着たまま便器に座っていた。


「トイレの花子さん? って、んなわけないか」


「あんで、私ばっかい!!!!」


 メガネの女の子が道竹に向かって飛びかかってきた。

 道竹は左手を自身の手前に構える。


「神器発動」


 掛け声と共に現れた虹色の鎖鎌が道竹の手に握られた。

 そして道竹が投げた鎖鎌の鎖分銅が、メガネの女の子の腹にめり込んでいく。彼女は「ぐあっ」と声をあげながら後方の壁に激突した。


「どうして、すえられあい。透けられない」


 便器奥の壁にもたれ掛かりながら苦しんでいるメガネの女の子が、呻き声をあげる。


「神器に触れた幽霊は数十秒間、物体を透過できなくなるからね。大丈夫、すぐに楽にしてあげるよ。急急如律令」


 分銅の先には、数枚の呪符が重ね重ねに貼り付けられていた。

 メガネの女の子は「あ、ぎゃあああああああああああああ」と叫び声をあげながら消滅していった。その場には黒い霊魂だけがポツリと残る。

 道竹は顔を顰めさせながら、ひょいとその霊魂を拾い上げた。


「つまらない。もっと強いやつは居ないのか」

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