14.沙羅双樹の子守唄 -咲-
何度も何度も、和鬼を殺せと
頭の奥深くに命令してくる女の声。
必死に自分では抵抗しているつもりなのに、
私の心とは裏腹に、
私の意識はその女の声に操られたかのように
命令通りに、和鬼の命を狙う。
そんな真っ暗な闇の中、
私の目の前に映るのは一羽の
無意識のうちに縋りつくように、
その金色の鳥に救いを求める。
何故なら……
金色の鳥が私に運んでくれるのは、
愛しい和鬼の優しい声。
『咲、気が付いて……ボクだよ……。
和鬼だよ……』
……和鬼……。
金色の鳥は、今も私の頭上を
優雅に飛んでいく。
大好きな和鬼の声を運んで。
そして何処までも優しい和鬼の声は、
やがて別の声へと変わっていく。
『
声と共に引き寄せられるように、
空から柔らかな風が降り注ぐ。
真っ暗な世界に、
天から降り注ぐ淡い光。
稲光・炎・水を連想させる三つの光が、
真っ直ぐに地上を照らし出す。
先ほどまで何も見ることが出来なかった暗闇の地上には、
蓮の花の絨毯が広がる。
蓮の花が浮かぶ絨毯の上を金色の鳥に招かれるままに
ゆっくりと歩いていく。
花が浮かぶ水面は私が歩くたびに、水面を揺らす。
時に音階を刻みながら、
滴を落とす、その道を歩いて広がるのは一本の木。
その木の下で、地面に座りこんで誰かを
あやす様な仕草をする女の人がうっすらと靄の中に浮かぶ。
一歩ずつ近づく足に力が入る。
ゆっくりと濃いくなっていく女の人の姿は、
見慣れた姿を映しだした。
「お母さん?」
思わず問いかけた咲の言葉に
頷くように、金色の鳥は咲の頭上を旋回した。
旋回した金色の鳥の通り道から、
ゆっくりと地上へと流れ落ちるように広がる
白雲や霧のように見えるスクリーン。
やがてそのスクリーンは
懐かしい世界を映し出す。
映し出されるのは、
塚本神社の境内。
お社の中で眠り続けるのは、
あの日お祖父ちゃんのお客さんとして来ていた
少年少女たちを含む四人。
お社の向かい側、
神木の前に佇むのはお祖父ちゃんとお母さん。
思いつめたように疲れた顔をしている二人に、
思わずびっくりする。
お祖父ちゃんが心配するのはわかる。
だけど……お母さんにとっては、
私は必要のない存在じゃないの?
二人は桜の神木を見つめながら
祈るように何度も何度も手を合わせた。
二人の傍には、長い黒髪の着物の女性と、
同じ髪型の幼い少女。
黒髪の着物の女性の傍には、
依子先輩が眠り続ける。
依子先輩の顔を時折、覗き込みながら
神木を見つめるのは一花先輩。
一花先輩の隣には、
握り拳を震わせながら、
ただじっと神木を見つめ続ける司。
何?
失われていた大切なものがゆっくりと
広がっていくように優しさが湧き上がる。
『汝が求めし世界は優しい。
だが優しさだけでは、
人は育たぬ。
己が道を歩き、
壁を超えて突き進む故に
人の魂は輝きを放つ』
スクリーンを見つめる私の隣に、
突然姿を見せたのは、
額に何かの文字が浮かんだ
白髪の青年の姿。
『人が育みし世界。
優しいだけでは、
決して思わらぬ
闇の
人は己が闇に迷い込み
出口を見つける為に
自らを追い込んでいく。
それ故に放たれる、
命の炎は輝きとなって
汝に関わるものを包み込む』
次に姿を見せたのは、
褐色の肌に白髪に混じる紅いメッシュ。
甲冑姿を身に纏った青年。
『水の流れは絶えなるもの。
人に優しい水も、
時に人に禍をなすように
この地に住まう人もまた
過ちを繰り返しながら
時を刻む。
それ故、放たれる
水の調べは
人の心を揺さぶり
輝きを放ち、慈愛に満つる』
その声と共に姿を見せたのは、
透き通るような水色の髪を
たゆとわせた女性?男性?
その三人が目の前に降り立ったと同時に、
一層、眩しくなる私の周囲。
「汝が
鬼の姫の御霊を抱きし少女よ」
心に流れ込んでくるように
直接語りかけられる言葉。
「鬼神をいかに思う?」
鬼神?
鬼神って多分、
和鬼の事でいいのよね。
「心から守りたい。
だけど今の私は和鬼を傷つける」
今も私は貴方に『私をコロシテ……』っと
願い続けてる私の心。
貴方が悲しむのを知りながら、
私の想いを押し付けていく。
ゆっくりと消えていく
三人の神々しい姿。
彼らの光に包まれながら、
暗闇に広がっていく子守唄。
母が歌い続ける優しい子守唄の歌声に
導かれるように沙羅双樹の方へと歩いていく。
「お母さん」
母に笑いかけてその胸に抱かれた時、
見覚えのある刀が、私の体を貫いて吸い込まれていく。
和鬼……有難う……。
力が抜けていく感覚と裏腹に
温もりが伝わる
その剣を抱きながら私の意識は眠りに落ちた。
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