#23 ショータイム

 目の前には呪符が剥がれ落ち、目を見開きながら狂気的な笑顔で嗤い声を上げるショタが立っていた。


「あんただったんだな。全部、あんたがやったことだったんだな!」


 春明が叫ぶと、ショタがゆっくりと両手を上げた。


「大正解!! 皆さん、こんにちは。お久しぶりです。そうだよ! 俺だよ。俺がピエロだよ」


 ショタが皆に向かって気色が悪い笑顔を向ける。


「それにしても、いきなり呪符を貼り付けるなんて、春明はひどいなぁ」


 そしてショタは、フィギュアスケーターのように横向きにくるりと一回転した。するとボロボロになっていた体や青パジャマは何事もなかったかのように元に戻っていた。


「どうして、どうしてですの? あの時、ピエロに攫われたのは? 皆んなであなたを取り戻すために必死に戦ったのは? 陰陽に帰るって言ってくださったのは? いったいなんだったんですの!!」


 お嬢がショタに向かって泣き叫んだ。


「あはは! 全部俺の自作自演。演技です。演技だよ!! 素晴らしかっただろう? 名俳優もきっとびっくりだろう? 全く、自分の才能に惚れ惚れしちゃうね」


「それじゃああの時、明宏さんが春明の部屋の結界を解いたから君が攫われたと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。ピエロは初めからあの部屋の中に居た。君は自ら部屋を出ていった。それだけのこと。……明宏さんはただのブラフだったのか」


 アクタが顔を引き攣らせながら言った。

 そう、あの時のあのゲームは、ピエロからショタを守るというあの戦いは、彼による自作自演であった。その事実に美波を除いた皆が打ちひしがれた。


「その通り。当たり前のことだよね。ピエロは俺なんだから。それなのに俺を守ろうとしている皆んなの姿はとても滑稽だったよ。……ああ、そうそう。皆んなが本体だと思ってたそれも俺の分身だから」


 ショタがアクタとマッチョの抑えるピエロに指をクイっと翳すと、動きを止めていたピエロの体がまるで操り人形のように反応した。ケタケタと笑い声を上げるピエロにマッチョが「うおっ」と声を出して驚く。


「この霊魂は、別の悪霊の霊魂だったんだな」

 

 春明が洞窟から持ち帰った黒い霊魂を取り出した。

 封印の祠を守るための戦い。あの時、春明は美波が撃ち放った矢が泣顔ピエロに当たる直前に、不自然に現れた黒いオーラを目撃していた。自分の見間違い、そしてこの霊魂は除霊されたピエロのもの。春明はそう考えるようにしていた。しかしその思いとは裏腹に、この黒く染まった霊魂は別の悪霊のものであった。


「おお、またまた大正解。俺の分身に矢が当たる直前、俺と矢の間に悪霊を割り込ませたんだ。春明は薄々勘づいていたようだね」


 ショタが春明に顔を向けてニヤリとする。

 美波が困惑した表情でショタに向けて弓を引いた。


「除霊しますか!?」


「待ってくださいまし!! ……いつからですの? いつから私たちを騙していましたの? ショタさん」


 お嬢が俯いてショタに質問した。お嬢の目からは涙がボロボロと落ちて、そして床に当たっては儚く消えていく。


「……初めからだよ。カフェ陰陽に来たときから。あなたたちに出会ったときから。何十年、何百年も前から俺は悪霊だ。弄んで、熟したところで骨の髄までしゃぶり尽くす。ははっ、最高のショーだろ?」


 お嬢を嘲嗤うように言うショタに向かって、レイが拳を振り翳した。それをショタが片方で軽く受け止める。


「おっと、どうしたんですか? レイ。そんなに怒った顔して」


「ふざけないで……ふざけないでよ!! お嬢は……私だって……皆んなだって君のことが大好きで……居なくなっちゃった時はすごく悲しくて……それなのに……それなのにこんなのってあんまりだよ」


 レイは怖い顔で涙を流しながら訴えた。レイの拳にじりじりと力が込めらていく。拳から発せられる黒いオーラが次第に強くなっていく。


「ははっ。俺の望み通りにあなたたちは動いてくれた。特にあんたは素晴らしい演者だよ、レイ」


 ショタは軽く遇らうようにレイの拳を払い除けると、レイは吹っ飛んで尻餅をついた。心配した美波が「レイ!」と声を上げながら、彼女に駆け寄っていく。レイはすぐに顔をあげてショタのことを睨みつけた。


「良い顔だねレイ。俺はあんたの生前を知っている。楽しくて、そして悲惨な過去を。でもそれはまたの機会にしよう。優秀な演者が輝くのはクライマックスが相応しい」


 そう言ってショタは、あんたも思い当たる節があるだろうと言わんばかりに春明の顔を見た。ショタと目が合った春明は一瞬目を見開いたが、すぐにショタから視線を逸らした。


「ショタ!! 意気揚々と話しているけど、この状況わかってるか? こっちは六人。たった今四体の分身を失った君が操れるのは、俺たちが取り押さえてるピエロだけだろう? 追い詰められているのは君なんじゃないのか?」


 アクタの言葉を聞いて初めはキョトンとした表情をみせたショタは、次第に腹を抱えて嗤いだした。


「追い詰められてる? 俺が? 笑わせないでよ。俺の分身ごときに手こずってた奴らが、どうして俺のことを追い詰められるよ。それにゲームは続いている。このゲーム俺たちの勝ちだ」


 そう言ってショタが目を見開く。


「何言ってやがる! 封印の儀は完了した。それに、向こうには晴明さんがまだ残ってる。あんたにはどうすることもできないはずだ!!」


「それはどうだろうね。きっと晴明は自ら雷明の封印を解くはずだよ」


「は?」


 ショタの強気でおちゃらけたような言葉に、春明は戸惑いの声を漏らした。




 その頃、封印の洞窟では、雷明の封印が完全に終了しようとしていた。


「よし、これでバッチリだろう。陰陽寮のみんなのことも心配だ。早く戻るとしよう」


 晴明が出口に向かおうとして振り向くと、そこには白い着物を来た一人の女性が立っている。


「どうして……ここにいるんだい? マチ」


 晴明は女性に向かって困惑の表情で問いかけた。そこに立っていたのは晴明の妻であるマチだった。

 マチが後ろに手を組んだまま、少し前屈みになって晴明に笑顔を向ける。


「晴明に会いたくて来ちゃった」

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