#22 確かな思い出
「ショタさん……ショタさん!! どうしてショタさんが? 皆さんに伝えないと!」
お嬢は部屋を飛び出そうとしたが、ショタがお嬢の腕を掴んでそれを阻んだ。
「待って!!」
「どうしてですの!?」
「怖いんだよ。俺は皆んなのことを傷つけた。皆んな俺のことを守ろうとしてくれていたのに。きっと皆んな、俺のことを怒ってる」
ショタが目を潤ませる。
ああ、ショタさんだ。ショタさんが帰ってきたんだ。
ショタの怯えたような顔を見て、お嬢はショタに出会ったばかりの頃のことを思い出した。
「母さん……母さん……」
春明がまだ小学生だった頃、彼が明宏と一緒に虚な目で呟く男の子をカフェ陰陽に連れてきた。
「この子、誰ですの?」
「わからない。でもなんか可哀想だったから連れてきたんだ」
春明が自分よりも少しだけ年上であろう男の子に「大丈夫?」と優しく問いかけた。それでもその男の子は、母さん、母さん、と呟き続けるだけだった。
「うちに連れて帰るって、春明がそう言って聞かなかったんだ。仕方ないから連れてきたんだよ」
まだ若々しい明宏が、ため息を吐きながらお嬢に言った。
「そうだったんですのね」
その晩、男の子は大騒ぎを起こした。
「父さん……母さん……なんで、なんで!」
そう喚きながら暴れ散らかしたのだ。男の子は陰陽の壁に一つの穴を開けた。彼の拳大の小さな穴を。
暴れる男の子に気がついた明宏が、必死になって呪符を貼り付けて男の子の動きを鎮めた。お嬢は今でもその時の男の子の悲しそうな顔を鮮明に覚えている。
翌日、お嬢は男の子を質問攻めにした。彼のことを少しでも知りたいと思った。
「あなた、生前の記憶がありますの?」
「幽霊になった時のことは覚えていますの?」
「今まで何をしていましたの?」
「わからない! わからないよ!」
男の子が怯えた目で部屋の隅に逃げていく。
「お嬢、ショタのことをいじめてるのか?」
お嬢が男の子のことを追いかけていると、春明が部屋に入ってきた。
「ショタ? この男の子のことですの?」
「そう! 『ショタ』。俺が名付けたんだ。知ってるかお嬢。小さい男の子のことをショタっていうんだぜ」
春明が胸に拳を当ててドヤ顔で言う。そんな春明の表情を見てお嬢は呆れ顔をした。
「変な名前。でもそれじゃあ、春明さんのほうが『ショタ』じゃない」
「俺は小さい男の子じゃねー! あんたもいいよな。ショタって呼んでも」
「な……名前なんてどうでもいいよ。好きに呼べば……」
「それじゃあ、決まりだな。今日からあんたはショタだ」
顔を逸らす彼をよそに、春明はそう言いながら満面の笑みをみせた。
それから数日後、お嬢は再びショタのことを問い詰めていた。
「ねえ、いい加減あなたのことを教えてくださいまし。私とってもつまらないわ」
「なんだよつまらないって」
部屋の隅で座るショタが目を逸らして、小さな声で呟く。
「なんでそんなに反抗的な態度を取るんですの?」
「それじゃあ、あんたのことを先に教えてよ! それが筋ってもんじゃないのか?」
「なっ、……わかりましたわ。私は……生前の記憶はありませんけど、見てくださいまし、この美しいドレスのような服を! きっと素敵なお嬢様だったに違いありませんわ」
「……キモい」
「キッ! ……今、なんて言いました?」
お嬢がショタの言葉に眉をひそませる。
「キモいって言ったんだ! キモいしうざい!」
「ムキー! なんてことを言うんですの!」
お嬢はぷんぷんと怒った表情を見せた。
「こんな態度の奴がお嬢様な訳あるか。俺も……生前のことはわからないけど、心優しい男だったに違いない」
「あなたのどこが優しいんですの? 真逆じゃない」
「直すべきところを教えてあげたんだ。優しいだろ?」
「直すべきところ?」
「キモいしうざいところ。じゃないとあの春明って男の子にも嫌われるよ」
それを聞いて、お嬢は頬を思いっきり膨らませてポカポカとショタを殴った。ショタは焦ったように腕を構えてそれを防ぐ。
「痛い、痛いって」
「もう、デリカシーがないんだから!! ……でも、でもやっとあなたのこと教えてくれましたわね」
お嬢はショタに向けて笑顔を作った。
「え? あ、ああ……」
お嬢の表情を見て、ショタは恥ずかしそうにそっぽ向いてしまった。しかしお嬢は、彼が口元を緩ませていることを見逃さなかった。
消えてしまったはずのショタが、悪霊に食べられてしまったはずのショタが、どうして帰ってくることができたのかお嬢にはわからなかった。でも彼の顔を見て、お嬢は彼が正真正銘、ショタであることを確信した。
「皆んなあなたのこと怒ってないから大丈夫ですわ。きっと皆んなあなたに会えて嬉しいはずよ。……でも、いきなり会いに行くのも怖いですわよね。あなたが落ち着いてからでいいですわ、ショタさん」
お嬢はショタの手を握って春明の部屋へと移動した。部屋にはベッドとタンス、そして壁には裸のまま画鋲で留められた何枚かの写真が。お嬢とショタは互いに手を握り合ったまま、それらの写真を眺めた。
「懐かしいですわね。アクタさんのおかげでこうして思い出が形として残ってるのはとてもいいですわね」
そう言ってから、お嬢は一つの写真を指差した。
「あ、この写真。あなた、少し不貞腐れてますわね。マッチョさんが陰陽に来たときに撮った写真かしら」
「それはあんたが俺のことを無理やり外に連れ出したからだろ」
「だって、皆んなで現役のボディービルダーを見に行ってみようって言っていたのに、あなただけ部屋に篭ろうとしていたからじゃない」
「俺は、人が大勢いるところが苦手なんだ。……本当に地獄みたいだったよ」
ショタは少し顔を顰めた。そんなショタのことを見てお嬢が笑みを溢す。
「ねえ、そろそろ落ち着いて来たんじゃありませんの? 皆さんに会いに行きましょう。きっと皆さん、驚きますわ」
「うん……そうだね。俺も皆んなに会いたい。皆んなと話したい」
お嬢はショタの手を引っ張って、春明の部屋から出ようとした。
すると、お嬢とショタの背後の壁からピエロがヌウっと顔を覗かせる。ピエロがお嬢の頭に腕を伸ばしていく。
お嬢が何かの気配を感じ取って振りかえった。
「ど……どうしてピエロが」
「ケタケタケタケタ」
お嬢が顔を強張らせたそのとき、ピエロの手がお嬢に届く間一髪のところで、虹色の矢がピエロの腕に突き刺さる。
「ぎゃ」
「大丈夫ですか!!」
弓を持った美波がお嬢とショタのところに走ってきた。ピエロはそれを見て部屋の奥へと後退する。
「美波さんどうして……」
「なんか気になって様子を見にきたんです……彼は……」
美波がショタの方を見た。ショタは「またピエロが来た。俺を攫いにきたんだ……」と怯えている。
「彼は敵じゃありませんわ」
お嬢は怯えた視線を美波に向けた。
「大丈夫。わかってます。彼の顔は除霊禁止令のリストに載っていました。カフェ陰陽の仲間なんですよね」
そう言って美波はピエロに向かって、弓に装着した矢を引っ張った。力強く引かれた弦がキリキリと音を鳴らす。
「どうして? 確実に除霊したはずなのに!!」
「おおう、俺ちゃん華麗に復活!! 俺ってば不死身。俺ってば最強。さあ、ショーの続きをしましょう」
ピエロがゆっくりと腕を前に突き出すと、美波のすぐ後ろの床から笑顔ピエロと泣顔ピエロが現れた。
「わはははははは」
「えーーーーーん、えん」
だめだ、距離が近すぎる、間に合わない。美波がそう思った瞬間。
「パワーーーーーーーーーー!」
「よっと」
マッチョとアクタが駆けつけて、二体のピエロを殴り飛ばした。
宙に浮いた笑顔ピエロと泣顔ピエロが消えていく。
「おいおい! これはどういうことだ!」
「なんでピエロが居るんだい? ……ってショタまで居るじゃないか!!」
困惑するマッチョとアクタを無視して、ピエロは大きく腕を広げた。
「まだまだいきますよ」
ピエロが指揮棒を振るようにリズムを刻むと、今度はピエロの近くから怒顔ピエロと楽顔ピエロが現れる。
「フンフン、イライラ、フーン」
「スイスイススーイ」
現れたそれらは奇怪な走りで美波たちの方へと向かってくる。
美波が矢を放ち、怒顔ピエロの脳天を撃ち抜いた。そして、
「うおおおおおおお!」
駆けつけたレイが、力強いパンチを繰り出して楽顔ピエロの頭を吹き飛ばした。彼女らの攻撃により、怒顔ピエロ、楽顔ピエロの体はホロホロと消えていく。
「これ、どういうこと!? なんでさっき倒したピエロがここにいるの? それになんで君がここにいるの? ショタ!」
レイが動揺した様子で目に涙を浮かべた。
「俺も正直、訳がわからないよ。でも今は、とにかくピエロをどうにかしないと! あれ? ピエロは?」
部屋の奥にピエロが居ないことに気がついたアクタが、顔をキョロキョロとさせた。
ピエロが、お嬢とショタの近くの壁からゆっくりと現れる。
「こんにちは、こんにちは。ケタケタケタケタ」
それに、いち早く気がついたアクタとマッチョがピエロに飛びかかって、奴のことを押さえつけた。
「もうお前の好きにはさせないぞ、ピエロ!!」
「その通りだ!! 春明少年! やってしまえ!!」
すごい速さで階段を駆け上がる音が聞こえてくる。呪符を構えた春明が、とてつもない剣幕で階段を飛び上がった。
そして、彼はその勢いのまま、呪符をショタに向かって貼り付けた。
「え?」という皆のキョトンとした声。そんな声を気にもせず、春明は除霊の文言を唱える。
「我、この悪霊を滅す、急急如律令」
ショタは次第に体をのけ反らせ、そして、
「うぎゃあああああああああああ!!!!」
体を少しずつ崩壊させながら苦しむショタの声が、皆の耳に痛く響いた。
「え? え?」
レイは何が起きているのかわからずに、ただただ困惑していた。
「春明?」
「何をやっているんだ! 春明少年!」
暴れるピエロを取り押さえているアクタとマッチョも、動揺の声を出す。
「いったい何をしているんですの!! 早く! 早く札を剥がしてくださいまし!! でないとショタさんが!!!!」
目の前の状況を見て理解に苦しむお嬢が、春明の腕を揺さぶった。しかし、お嬢の手はあっという間に春明の腕をすり抜けてしまう。
春明は顔を歪ませながらショタを真っ直ぐに見つめたままでいた。
ショタは体を崩れかけさせながら叫び続ける。
「ああああ、ショタさん、ショタさん!!」
お嬢がショタに駆け寄ろうとした。
「動くんじゃねえ!」
春明がショタを見つめたまま、お嬢を制止する。
「あんたも薄々わかってんだろ。どうして、ショタが今現れたのか。どうして、俺が呪符を貼ってもあいつがなかなか除霊されないのか!」
「ううっ」
お嬢は顔を涙でぐちゃぐちゃにさせながら立ち止まった。
簡単に除霊されてくれればどんなに良かったことか。あいつの勘違いだったならばどんなに良かったことか。
春明は、ある男から聞いた言葉を思い起こした。「ショタのこと……悪く思わないであげてください。彼はきっと、ものすごく苦しんでいる。彼の闇はずっとずっと深い」という言葉を。
「あの時、あんたの言っていた意味がようやくわかったよ。まどろっこしい言い方しやがって。俺は許さねーからな、天池……!」
春明は顔を引き攣らせながら、誰にも聞こえない声でつぶやく。
目の前には呪符が剥がれ落ち、目を見開きながら狂気的な笑顔で嗤い声をあげるショタが立っていた。
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ
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