18.白い嘘 -咲-




「和鬼っ!!」



視界に映った和鬼の姿を見つけて、

思わず駆け寄らずにはいられない。



私の目の前で、

ゆっくりと崩れ落ちていく和鬼の体を

滑り込むように抱き留める。




和鬼の腕の中で優しい笑みを浮かべながら

抱かれ続けた紅葉も今は砂の様に崩れて風が運んでいく。




「嫌っ、和鬼」




和鬼の倒れた体を膝枕しながら、

必死に呼び続ける私。



それでも……その時間が

止まることはない。




和鬼が倒れたと同時に、

鬼狩おにかりつるぎは、

その役割を終えたかのように消えてしまう。




和鬼を強く抱き留めながら、

私、今この目で見届けたことを思い返す。







紅葉と共に思いつめた表情を浮かべて

部屋から消えた二人を追い続けたいと願ったとき、

私は再び、金色の鳥を見つけた。


その鳥が、

和鬼の元へと連れて行ってくれる。



私の直感が告げた。




王族の証となる短剣と、

和鬼の勾玉を握りしめて

一心に、金色の鳥の後を追いかけた。



春の村を抜けて、夏の村を渡って、

秋の村へと立ち入る。



一年中、景色を変えることのない季節。



凍り付いたように、

同じ季節だけを辿り続ける時間。



私が住まう世界の様に、

当たり前の様に訪れる四季がない世界。



春夏秋冬、

それぞれに想い宿るものがあるから心も動く。




それなのに、

季節が変わることのないこの世界。





それはまるで、この世界の人の心を

閉ざしてしまっているようにも思えた。




刻み続けられているように見えて、

この世界の時間は、

永い時間止まりすぎている。




それが形となって

今のこの世界に繋がっているのかも知れない。



鳥の道標を辿りながら私はこの世界の仕組みを

そんな風に感じていた。





だからこそ……この世界が、

今も『白い嘘』を貫き続けてくれる。




この地の民を守るため、

国主と桜鬼神を守るために。





そんな気がした。







先導し続けていた金色の鳥が

ゆっくりと空を旋回する。




旋回する下では、和鬼が紅葉を抱くように

鬼狩の剣を突き刺していた。





「和鬼っ!!」





近づこうとする私に、

桜吹雪が邪魔をする。





桜吹雪が舞い踊る中、

和鬼は何かを紡ぎ、

琴を奏でて何かを歌っていた。





その姿は……何処か神秘的で、

幻想的で……私は見惚れるように、

その中で立ち尽くした。



紅葉が桜吹雪と共に

この地上から姿を消すと

和鬼はゆっくりと振り返って、

にこやかに微笑んだ。





そのまま崩れておちた和鬼の体。










膝枕をしながら和鬼を抱く私の元に

一枚だけ残されたの桜の花弁。





「和鬼っ。

 嫌、目を覚まして」




和鬼の体を揺すり起こした私の視界に、

初めて映し出された、和鬼の体。





袖をめくって和鬼の肌の色を

見つめながら驚きが隠せない。





珠鬼は、

人と同じ肌の色をしてた。




和鬼も同じだった。





あの前に鬼の世界から戻って、

本当の意味で契りの変わりに体を重ねた夜。



あの日見た和鬼は

透き通った雪のような肌だった。





なのに今目の前に広がる

和鬼の腕の肌色は、

真っ黒な闇が広がっていた。





「和鬼?」






慌てて和鬼が

身に着ける衣をめくっていく。




和鬼の肌は得体の知れない

真っ黒な闇に侵されていた。





どれだけ和鬼の名を呼んでも、

その瞳が開くことはない。




ただ満足そうに、

穏やかに微笑む

和鬼がそこにあるだけだった。





「和鬼、どうして?」





それしか言葉は出てこない。





和鬼を抱きしめて、

ただ泣き事を零し続ける。






そんな私の前に現れたのは、

闇の世界で出逢った神たち。







人の形を模した龍神たちは、

和鬼を見下ろしながら、

ゆっくりと紡いだ。






『旅立つのか……桜鬼神……』





優しい眼差しで、

和鬼を見つめる神々。






その声に和鬼の瞳は

導かれるように再び開かれる。






「……和鬼っ……」








力強く和鬼を抱きとめる

私に和鬼はまた嬉しそうに笑いかけた。






どうして?







何故、和鬼はそんなに

穏やかな笑みを浮かべられるの?






『さて……。


 咲、汝を再び問うことにしよう。


 和鬼を守りたいと我らに告げし言の葉は

 今も変わりはないか』





そんなの今更確認されるまでもない。





私は本当の意味で、

和鬼を守りたいの。





和鬼が穏やかに

暮らせる場所を

見つけてあげたい。






一緒に暮らせるのに

越したことはない。







だけど……私の傍に居ることが

和鬼にとって苦しいなら、

近くじゃなくていい。






『和鬼が私を忘れてしまっても、

 和鬼の魂を守ることが出来るなら、

 私はそれでも構わない。


 あの時、咲鬼が和鬼にそれを

 託したように……。


 巡り巡ってそう言うものは、

 訪れるの。


 だから……神様、力を貸して。


 国王も桜鬼神も……

 和鬼が一人で背負い続けたものは、

 私が受け継いで見せるから。


 鬼の民じゃない私が、

国王になるなんて、

 許されないかもしれない。


 だったら……

 咲鬼姫として生きてもいい。


 咲と咲鬼姫として……

 生き続けることが、

 この世界の為の、白い嘘になるなら

 私はそれでも構わない』





再び目を閉ざした和鬼を

抱きしめながら、

神々に縋るように叫んだ。






だから助けたい。





私の手に掬えるのは、

僅かだとは知っているけど

この地を守りたい。




和鬼を守りたい。






そして……私自身も守りたいから。







強く願い続けた私の胸元から

まばゆい光が輝き始める。






勾玉は輝きと共に姿をかえて

剣となって光を放つ。



その剣は和鬼が扱う

鬼狩の剣によく似て非なるもの。





『咲、なんじが願いは聞き届けられた。


 新たな国王の誕生に、

 我らより祝福の加護を』






その言葉と共に、

一斉に神々の指先から放たれたものは、

闇を切り裂く雷光。



雷光は和鬼の体へと

吸い込まれていく。 




次に迸るものは朱い炎。



焔は和鬼を優しく包み込むように

闇の呪縛を解き放っていく。




最後に訪れる者は、

乾いた心を満たすように

降り注げられる

やわらかな慈しみの雨。




降り注ぐ雨に抱かれるように、

和鬼の体は、

ゆっくりと

空へと浮き上がっていく。









三つの神の力に抱かれた

和鬼に向かって、王の証たる剣を

天に翳してその言葉を解き放つ。






『国王たる咲が命ずる。


 桜鬼神・和鬼。


 汝が魂を解放する』










桜舞い散るあの場所で

再び……逢えるその日まで。









神様に抱かれるように、

和鬼は桜吹雪に抱かれながら

この世界からその姿を消した。






それと同時に、

龍神たちの姿も消えていく。







和鬼が消えた、空を見上げながら

私は一人、息を吐き出した。







後悔なんてしない。



これが私にしてあげられる

唯一の愛の形だから。







約束だよ。



私はあの場所で、

貴方の帰りを待ち続けるから。






「姫様……」





ようやく辿り着いた珠鬼、

私が握る剣を見て、その場で膝を折った。




「失礼致しました。


 国主となられたのですね。

 陛下」



「珠鬼、和鬼は行ったわよ。


 これでいいわよね」


「……はい……。


 全ては陛下の仰せのままに」




頭を下げたまま、

その姿勢を崩すことのない珠鬼。




「ねぇ、珠鬼。


 私は確かに、

 この地の女王になり得た。

 

 和鬼が愛した世界だもの。

 私も和鬼の想いを受け継ぐわ。


 だけど私は、人の子。


 咲鬼姫の記憶はあっても人の子。


 だから向こうの世界の私も大切にしたいの。


 私、欲張りなのよ」




それに……約束したの。


何時か、向こうの世界の

あの場所で和鬼ともう一度巡り合うから。





「陛下は人の世と鬼の世を繋ぐ

 架け橋となりうるという事ですね」


「そう言って貰えると嬉しいわ。


 この世界の事、私は何も知らないの。

 王が未熟だと、世界も崩壊する。


 和鬼が親友と呼んだ貴方だから、

 私と共に、この鬼の世界を背負ってほしいの。


 だから珠鬼、貴方には今すぐ

 その頭を垂れることも、膝を折ることもやめて貰うわよ」




そう言い切った私に、

珠鬼は笑いかけた。




「何?


 何か、おかしい?」



「いえっ、和鬼が貴女に惹かれた理由が

 今ならわかるような気がして」




そう言った珠鬼も、

ゆっくりと空を仰いだ。





「ねぇ、珠鬼。

 私は四季を作りたいの。


 この世界は確かに綺麗よ。


 春の世界も、夏の世界も、

 秋の世界も……そして冬の世界も。


 だけどそれだけじゃ、心は育まれないもの。


 私は国主として、 民の住む大地だけでなく、

 心も見守っていきたいから」





そう言った私に、

珠鬼は、微笑みながら賛同してくれた。



王族たる証である剣を翳して、

その資格を得た私は、

珠鬼をお供に王宮に初めて足を踏み入れる。



この場所は、

咲鬼として過ごした私の大切な場所。



そしてこれからの私にとって、

第二の故郷になる拠点。




ゆっくりと絨毯を敷き詰められた王の間へと

足を進めると、玉座の前で剣を振るいながら

この世界の時を刻み始める。




春の季節は夏へ。


夏の季節は秋へ。


秋の季節は冬へ。


冬の季節は春へ。






大きく動き出す

鬼の世界をゆっくりと抱きしめた。




この鬼の国は国主が思いのままに

創生することが出来るそんな世界。




国主が夢と希望に溢れることがあれば、

民たちの暮らしは満ち、

国主が悲しみや絶望に覆われてしまえば

国の未来は危ぶまれる。





それが私がこの世界に降り立って

学び得た国のシステム。




「姫さま……、陛下の願いどおり、

 この地は大きく歩きはじめました。


 胎動を刻むように」



「うん」





守っていきましょう。




抱いていきましょう。







今の私にできる精一杯で。






「珠鬼、

 私今から向こうに帰るね。

 

 明日の夜、

 また戻ってくるから」





そう言った私に、

珠鬼は『いってらっしゃい』っと

送り出してくれた。






あの日、和鬼が影から影へと

空間を辿ったように

私もゆっくりと移動して、

和鬼がずっと暮らし続けた

その場所へと足を踏み入れる。





枯れた木々は、すっかりと土へと帰り、

大地には新緑の絨毯が広がっていく。




神木に繋がる扉へとゆっくりと手を翳して、

向こうの世界へと回廊を渡った。





「ただいま」





神木を抱きしめながら、

小さく呟く。




ふいに灯りが広がって、

司と一花先輩が姿を見せる。




その先には、

お祖父ちゃんとお母さん。




そして……

お祖父ちゃんの来客たち。





「……咲……。


 帰ってきたか……」




ゆっくりと紡ぎだした

お祖父ちゃんの言葉に頷いき返した。




「ただいま。

 お祖父ちゃん、お母さん」 




久しぶりに触れた温もりは、

スーっと心を撫でていく。





「鬼の世界。

 

 王を継いで、

 どうしていくんだ?」





ふいに背後からそんな声が聞こえた。



少年が紡いだ言葉に、

司と一花先輩は

びっくりしたような表情を浮かべる。




「気張らずに……私らしく。


 私は、咲鬼姫にもなれないし、

 誰かになろうなんて思わない。


 ただ叶うなら、この世界と鬼の世界を繋ぐ

 架け橋になれたら」




和鬼を苦しめ続けた鬼と人の狭間。




そのすべてを

受けとめることが出来たら……

未来は開けるかもしれない。



「……そうか……」


「ねぇ、貴方の名は?

 今ならわかる。


 金色の鳥は、貴方でしょ?」


「神威。

 この世界の全てのほうを抱くもの」


「神威?」



私が名前を繰り返したとき、

社の奥から、

次々とあの不思議な空間の中で出逢った人たちが姿を見せる。



「神威、あの人たちは?

 あの龍神たちと同じ色がする」


「左側から俺と同じ、雷龍らいりゅうに連なる飛翔ひしょう

 その隣は、炎龍えんりゅうに連なる、

 火綾かりょうの巫女・桜瑛さえ

 最後は、蒼龍そうりゅうに連なる、柊佳とうか


「有難う」



私はその人たちに、

ゆっくりとお辞儀をした。

 


「ご当主、飛翔、参りましょうか。

 神前に連絡を付けております」



恭しく頭を下げて、

迎え入れる黒髪の女性。



「華月、心配するな。

 俺も何度も振り回されない。


 それに医者なら、そこに居るだろう。


 咲、お前にその世界託した。

 飛翔、行くぞ」



少年がそう言うと、

その傍に控えていた青年や婦人。


そして少年と同世代の女の子たちが、

お辞儀をして私たちに背を向けていく。


彼らが乗り込んだ車は、

ゆっくりと神社から立ち去っていく。




「咲」




来客たちが帰った後、

私の名を呼んだのはお母さん。




「お母さん、

 心配かけてごめんなさい」



お母さんの姿を見て、

何故か素直に抱き付くことが出来た。


久しぶりに触れてくれた、

母の温もりが、私の氷を溶かしてくれる。



「咲、文人ふみひとさんと話したの。

 咲が望むなら、私たちと一緒に暮らしましょう?


 望もお姉ちゃんが出来たら喜ぶわ」



突然のお母さんの言葉に驚きを隠せない。


お母さんの隣、眠ってしまった望君を抱きしめながら

再婚相手の文人さんは私を見つめる。




誘ってくれたのは凄く嬉しいけど、

私はこの場所を離れない。




「有難う……。

 その言葉だけで十分だよ。


 お祖父ちゃんを一人にできないし、

 私はこの場所を守りたいの。


 私が愛し続けるただ一人の想い人を待ち続けたいから」



素直に告げると、

お母さんは「何時でも帰って来なさい」っと言葉を残して

望くんと文人さんと一緒に帰って行った。



「咲……」



お母さんたちが帰ってきた後は、

お祖父ちゃんが再び私に話しかけてくる。




「和鬼は旅立ったのだな」



お祖父ちゃんがしみじみと

呟いた言葉に私はゆっくりと頷いた。




「桜塚神社の咲久。


 新たなる鬼神として、

 鬼の御世の国主たる譲原咲を迎えます」



次の瞬間、お祖父ちゃんは

宮司としての顔を見せる。



「お祖父ちゃん、この世界の鬼神は

 和鬼以外存在しないよ。


 私は和鬼と約束したから。

 だからお祖父ちゃんも一緒に待ってよ。


 和鬼が帰ってくるのを」



そう言うとお祖父ちゃんは、

私の髪を撫でながら抱きしめた。




「咲が消えて今日で一ヶ月半だ。

 夏休みも後少しで終わってしまう。


 体は大事ないか?

 明日、西園寺先生のところに行ってきなさい」



心配性のお祖父ちゃんに、

ゆっくりと頷いて、

今度はずっと待ってくれていた司と一花先輩に向き直った。




「ただいま。

 司、一花先輩」



そうやって呟いた私に、

二人は想いっきり抱き付いてくる。




「さっ、咲。

 今日は朝まで、寝かせないわよ。

 

 何があったか、

 しっかりと話して貰おうじゃない。


 ねっ、一花」




そう言って私に抱きつく司は、

涙を零していた。




その夜、司と一花先輩と

同じ部屋で布団を敷いて眠った。



私が鬼の世界で経験したいろんな出来事を

真剣に受け入れてくれた。



翌朝から私の真新しい毎日が始まった。



鬼の国主と、

普通の女子高生の生活。




朝、起きてすぐに始めるのは

和鬼の代わりに鬼神として役割を務め。



和鬼がずっと街を見下ろしていた枝に腰掛けて、

精神を集中させながら、街並みを見下ろす。


そしてそのまま鬼の世界の様子を辿る。



朝の行事が終わると、

お祖父ちゃんのご飯を作って学校へ。


部活にどっぷりと浸かって、

放課後は司や、一花先輩と遊んだり、

お母さんの新しい家族の元へ出かけたりと譲原咲としての時間を満喫する。


帰宅して晩御飯の後は後片付けを終えて、

神木の回廊を渡り、鬼の国主としての時間を続ける。




鬼の世界を見守るために。





「お帰りなさい。

 姫さま」




相変わらず、珠鬼が私を名前で呼ぶことはないけど、

それは咲鬼姫と重ねて呼んでいるわけじゃないことに

今は気が付いた。




私をその器と

信じてくれているから。





「ただいま、珠鬼たまき


 今日の情勢を

 教えてちょうだい」







珠鬼の話を聞き終えて、

玉座の隣に用意された、

もう一つの椅子に目をやった。






「珠鬼?」


「親友の為に。


 何時か帰ってくるのでしょう?

 姫サマの元へ。


 その時の為に桜鬼神たる、

 親友の居場所として」

 




珠鬼はサラリと答えた。









和鬼、今頃

貴方は何処で何をしてるの?






貴方が守り続けたい

この世界も、人の世界も

私が守って見せる。






だから……今は少し、

穏やかな時間ときを……。




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