4.追憶の再会 - 和鬼 -


生番組の収録が終わり、

スタジオを後にしたボクは

闇から闇、

陰からに蔭を渡りつづける。


闇に紛れながら、、

街のネオンや人々の言葉を耳に留めていく。




そんな言葉を感じながら

ボク自身の心が

孤独になっていくのを感じる。



どれだけ人に憧れても、

どれほど人でありたいと願っても

ボクが変わるわけじゃない。




鬼と呼ばれるボクの存在が

この世界にとって

異質な存在であるのは紛れない事実。



否定することのできない真実。





YUKIとしての姿を解いた途端、

ボクを捕えられるものは

何処にもいない。




人の世界と隔離された場所でしか

ボクは生きることを許されない。




ボクの心を追い詰めていく。




孤独の影が闇濃く落ちる。






あの桜の木に腰かけ

街を見下ろすのは、

ボクがボクであり続けるため。



人の世に自身を留まらせるため。





人の世に光を見出したいから、

ボクはずっと見つめ続ける。




異質のボクを受け入れてくれる

人の世のぬくもりを。





だけど……それは……

幾月を越えても辿り着かない。





ボクは何を続けても望んでも、

ボクとして受け入れて貰うことは出来ない。





鬼のボクが、暗闇に

取り込まれるのを覚悟した最中、

突然現れた少女。





諦めにも似た気持ちで

人のまちを見下ろしたとき、

あの少女がボクのテリトリーに入り込んできた。





あれ以来、思い浮かぶのは

咲のことばかり。







鬼のボクが

魅了された少女。





いやっ……そうなることを

望み続けたボクが……、

その願いを叶えるための

第一歩を踏み出すきっかけをくれた少女。





必然の出逢いを待ち続けた。





長い年月、

失われたボクの半身を

思い続けながら。









少女のことは知ってた。










塚本の地にある桜塚神社の孫。





名前は、咲。




咲はいつもこの場所に来ると、

神木の桜に話しかける少女だった。





母親と二人で来た少女は、

母に置き去りにされて

泣きじゃくりながら、

桜の神木に抱きついた。



泣き疲れて、

幹に体を持たれかけて丸まって眠る咲を、

彼女の祖父である咲久さくひさが迎えに来る。



そんな時間が何度も何度も続いた。




そんな咲の寂しさを

ずっと傍らに寄り添って見守ってきた。




やがて咲は、

泣くことをやめて強くなった。




強くなったって言うのは

違うのかもしれない。



正確には

強さの定義がわからない

迷宮へとはまり込んだ。



鬼のボクの役割。


この地を守る鬼として見守るのは、

長い年月の中のボクの役割。





咲と出逢って十年。






咲がボクを捕えることは

一度もなかったのに今日の彼女は、

明らかにボクを捕えた。






何故?







こんな感覚は、

咲久と出逢った時以来。






彼女が、

咲久の孫だから?





咲久に流れるボクの血が、

彼女を引き寄せた?





考えても答えが出ない

戸惑いの時間。




ボクは……。




 

闇に紛れ続けて、

ようやくボクの住処に繋がる

神木へと辿り着いた時、

ボクの視線は咲を捕えた。





神木を枕に眠り続ける咲。





それはボクが知る、

幼い姿の咲、そのままだった。




ボクは息を潜めて、

ゆっくりと少女の傍に近づいていく。





ボクが近づいても、

深く寝息を響かせる咲はピクリともしない。




心配になって恐る恐る

手を伸ばして触れた彼女の指先。




咲の体は冷え切っていた。




咲の体をボクの方に引き寄せて、

ボクの体温で温めながら、

もう片方の手を神木にゆっくりと伸ばす。





『教えておくれ』




小さく念じると大樹の記憶が、

ボクの中にビジョンとなって流れ込んでくる。




TV画面に映る

ボクの人の姿かりそめ




TVが終わったと同時に、

自分の部屋を飛び出して

山を駆け上がってきた咲。



ボクの帰りを待っている間に

睡魔に負けて、

神木を枕に眠りについてしまった咲。








そんな咲が愛しく映った。






神木に翳した手を放すと

咲の冷え切った唇へとボクの唇を重ねる。





冷え切った体、

ボクが温めてあげるよ。






息を整えて、

鬼の息吹いぶきをゆっくりと流し込んでいく。




彼女の蒼白い顔は、

生気を得て血色を取り戻していく。




柔らかな唇が、

ボクの心にも安らぎをくれる。





咲の血がボクの息吹に刺激されて、

波打つように活発になっていく。





ゆっくりと唇を放すと、

咲の体を横に寝かせた。










ボクは何をしているんだろう。




自分の心がわからない。




……ボクは……。







咲の体の隣、足を投げ出して

腰をおろす。



赤みがさした咲の体は、

指先まで暖かくポカポカしていた。






『これで風邪をひかなくてすむね。

 ボクを見つけてくれて有難う』






穏やかな寝顔を浮かべる

咲を見つめながら、

神木が伝えたビジョンを

ゆっくりと辿っていく。





夕方の出会いから、

今までの咲との時間が

ボクの心を晴れやかに感じさせてくれた。






……咲……。







心の中、名前を呟きながら

そっと指先で感じる咲の頬。






柔らかな感触。


暖かな温もり。







だけど……それと同時に、

ボクが犯した罪が浮き彫りになる。










とっさとはいえ、ボクは断りもなく、

咲に口づけをしてしまった。




コントロールが出来ないほど、

突然起こってしまった出来事に

ボク自身が動揺してしまう。






そして、もう一つ。









ボク自身の鬼の気を了承もなしに

咲に与えてしまった現実。






鬼の気を人に与えること。



それ即ち、

ちぎり-。






同意のないまま

ボクは咲と契を交わしてしまった。





今も眠り続ける、

咲をゆっくりと見つめる。






目の前に居る少女は、

遠い昔……ボクが

心を寄せて思い続けた人にとても良く似ていた。






今も瞼の裏側に

目を伏せるたびに蘇る記憶。







満開の桜が舞い踊る

……鬼の世界。






『和鬼。


 私は貴方のもとへは参れません』





漆黒の長い髪を

たなびかせた鬼が

ボクにゆっくりと告げる。




名を咲鬼しょうきと言う。






ボクは彼女と、

この長い気が遠くなるような年月を

歩んでいこうと思っていたのに

その夢は叶わなかった。





ボクに、

それを告げた次の日

咲鬼は真っ白い着物に

袖を通して鏡の中へと消えていった。




その日から鏡越しに

ボクは彼女と触れ合う。




彼女のために鬼の歌を歌い続け、

彼女と共にその体を鏡越しに重ね合わせた。






彼女が鏡の向こうの世界へと

旅立つその日まで。






『……和鬼……

 私たちは再び出逢うわ。

 

 だから愛しい人

  ……私を見つけて……。


 ……愛しい人……』







……咲鬼……。


どうして

……この夢を……。






クラリと傾いだ頭に、

力を入れてゆっくりと瞳を開ける。






「……つかまえた……」




ボクの上半身に手を伸ばして

抱きつき、その指先でボクの頬を辿りながら

咲は柔らかな瞳で見つめる。








つ・か・ま・え・た








咲の紡いだ言葉が、

言魂となってボクの中に

深く刻みこまれる。










「ボクが怖くないの」







ボクは逆らえない波動の元、

ゆっくりと言葉を紡ぎだす。





「怖い?どうして?


 私は貴方に惹かれてきたんだよ。


 貴方に逢いたくて。

 その声に……導かれて……」

 

 



咲はにっこりとボクに微笑んだ。






その笑顔に再びボクが魅了された。







……鬼のボクが……。







「ねぇ、

 和鬼って呼んでいい?」





どれくらいぶりだろう。



ボクがその名を呼ばれるのは。





その韻はボクに

とても心地よく響き渡る。






「私のことは咲って呼んで。


 ほらっ」




少女は悪戯っ子のように微笑む。





「……咲……」




ボクが彼女の名前を紡ぐと、

彼女は嬉しそうにボクに抱きついた。








今は……その温もりが愛おしい。





咲が腕の中でゆっくりと溶けてゆく。






眠りに落ちた咲を

ボクは起こさないように抱きしめて

闇に紛れ咲の自宅へと舞い降りる。




彼女の部屋の窓にそっと手を翳し、

空間を歪めると咲をベッドへと眠らせた。






そして……柔らかな唇に

ゆっくりとボクの唇を重ね合わせた。





その温もりはとても暖かく、

ボクの孤独を少し取り除いてくれる。




「おやすみなさい」





音にならない

鬼の声で言霊を届ける。






*




お休みなさい、咲。


朝起きたら

君は何も覚えてないよ。


昨夜の出来事は

ひとときの夢。


闇が迷わせた儚い……刹那の夢。




*





空間を歪めてボクは

咲の部屋を後にする。




チクリと痛む心に耐えながら

闇に紛れてボクは住処へと向かう。







ボクは鬼。




人には成りえない。





異質の存在をせし

……鬼……。


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