16.紅葉散る -咲-
気が付いた時、珠鬼の掌から流れる
暖かな温もりを感じた。
「お目覚めですか?姫様」
そう紡いだ
今にも倒れそうなほどに思いつめていた。
「アナタ、一人なのね」
小さく紡ぎだした言葉。
部屋の中を見渡しても、
そこに和鬼は居なかった。
「和鬼は?
和鬼が居たような気がしたの」
「えぇ。
和鬼は姫様の隣の部屋で休んでいます。
姫様はご存じだったのでしょう?
和鬼が桜鬼神であるという事を」
珠鬼の口から紡がれた思わぬ言葉に
私はただ頷いた。
和鬼……私は、
また貴方を苦しめたのね。
一度目は前世の記憶の中で。
国主としての務めを放棄した私が、
国を助けるためなのだと言い聞かせて
逃げ出したあの日。
貴方が桜鬼神だとは知らずに、
貴方に私を殺めるようにと仕向けた。
愛する人を
その手にかけさせると言う大罪。
そんな咲鬼の事を許せなかったはずなのに、
私も同じことを貴方にしてる。
貴方を苦しめると知っていて、
私自身が一番許したくないのに、
心とは裏腹に
私だけが解放されるために要求した。
二つ目の罪は……あの日。
貴方の苦しみを知ることなく、
安易に『許す』と
自己満足の為に言い切った。
咲鬼から貰ってたあの首飾りを
鬼狩の剣で切り落としたからといって
貴方の心が救われるはずもない。
そんなことすら気がつけぬほどに、
私は自分の満足を満たすことでいっぱいだった。
沙羅双樹の木の下。
母の腕に
抱かれて紡がれた子守唄。
母の子守唄に重なるように
和鬼の子守唄を風が届けてくれた気がした。
その直後、神々の光に包まれた体内に
吸い込まれていった和鬼の愛刀は優しく暖かかった。
鬼狩の剣は、
光を照らし道を誘う《いざなう》
そして私は戻ってきた。
目覚めてから数日が過ぎても、
珠鬼は和鬼のところに連れて行ってくれなかった。
和鬼の部屋に出向いては、
帰宅して姿を見せる珠鬼は日に日にやつれていく。
そんなある日、
「姫様、和鬼が呼んでいます」
襖の向こうに控えた珠鬼が告げた途端、
私は部屋を駆け出して、和鬼の元へと飛び込んだ。
「和鬼っ」
声張り上げて、彼の名を紡いだ私は
横たわる和鬼に抱き付く。
「私……、和鬼に酷いことした。
私だけじゃない、咲鬼も和鬼を苦しめてた。
なのに何一つ気が付けなかった。
和鬼の想いに。
和鬼の愛情は表面だけじゃなくて、
もっともっと深いところあって、
その優しさに甘えてた」
だから今度は私が和鬼を守って見せるよ。
貴方が教えてくれた
本当に愛で。
そんな私たちの前に
再び姿を見せたのは紅葉。
紅葉が現れた途端に、
和鬼の表情が一瞬のうちに
凍り付いていく。
「貴女、さっきは
よくも私を操ってくれたわね。
私自身の甘さも原因だけど、
貴女と交わって、
貴女の寂しさが伝わった。
だからってやっていいことと、
行けないことがあるの。
貴女はかつての私と同じ。
寂しさは、
貴女を闇に誘ってしまう。
その闇に、貴女の大切な風鬼さんは
近づくことすら出来ないのに。
和鬼にはこれ以上、
手はかけさせないから」
紅葉を睨みつけながら、
両手を広げて和鬼を守るように立ち上がる。
そんな私にお構いなしに、
和鬼はゆっくりと私が伸ばした両手を一つ、
ゆっくりとおろさせて私の隣で微笑んだ。
「咲、大丈夫。
ボクの刀、返してもらうよ」
そう言った途端、和鬼は私の胸の前に
指文字を描いてゆっくりと両手を翳す。
和鬼の掌に吸い付くように
集められていく光の粒子。
私の胸が熱くなった時、
和鬼によって、引き抜かれる鬼狩剣。
剣はこの世界に生まれた途端に
眩しい輝きを放った。
「咲、これがボクの最後の仕事」
微笑んだ和鬼は、
桜吹雪に吸い込まれるように宙へと舞い上がると、
紅葉を引き連れて部屋から姿を消した。
「和鬼っ!!」
慌てて叫ぶ私。
ダメ、和鬼を
一人にしちゃいけない。
そう思って強く念じた時、
再び、姿を見せてくれた金色の鳥。
鳥はついて来いと言わんばかりに、
私の前を先導していく。
和鬼、貴方の傍にすぐに行くから。
珠鬼によって王族の証だと手渡された
短剣を帯に刺して勾玉を握りしめながら。
鳥に誘われるままに、
辿り着いた時、和鬼の腕の中で、
少女は微笑んでいた。
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