15.風の記憶 -和鬼-
『私をコロシテ』
咲の切なる願いに逆らえず、
自らの鬼狩の剣を、咲の体内へと突き刺した。
皮膚を貫き、
肉を断つ感触がボクに押し寄せる。
その感触を理解した途端、
ボクの中のもう一つの大切な何かが
崩れるように墜ちて行った。
遠ざかりそうになる
ボク自身の意識にあがなう様に、
咲を必死に抱きしめながら、
唇を噛みしめて見つめる。
今のボクを守護するのは、
蒼龍の加護。
蒼龍の庇護を受けるボクの気には、
神気が混ざる。
最初で最後のかけ。
神気を宿した
鬼狩の剣で最愛の咲を突き刺す。
失敗すれば咲は息絶え、
成功すれば……、その鬼狩が引き金となって
龍神の加護を受けられれば、
咲は助けられるかもしれない。
「和鬼、お前」
咲と二人、いろんな場所に移りながら
向かい合い続けた。
そしてこの場所にようやく辿り着いた珠鬼は
今の現状を見つめて小さく呟いた。
「
ボクにはもう
咲を見つめながらゆっくりと紡いだボクに
珠鬼は深刻な顔をしながら近づいた。
「和鬼、まさか」
珠鬼はボクに駆け寄って、
躊躇う《ためらう》ことなくボクの袖をめくっていく。
肌が黒ずんで闇色に染まり続けるボクの体。
ボク自身が望んだ
……呪いの証……。
「悪い……珠鬼、咲を頼む」
ふいに意識が引っ張られるのを感じて、
咲を珠鬼へと託した。
珠鬼が咲をボクの腕から抱え上げると共に、
痛みと共に、闇が一気に侵食を始める。
体を支えることも出来なくなったボクは、
その場で倒れこむように身を横たえ、
痛みに耐え続けながら、終焉を覚悟する。
「馬鹿野郎。
勝手なこと言ってんじゃねぇ。
和鬼、まだ逝くな」
珠鬼の声と共に、ボクの体の中に
暖かい気が巡り始める。
その気が珠鬼の秘石の力だと、
すぐに結びついた。
「和鬼、お前まで勝手に逝くなよ。
治してやる……。
何をしてでも、治してやるさ。
お前が今まで一人で抱え続けた問題を想えば
俺が出来ることは、お前を助けることくらいだ」
珠鬼の声がボクを
現実へと引きとめていく。
痛みにあえぐボクに
珠鬼の声は何処までも優しかった。
「春の民たちよ。
見ての通り、桜鬼は俺たちを助けてくれた。
咲姫さまが負傷された。
誰ぞ、姫様を寝所へ」
珠鬼の声が聞こえると同時に、
複数の民たちの声が微かに耳に届く。
「悪い、和鬼。
移動する間だけ秘石を咲姫に使うぞ」
そう言うと、珠鬼の気配は
ボクから放れて、
咲の傍に近づいたみたいだった。
ゆっくりと民たちの声と共に、
咲の気が遠ざかっていく。
「悪い、和鬼。
姫さんは、民たちに運ばせたよ。
お前は俺が連れていく」
そう言った親友は、
ボクの体をラクラクと抱え上げた。
苦痛を伴って、
それどころじゃないはずなのに
不謹慎にも、珠鬼の優しさに昔を思い出す。
「懐かしいね。
珠鬼は前にもこうして、
運んでもらったことがあったね」
それは遠い昔の記憶。
川辺にボクと風鬼と珠鬼の三人で遊びに行ったとき、
ボクだけ足を捻って歩けなくなった。
先々へと歩いていく風鬼と違って、
珠鬼はボクの元に引き返して、
その時もこうして抱え上げてくれた。
「あの泣き虫和鬼が、大変だったな」
珠鬼の腕に抱かれながら、
懐かしそうに、気遣う様に告げた
ボクにはとても優しかった。
「蒼龍より力を貸し給うた」
「そうか」
神の力を借りなければ、
大切な人一人守れぬほどに
ボク自身の呪いは、ボクを蝕み続けている。
「まぁ、今のお前はどっちなんだ?
和鬼なのか?
桜鬼神なのか?」
ボクを抱きかかえて、
歩きながら
ふいに珠鬼が発した言葉。
「どっちなんだろう。
どちらもボクで、どちらも彼だから。
だけど永い夢を見てたみたいだよ」
そう返しながら笑いかけた。
ボクの心に残る咲鬼姫を愛しいと思う気持ち。
そしてもう一つの、
心の奥底から湧き上がるように流れ込む
咲を愛しいと思う気持ちは繋がっているから。
「珠鬼
……少し休むよ……」
そう言いながら、
親友の揺りかごに抱かれて、
ゆっくりと眠りへと旅立った。
*
「和鬼っ。
和鬼っ!!」
次に意識を回復した時、
ボクは見慣れないへ部屋で目覚めた。
ボクの目の前には、
秘石の力を使い続ける珠鬼の姿が目に入る。
「……珠鬼……」
静かに名前を紡ぐ。
珠鬼の顔は青白く、ボクを治療する秘石の力を操るため、
自らも無理し続けているのが感じとれた。
「もういいよ、珠鬼。
ボクよりも、君も休まないと」
今もボクに翳し続ける、
その掌をゆっくりと制した。
「有難う。
随分と楽になってるから。
咲は?」
そう気になるのは咲の存在。
彼女の未来が
この先も繋がってくれれば
ボクは……もう……。
「姫さまは大丈夫だよ。
もう床から起きてる。
和鬼が守ったんだろう。
俺は秘石を握らせていただけだよ。
姫さまも逢いたがってる。
呼んでくるよ」
そう言った珠鬼の言葉に、
ボクもゆっくりと床から起き上がる。
ボクの体を蝕む闇は、
今も消えることはない。
だけど、その痛みは今はない。
「和鬼っ!!」
襖をバシーンっと激しく開けて
ボクの元に駆け出して来た咲。
その咲は床に横たわったままの
ボクをギュっと抱きしめた。
咲に抱きしめられた時、
遠い昔は、
ボクが咲鬼を抱きしめた時間を思い出した。
……風の記憶……。
そんな暖かな記憶を
抱きしめながら、
咲の温もりを感じた。
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