#24 解き放つ
「晴明に会いたくて来ちゃった」
マチが後ろに手を組んだまま、少し前屈みになって晴明に笑顔を向ける。
「……なあ、マチはね、私のことを『晴明さん』って呼ぶんだよ。君、マチじゃないな」
晴明がマチを睨んだ。すると、マチは後ろに組んでいた手を崩して前に持ってきた。手には刃物が握ら手ていて、それを自らの首に突き立てる。
「中身は……ね。側はマチちゃんよ」
そう言って、マチを乗っ取っている何者かがニヤリと笑った。
「君……桔梗だろ。マチをどうするつもりだい?」
「ああ、バレてるか。だけどその方が話が早い。……別に、素直に言うことを聞いてくれれば、この子は解放するつもりだ」
マチを乗っ取っている桔梗が、首に刃物を突き立てたまま、ゆっくりと祠の方に近づいていく。
「雷明を解放しなさい。でなければこの子を殺す」
桔梗は首に刃物を少しだけ突き刺した。めり込んだ刃先の側から、鮮やかな血液がツウーと流れ出す。
「陰陽寮の皆んなはどうしたんだい?」
「強力な悪霊を陰陽寮に何体か忍ばせたの。その隙に彼女のことは連れて来させてもらったんだ。もしかしたら、すでに陰陽寮は壊滅してるかも。……それで、雷明を解放してくれる?」
晴明は短くため息を吐くと、片方の手で頭を掻きながらもう片方の手で桔梗を指差した。
「ここまでされたら仕方ない。雷明のことは解放しよう。ただ、マチのことをこれ以上傷つけたらどうなるかわかっているよな。またボコボコにされたいのか」
今まで冷静に話していた晴明の言葉は一変し、語気が強く圧のあるものとなった。その言葉に、一瞬桔梗は怯んだ。
十六年前、晴明がまだ十三の歳の頃、桔梗は一度陰陽寮に攻め入っている。その際、春明の父であり、三十六代目でもある安倍晴明【安倍
この一連の出来事により三十七代目晴明が持つ陰陽師の力は覚醒。まだ幼かった晴明によって、桔梗は撃退されたのだ。
「あの時、あなたが私に勝ったのはまぐれでしょ。
「あはっ、ハッタリにしか聞こえないな。君は子供の頃の私に負けたんだ。あれから君がどれだけ力をつけていようと、負ける気がしないな」
晴明は少し笑いながら、桔梗を貶した。
「チッ、だとしても、今のあなたは私に従うことしかできない」
桔梗の言葉を聞いて、晴明は「はいはい解ったよ、卑怯者が」と言いながら祠に近づいていった。
晴明の手が封印の札に触れる。
「本当に雷明の封印を解いたら、マチを解放するんだよな」
「ええ」
晴明は思い切り深呼吸をすると「解!!」と言い放ち、封印の札を祠から剥がした。
その瞬間、マチを乗っ取る桔梗が喉元にめり込ませていたナイフを一度引き、再度思い切り首に突き刺そうとした。しかし、晴明は間一髪のところでナイフを持つマチの腕を掴んだ。マチを掴んだ晴明の手の中にはびっちりと数枚の呪符が貼り付けられている。
「急急如律令、退散せよ」
呪符がバチッと電気の流れるような音を放つと、マチの体はぐったりと倒れて晴明の腕の中へと落ち着いた。
「最初からマチを殺すつもりだったんじゃないか。でも、雷明の封印を解く一瞬、隙ができてくれて助かったよ」
晴明がマチの額に自分の額をくっつけて、安堵の声を漏らした。そして祠の方へゆっくりと顔をあげる。
祠からは黒いオーラが溢れでていき、それは次第に人の形となっていった。灰色の着物を着て、白色の短髪、キリッとした顔立ちで、どこか怒りと悲しみが入り混じった表情をしている。悪霊特有の黒いオーラは発していない。亜種である。
史上最恐の悪霊、賀茂雷明が解き放たれた。
「明親……貴様、明親か?」
雷明はフラフラとしながら、ギロリと晴明のことを睨みつけた。復活したばかりでまだ意識を朦朧とさせているようだ。
「いけ、白虎」
晴明の言葉でどこからともなく現れた白虎が、電光石火で雷明に向かって突進していく。しかし、地面から現れた巨大な悪霊によって白虎の動きは一瞬止まってしまった。
それを見て肩をビクつかせながら驚いた雷明が「朱雀」と呟き、大きく美しい赤い鳥を出現させた。白虎と朱雀は晴明と雷明との間でぶつかり合い、消滅していく。
消滅した式神同士の影から、晴明の目に再び雷明が映り込むと、雷明の側には白い着物姿でおかっぱの女、桔梗の姿もそこにはあった。
「桔梗か……私は……私はなぜこんなにも脱力感に襲われている? 明親は……明親はどうした?」
「雷明……やっと会えた……。目覚めたばかりで無理すると身体に障るから、今は休んだほうがいい」
桔梗は涙ぐみながら、雷明の腕を自らの肩に回した。覚醒したばかりの雷明は動揺の様子を見せている。無理もない。五百年以上も封印されていたのだから。
「……安倍晴明。雷明が回復次第、陰陽寮を完全に壊滅させる。これは宣戦布告だ。首を洗って待っていろ」
桔梗がそう言うと、ふらつく雷明を支えながら地面の中へと沈んでいく。
「白虎」
晴明が静かに言うと、再度白虎が現れて桔梗と雷明に飛びついた。しかし桔梗が操る巨大な悪霊二体が現れて、またも妨害されてしまう。その間に、桔梗と雷明は完全に姿を消してしまった。
晴明がぐったりとしているマチを抱えたまま立ち上がる。そして、彼女に向かって囁くように呟いた。
「……帰ろうか、マチ」
「晴明さんが雷明の封印を解くって、どーゆーことだよ!」
「そのままの意味だよ! 間違いなく晴明は雷明のことを復活させる。俺たちの勝ちだよ」
ショタが腕を広げてケタケタと嗤う。
「ふざけんな、晴明さんがそんなことをするはずがないだろ!!」
春明が呪符を構えてショタに飛び掛かると、マッチョとアクタの腕をするりと抜けたピエロが、ショタと春明の間に割り込んで春明にアッパーを喰らわせた。
「があっ」
春明の体は少しだけ宙を浮き、床に仰向けで倒れる。
『春明!!』
「春明さん!!」
「春明少年!!」
レイ、アクタ、お嬢、マッチョが声を上げる。ピエロはショタの隣へと素早く移動した。
「それでは、そろそろ失礼するとしようか。でも今日は、唯の余興だよ。余興です。近いうちに陰陽寮にて大規模なショーを行う。題名は『復讐の陰陽師』。主演は安倍晴明と賀茂雷明。彼らの悲しき殺し合い、楽しみですね。楽しみだね。さあさあ、開演までお楽しみに」
するとピエロがまん丸の赤鼻をもぎ取って大きく振りかぶった。
「ショタ!!」
「それじゃあ、またね」
ショタがニコニコ笑顔で手を振ると、ピエロが赤鼻を床に向かって思い切り投げつけた。赤鼻が床に着弾して、軽い爆発と共に白い煙幕を辺りに充満させる。
「ショタ! おい! ショタあああああああ!!!!」
春明の叫びも虚しく、煙幕が晴れた時にはショタの姿はどこにもなかった。
レイ、アクタ、マッチョ、お嬢の目からは光が消えて、ただ茫然と立ち尽くしている。
何処か遠くから鳴り響く十七時を知らせる鐘の音が、いつもより鮮明に聞こえてきた。
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