3.再会 Ⅰ - 咲 -
学校で体験した桜の幻想。
帰り道、
うちの神社の御神木に座っていた
和鬼と名乗った鬼の少年。
名前を告げた後、
一瞬にして姿を消した和鬼。
和鬼が消えたのと同時に
満開だった桜は、
この一枚の花弁を
残して全てが消えてしまった。
立ち尽くしてしまっていた私を
現実に立ち返らせたのは、
神社へと姿を見せたお祖父ちゃんが私を呼ぶ声。
その声に我を取り戻して、
私はお祖父ちゃんと二人、自宅へと戻った。
気になるけど……
とりあえず今は、家事をしなきゃ。
そのままお祖父ちゃんの晩御飯を作りながら、
お風呂のお湯を入れていく。
お風呂のお湯が入ると、
お祖父ちゃんに咲にお風呂を進めて
私は引き続き晩御飯を作りながら、
学校の宿題に視線を向ける。
シャーペンを握って、問題を解きながら
時折、煮物の染み込み具合を確認する。
お風呂上がりのお祖父ちゃんが
食卓についたタイミングで
熱燗を出して、お刺身を並べる。
そして、今日のおかずとご飯を並べて
晩御飯タイム。
お祖父ちゃんよりも早く食べ終わった私は、
食べ終わるまでの間にも、
宿題の続きをやって時間を潰す。
お祖父ちゃんの晩酌と、晩御飯が終わる頃には
宿題も終わり、流しの後片付けをして、
ようやくの入浴タイムにありついた。
ちゃぷ~ん。
浴室に響き渡る水音を
耳にしながら、
私は今日一日を振り返る。
学校で体験した、
鏡に映った満開の桜のビジョン。
そして学校帰り。
塚本神社(桜塚神社)の桜の御神木で
出逢った角のある少年、和鬼の存在。
あれは、
何だったんだろう。
御神木の前、
立ち尽くして動けなくなっていた私。
なのにあの少年は
いつしか姿を消して
満開の桜も消えてしまった。
あの後から、ずっと不思議な感覚が
私を包み込んでる。
お祖父ちゃん好みの
熱いお風呂に体を沈めて、
プラチナの髪の少年の姿を
思い返していた。
思い返すのは、
印象深い桜の花弁。
プラチナの髪の合間に隠れた角。
『咲、出会ってしまったのだな』
晩御飯の時、
何時もは一言も言葉を発さない
お祖父ちゃんが噛みしめるように発した。
そうしてお祖父ちゃんは、
私の髪についた一枚の桜の花弁を
ゆっくりと掴み取って自身の掌へと乗せた。
季節外れの桜の花弁。
もう一枚、
髪に残されてたんだ。
お祖父ちゃんの手に乗った
その桜の花弁と、
私の掌に残されていた花弁が
その時間が夢ではなかったことを
リアルに教えくれた。
『咲の髪に付きし桜の
その花弁より伝わる神気。
その神気は我、塚本神社が祀る
鬼の気。
神さまの鬼と書いて、
この土地に住み、
いつもこの村を桜の神木と共に
守り続けてくれた。
その神鬼は、桜の木に住み
今もこの地を守り続けている。
遠い昔、わしも一度だけ
神鬼と契を交わした。
だから、わしは
この神社を守る神主となった』
突然のお祖父ちゃんの告白は
正直、とってもびっくりしたけど
それでも否定することなくすんなり受け入れられたのは、
今日、私の身に起きた不思議な現実が
肯定されたからかも知れない。
お祖父ちゃんが
契りを交わした鬼。
塚本神社の守り神が
鬼だっていう事にもびっくりしたけど、
鬼ってもっと厳ついと勝手に思ってた。
桜の木に座ってた
あの少年はどう考えても、
線が細そうで厳つさなんて感じられない。
湯船の中、ブクブクと沈んで、
顔をつけると濡れた髪をまとめ上げて
ゆっくりとタオルに絡めた。
お風呂から上がって、
自室へと戻る。
お祖父ちゃんも
知ってた鬼の存在。
……会いたい……。
帰宅してからも、
気になって仕方がない
あのプラチナの髪の少年。
また逢える?
あの桜の木の下で?
彼が浮かべた寂しそうな瞳が、
表情が気になって脳裏から離れない。
プラチナの髪。
朱金の瞳。
プラチナの髪は風にたなびいて、
とてもサラサラしていた。
朱金の瞳は視線を合わすと、
その中に吸い込まれそうだった。
だけどその瞳は寂しそうで。
私の瞳にはすぐにでも
消えてしまいそうなほどに
脆く見えた。
……もう一度逢いたい……。
逢ってそのわけを知りたい。
考えるのは、
初めて出逢ったばかりの
鬼の少年のことだけ。
彼が知りたい。
彼がどうして桜の木から、
物憂げに悲しそうに見つめているのか。
逢わなきゃ。
ちゃんと心で信じて、
運命は自分で切り開かなきゃ。
バスタオルで髪の毛を
ワシャワシャとタオルドライした後、
ドライヤーを手に取って
温風で髪を乾かしながら、
手元のリモコンでTVをつける。
自室にあるTVも普段、
なかなかつける時間がない。
そんなめったに使われないTVが
映し出すのは、歌番組。
歌番組じゃん。
今日木曜だったんだ。
最近の音楽に疎い私は、
今日、学校で騒がれていた
YUKIと言う名のアーティストのことすら知らない。
最近の曲、ホント何も知らない。
たまには勉強しなきゃね。
そのままTVを
つけっぱなしにしながら、
髪の毛のお手入れを続けていく。
TVから流れる曲は、
どれも知らない曲ばかりで念仏みたいな曲やら、
何を言ってるのかわからない曲。
エロティックな曲やら、
煩いだけの曲。
もう何がどういいのか、
正直私の理解を超える曲たちが続いていく。
耐えかねて、
チャンネルを変えようかなーとすら思った時、
画面の向こうから、
黄色い悲鳴にも似た歓声が湧き上がる。
思わず向ける視線。
ブラッシングをする手をとめて
思わず凝視する。
何故って?
そこに映っていたのは、
朱金の瞳に、プラチナの髪の
その人が、微笑んでいたから。
その映像の途中で
不思議な違和感が包み込む。
『YUKI、どうした?
少しびっくりしたような顔をして』
『すいません。
今日は宜しくお願いします』
TVの中、YUKIと呼ばれる
あの和鬼と名乗った少年と瓜二つの
その人は、司会者の男女に弄られながら会話を続ける。
『YUKIには心に秘めた人がいるってことですか?』
女性の司会者がそう言った途端、
YUKIを取り巻く雰囲気が一気に凍り付いた気がした。
『ファンの皆さんに届けたいメッセージぱかりなので』
直後、穏やかな言葉で発せられた
言葉は何処か人の心を
支配していくような感覚が宿る。
『いつも凄いですね』
『ホント、YUKIが来ると
ここのホールが変わるよね』
『今回は新曲の宣伝を兼ねて、
当番組に出演してくれました。
YUKIさんの新曲は各放送局が一番を
奪い合うくらい壮絶な戦いが繰り返されるそうですが
今回はYUKIさんたっての希望で、当番組からの初放送とのこと。
本当に嬉しい限りです。
それでは。
YUKIさんの大人気曲。
【月夜桜】と新曲の【憂季節】
二曲つづけてお楽しみください』
何?
この感覚。
何事もなかったかのように綴られる言葉だけど
私の中に残る、先ほどの間での会話と
今の司会者の言葉、噛み合ってないよ。
そんな疑惑が残る中、
TVの中ではYUKIのステージが続いていく。
画面が暗くなり、
その空間に響く
透き通った鼓の音。
その鼓の音が一音一音響くごとに、
周囲の気が神聖なものに満ちていくような
力強い音色。
やがて静かに光が差し込む。
YUKIの姿が琴の音色と共に
シルエットで浮かび上がってくる。
ステージの背景には、
大きな桜の木。
そしてその桜の木からは、
桜吹雪が舞いあがる。
ステージが明るくなり
プラチナの髪に朱金の瞳が
ドアップで映しだされる。
魅了されるステージ。
歌声。
そして仕草の一つ一つ。
……間違いない……。
あれは
……和鬼だ……。
私はそんな確信を得た。
確信は得たものの、
私の体は金縛りにあったごとく
その場から動くことが出来ない。
TVの中、人の姿をした
鬼に完全に魂を魅了されていた。
悲しく切なく
心に突き刺さるように
刻まれていく。
プラチナの髪がアップになり、
お琴の弦を弾く美しい手の指先は、
流れるように走る。
フェイドアウトしていくサウンドと共に
和鬼は朱金の瞳をゆっくりと伏せる。
和鬼の瞳から、一筋の涙が
ツツツっと頬を
流れ落ちて滴となった。
ステージは再び暗くなり、
曲が静かに消えていく。
一時暗転したステージは
すぐに光を取り戻す。
ポカンっとして和鬼に魅了された
観客と司会者。
一瞬の沈黙の後、
司会者は言葉を続けた。
『はい。
有難うございます。
YUKIさんでした』
『ありがとうございました』
その鬼は、にこやかな笑みを
浮かべてお辞儀をする。
にこやかな笑みの下は、
やはりどこか物憂げで寂しそうで。
和鬼に逢いたい。
明日なんて、
言ってられない。
本当に和鬼かどうか確かめたい。
高鳴る鼓動を抑えきれずに
私は服を着替えて部屋を飛び出した。
玄関を出て足早に
山の頂上を目指す。
途中、走りづらくなったサンダルを
その場で脱いで瞬時に拾いあげると
はだしのままで駆け上がる。
呼吸(いき)が弾む。
さすがの私も心臓が悲鳴を
あげそうになる。
それでも走り続けたかった。
部屋を駆け出した足は
止まる術を知らないかのように
山の頂上まで走り続けた。
弾ませながら
辿り着いた神木。
シーンと静まりかえった
闇の中、春に向けて
その木は静かに力を蓄えていた。
満開の桜は今はない。
桜の幹に静かに手を触れる。
『逢いたい
逢いたい
逢いたい……』
その場から動くことも出来ず、
私は桜の木に持たれるように座り込んだ。
大きく別れた二つの枝。
その枝に腰かけて寂しそうに
……貴方に逢いたい……。
こんな気持ちは……
……初めてなの……
貴方に……
もう一度逢いたい……。
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