13.闇に散りけり -和鬼-




『コロシテ……』





ボクが抱く腕の中、

咲は小さく呟いた。



何度も涙を流しながら繰り返される言葉に、

ボクの体力も精神力も吸い取られていくみたいで、

重怠くなっていく体を支える術もなく、

咲の言葉だけと向き合っていた。





咲、キミもボクに

その罪を負わせるの?







決して自身で許すことが出来ない

大きな罪を。







……そう……。









それが君の望みなんだね。






それが咲の望みなら、

ボクはそれを受け止めるよ。







ボクの心と引き換えに、

君を救えるのなら……。







遠い昔、和鬼がそれを選んで

ボクに求めたように。






ボクの心が闇に砕けるのと引き換えに

咲を守ることが出来るなら、

ボクの疎まれ、嫌われ続けたこの力も

意味があるのかもしれないね。



最後の最後でボクも誰かの役に立つことが出来るって

思っていいんだね。





……咲……。







それが君がくれた、ボクの最後の存在意義なら、

ボクはこの心と引き換えに君を守るよ。






ボクが闇に砕けた後も、

ボクのことで苦しまないように

全ての記憶を閉ざして。








桜鬼である最後の務めを君の為に。







それが君の……ボクが愛した

最愛の女性ひとの望みだから。














「おいっ、桜鬼神おうきしんどうかしたのか?」





突然、体を揺する声に

重い瞼を開ける。





視界に映るのはボクを忌み嫌うはずの

珠鬼と、鬼の民たち。





「なんでだよ。

 なんでお前はそうなんだよ。


 咲鬼姫さまを殺した。


 それだけなら、俺たちは何処までも

 お前を憎むことが出来たし、

 お前を憎み続けることで、

 前に歩いて行くことも出来た。


 だがお前は、悪役だけで終わってくれない。


 お前を追い詰めた俺たちの為に、

 どうして、助けるんだよ。


 そんなボロボロになりながら」



珠鬼は和鬼に見せるそのかお

ボクの隣に座り込む。



「見ててわかった。


 お前が守りたいものは、咲って言う名の

 俺が紅葉に教えられて、鬼の世界に引きずり込んだ少女。


 アイツは、和鬼が愛し続けた咲鬼姫の御霊が転生した御身。


 鬼と人の狭間に居るお前にとって、俺は人を惑わした墜ちた鬼。


 守らずとも、その剣で貫けばいいだろ。

 なのに、何故応戦しない?


 戦わない?


 暴徒と化した他の鬼には、

 容赦なくその剣で屠る《ほふる》お前は、

 俺にはその剣を一度も向けない。 


 鬼狩の剣を鞘から解き放つことなく、

 桜吹雪で応戦し続ける。


 挙句、お前だけが矢に犯される」



民人たちがボクと珠鬼を取り囲む中、

ボクの隣に座り込んでいた珠鬼は「矢を抜くぞ」っと

一言告げて、一気にボクの体から抜き取る。


苦痛に歪むボクを珠鬼は

自らの体で抑え込むと、

すぐに傷口を水で洗って秘石(癒石)と共に手を翳す。




秘石と呼ばれる、

宝石は珠鬼の一族の家宝。



珠鬼が昔から受け継ぐ癒石の波動と、

珠鬼の思う気が混ざり合って流れ込んでくる。





珠鬼の優しさが、

ボクには暖かかった。





「なぁ、鬼狩は本当に和鬼なのか?」





珠鬼が手当をしながら、

ゆっくりと呟いた言葉に、

ただ何も言葉で返さず、

まっすぐにその瞳を見つめ返した。







珠鬼は、ヒーリングの手を休めることなく

小さく溜息を吐いてボクの肩に手を当てた。




矢に刺された傷跡は、

癒石と珠鬼の力で塞がったのがわかる。




だが珠鬼は

その手をやめようとしない。






ボクの体が、ボク自身の呪詛によって

どれだけ蝕まれてしまっているかを

感じてしまっているから。






「珠鬼、ボクの未来はもう短い。

 この呪詛は消えることはないと神に告げられた。

 ボクの歩く道も残すところは後僅かだと。


 咲が言ったんだ。

 ボクに……コロシテ欲しいと。


 ボクは望みを叶えるよ。


 咲の願いを

 ボクの最後の力で。



だからボクが消えた後、咲を守って。


 遠くから、寂しがり屋の彼女に寄り添って。


 ボクはもう彼女の元に帰ることは出来ないし、

 触れることも叶わない。


 珠鬼がボクを今も親友だと思ってくれるなら、

 ボクの望みを受け継いで」




ボクの中での精一杯の肯定。



ボクが和鬼なのだと、

面と向かって正体を告げることはできない。


だからこそ『親友』と言う言葉に思いを託す。




珠鬼に告げてから、

横たわっていたその場所から立ち上がる。




そして一歩ずつ踏み出していく

ボクが向かう先、ボクを囲んでいた民の輪が、

ゆっくりと両側へと別れていく。




出来た通りの真ん中、

ゆっくりと歩いていくボク。






「桜鬼でも和鬼でもいい。

 生き急ぐな。


 咲鬼姫しょうきひめには……いやっ咲姫さきひめには、

 お前が居ないといけないんだろ。


 一緒に旅をしている間、

 彼女はいつもお前の事ばかり考えていた。



 彼女が魘されるのは、決まってこの地に住む民が、

 和鬼を敬って桜鬼を蹴落とした後。


 咲姫は真実を知っていたから、あのように苦悩してたんだな。


 俺は……ずっと、和鬼の傍にいた。


 だが……その苦しみを

 感じることが出来なかった。


 情けねぇよな。

 こんな時ほど、支えてやりたいのに。



 だけどな。

 今は違うぞ。


 お前が何を言っても黙って死なせるようなことは俺がしねぇから。


 帰ってこい」





ボクの背中に、そうやって声をかけてくれた

珠鬼はそのままボクの元へと駆けてきた。




二人が並んだ途端、

再び、姿を見せたのは風鬼。



依子さんと、

操られてしまった咲。





「珠鬼、下がってて」






低く言い放つと、

ボクはゆっくりと鬼狩の剣を

鞘から解放した。




鞘から解放した途端に、

ボクの体を蝕む呪詛は

活発な動きを始めていく。






『どうだ?

 一番大切なものを奪われた悲しみは?


お前はあの日、私の大切なものを奪った』






風鬼の声と姿をしていたその人は、

ゆっくりと姿を女性の姿へと変えて行く。




それと同時に、声も男のモノから女のモノへと

変わっていった。





「紅葉……さん」




珠鬼が呟いた名前。







最初……、出会った時の小さな女の子が

ボクに名乗った名前。






「珠鬼?」



その名を知る珠鬼をボクを見つめる。





「風鬼の婚約者だった人だよ。


 あの日……君が彼を殺さなかったら

 彼女はその夜、

 風鬼と祝言しゅうげんを挙げる予定だった」





珠鬼の言葉が、

ボクを一気にあの時間に押し戻した。



ボクが風鬼を手にかけたあの日が、

二人の祝言の日……。



ボクは何も知らされずに、

風鬼をこの手にかけたの?



風鬼は

そんなこと何も話さなかった。



ただ終焉を望んだだけだったはずなのに。




「あの日のようにお前の大切な存在を殺すがいい。 


 私の可愛い傀儡よ。


 二人とも、アレを殺しなさい。

 私の願いを叶えなさい」




ユラユラと立ち向かってくる二人。






『YUKIを返して。


 YUKIは私だけのYUKIよ』






そう言いながら、

向かってくる依子さん。






依子さんの悲痛の叫び。


その言葉の意味を、

ようやく受け入れられるような気がした。



何度か自分で思うことがあった

人の世の時間。


由岐和喜を奪っていたのもボクなのだと。



ボクは守るべき世界を守れず、

守られていた世界からも大切なものを奪い続けてた。





「依子さん。


 依子さん……正気に戻って」







一定の距離を保ちながら、

何とか声をかけるものの、

どうすることも出来ない。








鬼狩……この剣を振るうしかないの?







剣を見つめていると、

刃に映し出されるのは

あの日、風鬼を殺し友殺しの出来事。



その後、映し出されるのは

咲鬼姫を見送った日。









迷いを打ち消すように、

柄を握る手に力が入る。







「殺せ。


 お前の大義名分の元、

 我愛しの風鬼を殺めた時のように」






一際強い声が放たれた途端、

一斉に向かってくる咲と依子。






依子の前。


ボクは、その姿を

YUKIの元へと変えていく。



ボクが彼女を引き戻せるとしたら、

彼女の中のボク以外有り得ない。





「依子さん」




彼女にとって懐かしい、

由岐和喜としてのもう一人のボクへ。




そうやって、桜鬼の操る力が届く

ボクのテリトリーへと引き込んでいく。





「YUKI。


 どうして……此処に……」





彼女の問いに、ボクは

彼女が喜ぶ言葉をYUKIの声色で返していく。




「依子さんが心配だったから。


 帰りましょう。

 社長が心配してますよ。


 ボクも傍に居ますから」



ゆっくりと手を差し出した手を、

躊躇しながらも、ボクの手に重ねた瞬間、

彼女はボクの力が及ぶテリトリーへと捕縛された。



すかさずYUKIの姿のまま、

ボクは、解放の言葉を続ける。






須王依子すおう よりこ



我が名は、

桜鬼神・和鬼。


この者の手に宿りし、

鬼の刻印を閉ざし、鬼の干渉を断つ。


気を閉ざし、悪鬼をはらう。


なれ御手みてに刻まれし

鬼の烙印らくいん狩りとらん



己が世界へ……。


心に宿りし、

YUKIと共に







還霊かえりたまおくり



鬼狩鬼としての通り名でなく、

ボクの真の役職を告げて、

祈るように、願うように依子の意識寄り添って

解放の言葉を唱えていく。



依子が人の世の世界に、

迷い子にならぬように、

YUKIとしての歌声を歌いながら。



今のボクには、

依子を神木までしか送り届けることは出来ない。


だけどあの場所には、

龍神の選びし御子が集っているから。



力を振るいながら、

約定を違え続けるボクの身に

押し寄せる強い呪詛。




より深く侵食してくる

その痛みに自らの爪を食い込ませながら

意識を繋ぎとめていく。




何とか依子が人の世に辿り着いたことを

感じ取ると、そのまま崩れるようにボクは座り込む。




呼吸を整えながら、

鬼狩の剣を杖がわり体を支えて

起き上がると、まっすぐに紅葉を見据える。





「依子さんは返したよ。

 君の手が届かない龍神の御元みもとへ。


 己が復讐の為に、人の純粋な心を悪用した君を

 ボクは許すことなんて出来ないよ。


 依子さんの次は、咲もボクに返して貰う」




覚悟を決めて剣の持ち方を変えて、

再度、向き直る。





対峙する咲の切っ先も、何時でもボクを貫けるように

心臓周辺を捕えているように思えた。








『コロシテ……』









向き直るボクに再び、

送り込んできた咲の意識。









……咲……。








ボクに向かって突くように走ってきた

咲の体を交わして、振り上げた鬼狩の剣。








……サヨナラ、咲……。






その思いを残したまま、振り上げた剣の向きを返し、

咲の剣を払い落すとボクの鬼狩を咲の体内へと吸い込ませていった。






……咲……。







それと同時にボクの意識が闇の中へと

墜ちていくのを感じていた。






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