19.桜舞い散るあの場所で -和鬼-
【三年後(咲・大学一年生)秋】
「
調子はどう?」
「
今日は仕事は?」
病院のベッドで体を起こしながら、
目の前の女の人といつもの様に言葉を交わす。
ボクの名前は、由岐和喜。
YUKIと言う名前で、音楽活動をしていたらしく
有香さんはその時からのボクの知り合いらしい。
三年前、ボクは意識を失って倒れていたところを
親切な人に助けられたらしい。
ボクがYUKIだと知る、ファンだと名乗った人から
事務所に連絡が入り、
有香さんが病院までとんで来てくれたのだと教えてくれた。
今、入院しているこの神前悧羅大学に入院してからも、
約二年は意識が回復することはなくて眠り続けていたらしい。
二年後に目覚めたボクは、
有香さんの勧めもあって、YUKIとしての時間をもう一度歩き出すべく
音楽活動再開の準備を整え始めた。
っと言っても、まだ何か大きな活動が出来るわけでもなく
リハビリ程度に、箏を鳴らす。
YUKIが歌っていたという、
ボクが作った曲たちをもう一度スタジオで歌ってみる。
そんな時間をやり過ごしながら、
時々、悩まされる頭痛と格闘する。
重怠くなるその頭痛が訪れた時、
何時も満開の桜の中で、一人の少女が微笑む。
だけどその少女の顔は見れなくて、
そのまま意識を失ってしまう。
そんな繰り返しの日々を過ごしながら、
倒れるたびに、こうやって事務所の社長たちと交流が深い
この病院でお世話になっていた。
「
CTには異常は見られなかったみたい。
退院の許可も出たわよ。
和喜、ゆっくりと行きましょう」
そうやってボクに話しかける、
有香さんの温もりを……
昔、知っていたような気がする。
「ごめん、有香さん」
「いいのよ、ほら和喜。
YUKIのファンから、
今も沢山のファンレター届くのよ。
そう、貴方のチームに
新しいスタッフが入るわよ」
病院を退院して、
乗り込んだ車へ向かうとそこには、
運転席に座ってボクを待つ女性。
「依子、今日から宜しくね」
依子……?
その名前も何処かで
聴いたことあるかもしれない。
「YUKI、覚えていて?
YUKIの力に少しでもなりたくて、
有香に頼んで、私もこの事務所に就職しちゃった。
須王依子と名乗った女性は、
とても大切そうにボクを抱きしめた。
そして……「貴方を返してあげるわ」っと
小さく呟いた。
依子さんと有香さんとボク。
依子さんが運転する車は、
事務所へと戻ってく。
「お帰りなさい、YUKIさん」
「YUKIさん、
体大丈夫なんですか?」
「うちの兄さんたち、
無茶やりませんでした?」
帰って来て、
事務所のビルに入った途端に
優しい声がボクを包み込んでくれる。
「あらっ、お帰りなさい。
YUKI、早速で悪いけど
最上階に来てくださるかしら?」
エレベーターから降りてきたばかりの
宝珠さんがボクを手招きする。
「依子、有香、今回は強力なメンバー
手配して置いたわよ」
「有難うございます。
えっと……ボクは宝珠さんのことをどうお呼びしたらいいですか?」
この空間に居る人は、ボクのことを知ってる。
だけど……ボクの記憶には、
病院で出逢ってからの時間があるだけ。
「和喜、貴方の名前で今は呼んでもいいかしら?
YUKIとしての仕事の時は、
私のことは社長・高臣のことは会長。
でもそれは役職が必要な時だけ。
私たちは、貴方の家族のつもりよ。
記憶がなくても、不安ならなくていい。
トパジオスレコードとクリスタルオフィス、そして十六夜レーベル。
その全てを担うことになった、高臣様が会長として守ってくれるわ。
さっ、貴方を待ってる皆のところに行きましょう」
ボクは依子さんと、有香さんの二人に促されるように、
エレベーターに乗り込んで最上階へ辿り着くと、
何人かソファーに座って、高臣会長と談笑していた。
「お待たせいたしました。
YUKIです」
有香が告げると、
ボクは客人に向かってゆっくりとお辞儀する。
「今回のYUKIの活動を
バックアップするメンバーを紹介するわ。
まず私が所属するDTVTより、
ピアニストに
ヴァイオリニストは、
フルートは、他の仕事と掛け持ちだからタイミングがあえばになるけど、
高臣様の親友である、
プロデュースの方では、Ansyalから
雪貴も留学から戻ってきたらメンバーに考えてるわ。
今回からSHADEの
Ishimaelの
宝珠社長が来客をボクに紹介するたびに、
それぞれから握手を差し出されて、
ゆっくりとその手を取ってお辞儀をした。
促される場所にボクも座りながら、
最上階の部屋をぐるりと視線で追いかける。
部屋の中には特大パネルのボク。
そのボクが映る写真には、
いつも同じような桜の花弁が舞い踊ってる。
そのパネルの中の景色をじっと見つめていると、
脳裏に広がっていく、夢の映像。
*
古びた神社と大きな満開の
桜の木が境内に咲き誇る。
満開の桜の小枝に腰掛けて、
地上を見つめ続ける、
真っ黒な長い黒髪の少女。
*
……君は誰?……
いつの間にか、
ボクはその夢の少女に焦がれ続けてる。
そんな少女が佇むビジョンを脳裏に思い描いていると、
不意に湧き上がってくる、柔らかな音色。
脳裏に浮かぶ音色を爪弾くように
ボクの指先は、軽やかに
「YUKI、どうかしたの?」
覗き込むようにボクを見つめる有香さん。
「すいません……。
このパネルの桜を見ていたら、
フレーズが浮かび上がって」
そう言うと、有香さんと依子さんが
お互いの目を合わして合図を送りあう。
「そう、素敵な桜の木ですものね」
「次の新曲のPVは、そちらで撮りましょう。
春は満開の桜がそれは美しく、
YUKIのサウンドに色を添えてくれますわ」
「なら、その神社とは私が撮影出来るように
抜かりなく交渉しておきましょう」
何気ない一言から、
PVの撮影場所まで決定していく。
「さてYUKI。
貴方が私たちの元から『帰ってくる』と言い残して消えてから
もう二年半ね。
貴方の記憶があってもなくても、
私や高臣様には関係ないわ。
裕兄さまも仰っていたもの。
時間が貴方を助けてくれるって。
裕兄さまからも、
そのお手伝いをなさいって任されちゃってるから。
YUKIの歌が、大切な人を探すための歌だと
依子と有香から聞いたわ。
トパジオスとクリスタル。
二つの宝玉が、YUKIの歩く未来を照らすわ。
歌いなさい。
最愛の想い人を見つけ出すため。
貴方がもう一度、自分自身を取り戻すため」
そう言ってボクの背中を力強く押してくれる
人の存在が、優しくて温かかった。
「宝珠社長、宜しいですか?」
羚がそう言うと
手にしていたノートパソコンを開く。
開かれたノートパソコンからは、
ボクが過去に作り出してきた
様々な曲が、新アレンジで蘇っていた。
「まぁ、羚。
どうしたの?」
「今はネット環境も整っていて、
便利な世の中なんで雪貴にも手伝って貰いました」
ボクの演奏する和テイスト満載の
『月夜桜』ではなく、幾つにも音が重なるピアノのメロディーと
アコースティックギターで生み出される世界観。
「あらっ、この音色……。
国臣、すでに雪貴と一緒に貴方も手伝っていたの?
その奥に聴こえるのは、
耳を澄ましながら、社長が音色から演奏者の名前をあげていく。
「YUKI。
私も琴を嗜むことをご存知でしたか?
筝曲による合奏が必要な時は、お声を……。
私も宝珠の楽団の一人ですから」
会長が紡ぐ言葉に、
社長は嬉しそうに微笑んだ。
「さっ、YUKI。
貴方の返事を聞かせてくれるかしら?
もう一度、羽ばたいてみない?
ここに居るメンバーが、
全面的にバックアップするから」
そう微笑んでくれた社長に、
ゆっくりと頷いて手を握り交わした。
【更に一年半後(咲・大学二年)春】
新メンバーによるアレンジと、
新曲でボクの三枚目のアルバムが
販売されることが決まった。
約束通り、新曲の【PV】を撮影するのは
高臣社長が契約交渉してきてくれた、
桜塚神社、通称、塚本神社と呼ばれるその場所だった。
数日前に、春祭りを終えたばかりだと言う
その神社に、ボクたちは朝早くから車で向かう。
ボクが信頼できる力強いスタッフと一緒に
完成させた、新曲のタイトルは『桜舞い散るあの場所で』。
夢の中に何度も出てくる、
黒髪の少女へと綴ったボクの想い。
約束を交わすように紡ぎ合う
新曲のPV用演奏メンバーとして来てくれたのは、
ドラムに
そして……ボクの箏。
神社の敷地内に、機材を運び込んで
ボクたちは撮影の準備をしていく。
車の中でメイクと着替えを済ませて支度を整えると、
ドアを開けて外へと歩き出した。
風に乗って、
ふんわりと舞い上がる桜吹雪。
思わず桜の花弁に手を指し伸ばす。
そのまま誘われるように、
大きな桜の木の下に腰掛けて、
地上を見つめ続ける少女が目に留まる。
「君はこの神社の子?」
「えぇ、譲原咲よ。
この神社はこの地を治める
私はこの神社の孫娘」
ボクを見つめる少女は嬉しそうに笑いながら、
声にならないほどの声量で『かずき』っと小さく呟いた。
ふいに桜吹雪がボクと少女を包み込む。
桜吹雪に映し出されるのは、
ボクと少女が過ごし続けた永い時間。
「……咲……」
蘇る記憶と共に
少女の名前を紡ぎだす。
「お帰りなさい。和鬼」
長い黒髪を揺らしながら
桜の木から飛び降りて、
少女はボクの胸の中に顔を埋めた。
「YUKI。
撮影準備が出来ました」
遠くから聞こえるスタッフの声。
「今、行きます。
すいません、今回のPVですが
桜の精は連れてきた子じゃなくてこの子で」
突然、スタッフに話しかけたボクに
隣で咲が慌てる。
「YUKIさん、ですが素人では……」
「カメラさん、予定変更です。
桜の精は、咲以外に存在しないわ」
今にも反対しそうな関係者を、
依子さんは、有無を言わさぬ様に変更を告げた。
「依子さん……」
「あらっ、咲と再会して記憶が戻ったかしら?」
ボクの隣には、
戸惑いながらもボクと依子さんを交互に見つめる咲。
「ごきげんよう?咲。
YUKIからの御所望よ。
貴方以外に、桜の精が出来る存在が何処に居て?
奥に行って、準備してらっしゃい。
私の最高のスタッフが貴女をプロデュースしてあげるわ」
依子さんがゆっくりと咲の方へ歩いて
ゆっくりと手を差し出す。
「ご無沙汰しています。
依子先輩、活躍されてますね」
「えぇ。
和喜のことは、咲、貴女にお任せしますわ。
でもYUKIは、独り占めさせなくてよ」
「ふふっ。
そうですね……YUKIは独り占めなんて出来ませんよ。
一花先輩にも依子先輩にも、何されるかわかりませんから」
「あらあら、一花さまとはお懐かしい名前ね。
それに咲も言うようになったわ」
そんな会話を交わした後、
依子さんは咲を車の中へと誘導した。
入れ替わりに姿を見せた有香は、
テキパキと撮影の変更に関わる手続きと、
一般見物客の対応にあたっていた。
「桜の精霊、準備できました。
撮影始めます」
車の中から着替えを済ませた咲が
平安装束に似た着物を身に着けて
桜の木の枝に腰掛ける。
あの
それは遠い昔、
ボクが咲を待ち続けた風景。
桜吹雪が舞い踊る中、
ゆっくりと響き渡る、箏の音色。
箏の音色に引き寄せられるように
重なり合っていく調べ。
髪を揺らし、心を揺らし追い続ける
視線を辿って掴み取る少女の手。
歌い続ける恋歌は、
息吹に乗せて、
鬼の歌へと姿を変えて行く。
鬼が紡ぎ続ける真実の歌。
『汝が国主。
咲が命ずる。
和鬼、かのものを再び
桜鬼神とする。
我を助け常に隣に立ち
人の世と、
鬼の世の架け橋とならんことを』
心の琴線に触れるように流れ込んできた
その言葉をゆっくりと抱きしめた時、
ボクの中で、熱い想いが込み上げて
それはやがて……一振りの刀を形どる。
時は刻み始める。
再び……この桜舞い散る思い出の地で。
サビが終わり、転調をする間際、
ゆっくりと手を伸ばしたボクの咲には
桜の枝から舞い降りた咲。
羽衣を纏って微笑み続ける
咲をボクを後ろから抱きしめながら、
最後のフレーズを紡ぎだす。
最後……咲が静かに流した涙は
一珠の宝石となって、
地面に転がった。
桜の花弁の絨毯に
転がる
カメラは宝玉を捕えて、
撮影は終了した。
「お疲れ様でした」
スタッフの挨拶を終えて、
ボクは咲を皆に紹介する。
「ご心配おかけしました。
皆さんと仕事が出来てよかった。
皆さんが支えてくれたから、
この場所に来て、ボクは記憶を取り戻せました。
紹介します。
譲原咲。
ボクが焦がれ続ける
最愛の人です」
何時の世も、
ボクは彼女にこの思いを伝えるため
届けるために歌い続ける。
そして……それは、
これからも変わらない。
★
「行ってきます」
翌日、その日から
もう一度一緒に生活を始めたボクは
大学へ出かける咲を見送るためベッドから起きだす。
「和鬼、
今日は22時頃には帰れる?」
「どうだろう。
行ってみないとわからないよ」
「了解。
向こうは珠鬼が守ってくれてるでしょう。
でも……私たちが行かないと、
何も始まらないわ。
この世界の四季は美しいでしょう?」
「そうだね……」
「四季が美しく感じるのは、
心の時計が時を刻み続けるから。
だから私たちの想いを受けて
四季は巡り続けるの」
咲が国主として、
おさめるようになった鬼の地は、
すぐに変化を見せた。
かつては王宮のみが
四季を感じられた鬼の世界。
春の村・夏の村・秋の村・冬の村。
一年中、季節の変わることのないその世界は、
人の世と同じように、
それぞれの場所が四季を感じ移り変わるようになった。
4つの村に、必ず違う季節が常に訪れる
新しい鬼の世界の形。
ボクと咲が人の世で生きる時間は、
珠鬼たち、民に選ばれた者たちが国の取り決めをして
政を行っていく。
「仕事が終わり次第、
向かうよ。
いってらっしゃい」
送り出したボクは神木へと向かって、
いつものように枝に腰掛けて地上を見つめる。
目前に映し出される人の世と
瞼の裏側に映し出される、鬼の世の街並み。
2つの地上を抱いて
ゆっくりと深呼吸。
桜舞い散るこの地は、
2つの世界を繋ぐ聖域。
龍神の加護を得た
穏やかな土地。
育まれた大地は、
木々を芽吹き、人を育てていく。
桜、舞い散るあの場所で。
恋人たちの静かな訪れを待ち続ける
絆を育む守り神が暮らすパワースポット。
女神が流した、
宝玉は……神社の中、
大切に安置されている。
「行ってきます」
桜の木から飛び降りて、
今日も人の世に生きる鬼として
YUKIとしての時間を歩きはじめる。
咲との
強く感じながら……
未来(四季)の恋歌を
歌い続ける。
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