11.風の声 -和鬼-





和鬼、私は此処に居る。




和鬼 迎えに来て

     ……助けて。







私が壊れる前に。









何度も何度もボクの心に

流れ込んでくる咲の切なる想い。








咲が呼んでる……。



咲の母親に、ボクの名を告げて

鏡を伝い、神木の回廊へと渡る。




その道すがら、

顕現する三体の神々しい光。





『桜鬼よ……汝の未来は少ない。

 汝の望みし、審判の時は近い』




光の中から、言葉を放つのは

ボクを何度も助けてくれた蒼龍。




龍の位を抱く神。




その神の想いは、神に名を連ねる末端にまで

優しさ・強さ・慈しみが染みわたっていく。



普段、簡単にその姿を見ることの叶わぬ

その神たちがボクの前に姿を見せた。


それはボク自身の浄化の時間が

近づいていくことも自覚させてくれた。






『蒼龍、炎龍、雷龍。

 その御心に感謝します』




神々しい光に向かって、

ボクは膝を折って頭を垂れる。





神が教えてくれたボクの終焉おわり




ボクがボクで居られる残りの時間。

それはボク自身が知りたかったこと。




『桜鬼よ……私の愛子よ。

 なれに、我が守護を授けよう。

 汝の命が尽きるその日まで』




次の瞬間、光の中から

解き放たれる優しい光が

ボクを優しく包み込む。




「蒼龍、咲の元へ行ってきます」





再び、頭を垂れた後

ボクは、一気に咲の末その場所へと回廊を渡っていく。





蒼龍の加護を抱いたボクの体は、

蝕まれる闇の流れを、今は遮断されているかのように

体が軽く、痛みも感じない。






咲の声に耳を澄ませ、

咲の声に心を寄せる。




何度も叫び、暗闇に引きづられて行く咲の声を聞くたびに、


【全ては偽り。

 咲は一人じゃないんだよ】



っと何度も何度も、

息吹に乗せて咲を思いながら言霊を発する。




咲のお母さんも、

咲の事を忘れたりしてない。



咲に安息を貰ったボクだから

今度はボクが、今できる全てで

君を守って見せるから。



大好きな咲のお母さんの想いを

ボクが伝えてあげる。





それが多分……

ボクが咲にしてあげられる最後の贈り物。




永き闇の時間、王である和鬼は、

国を守ること放棄した。



咲鬼姫に託された世界。





どれだけ慈しみをかけても、

その地に咲鬼姫はいない。






咲鬼姫を裁いて人の世に送り出した、

桜鬼であるボクがいるから。






桜鬼のボクは、

和鬼の心を殺した。






和鬼の名を借りて

人の世へ焦がれる。






せめて咲鬼姫の魂がその世界へ転生するまで

見届けたいと。





それが……桜鬼であるボクが和鬼へ出来る

唯一の罪滅ぼし。





和鬼と桜鬼。

二つの指名を帯びた相容れない鬼。




和鬼の愛した親友とも

摘み取った忌み嫌われ続けた鬼。




一番身近にいる和鬼にすら疎まれ続けたボクは

行く場所もなく、行き倒れて咲久の温もりを知った。






皮肉にも、咲久の孫として

この世に生まれたのは、

あの日、桜鬼のボクが鬼の世界から追放した

和鬼の最愛の想い人。






和鬼を想い、桜鬼(ボク)を想い、

愛されることを求め続ける

壊れそうな少女……咲。






その咲は……ボクを受け止めて

包み込んでくれる。






ボクの居場所をくれた。







だけど、どれだけ、年月が過ぎて行っても

鬼の世界の誓約は変わることはない。







桜鬼神として、

ボクが神を拝命したその日から。










1.同族に悟られてはならぬ。


1.同族に情けをかけてはならぬ。


1.正体を悟られてはならぬ。


1.人と鬼の境界を守る

 守護神となれ


1.任務遂行を目撃されたものは

 そのものから関わりし記憶の全てを

 消すべし


1.国王がその職務を放棄したと

 判断したその時……

 王に審判を下せし唯一のものなり








和鬼(国王)が任務遂行を放棄したと

判断したその時、

和鬼に審判を下せるモノはボクだけ。




正体を悟られてはならぬ掟を破り、

その物から関わりし

全ての記憶の消すことが出来なかったのは

桜鬼神としての務めを怠ったボクの過ち。




心に宿る二つの鬼は、

互いの最愛を想い、互いの任を放棄した。




その故に、その位に立つものとしての

裁きの時間が永の年月、じんわりじんわりと

互いを戒めつづけていた。




二つの罪を抱く

この体をそれぞれの想い。




その結末の時が、

近づいてきたのだと水龍は教えてくれた。





後僅かで、

ボクの時間が終わると言うなら

その中で、二つのボクを

受け止めて許すことが出来れば。






『咲。


泣かないで。

今、ボクが駆けていくから』





咲の声を手掛かりに、

気配を辿って影を渡っていく。



ボクの体ギリギリに纏う、

水龍の気はボクの負担を軽くさせてくれる。



ボクの体を蝕んでいく、

黒い影も、今は動きをとめて

動くことはない。




咲の呼び掛けが途切れる。





それと同時に姿を見せた現場。





辿り着いた部屋には、

真っ黒な霧が渦巻いている。



その隣、高笑いをして微笑む依子さん。



依子さんの前、風鬼の腕の中で、

ぐったりと力なく横たわる咲を見つけた。





「風鬼、何をしている?

 咲を放せ」




腰に下げた鬼狩の剣に、

ゆっくりと手を伸ばして握りしめるボク。





すると風鬼の腕の中から、

ゆっくりと咲がフラリ立ち上がる。





『アナタだけが私を必要としてくれた。


 私の前に居るのはアナタの敵。


 アナタの敵は、私の敵……』






無機質に呟く咲が、

風鬼に手渡された剣を握りしめて

ボクに向かって、振り下ろしていく。






「姫様」







足音が聞こえて、

勢いよく開け放たれた襖から

姿を見せたのは珠鬼。








『咲。


 裏切り者を殺せ』






風鬼に心を奪われて

傀儡【くぐつ】と化した咲は、

言われるままに珠鬼の命を狙っていく。





「咲っ、ダメだ。


 珠鬼を殺して傷つくのは君だから」





そう親友(とも)を殺して

傷つくのは自分自身。





その罪は、自分自身で許すことなど出来ず

誰が許したと言っても、消し去ることは出来ない。





「咲、和鬼だよ。


 気が付いて、

 君に伝えたいことがあるから」






桜鬼の姿であることを知って、

その名を口にする。






本来、決してこの地で

この姿で唱えることなどあってはならない

禁断の名。






「和鬼だと」





咲が反応するよりも先に、

珠鬼の視線が

突き刺さるようにボクに向けられる。










「桜鬼のお前が、

 何故その名を紡ぐ。


 姫さまだけでなく、

 和鬼までその手にかけたか?



 貴様、どれだけの存在を

 殺め続ければ、

 お前のその刀は血を欲することをやめる?」








突き刺さる珠鬼の言葉。





その言葉の刃に、

動けなくなりそうな体を

必死に支えながら、

鬼狩を鞘から解き放つことすら出来ない。




唯一、ボクに出来るのは

桜吹雪を纏わりつかせて

珠鬼を守りながら、

咲と応戦すること。







咲……。





ボクだよ……。









泣かないで。









痛いほどに伝わってくる

咲の思念がボクに流れ込んできては、

ボクの心に鋭利な痛みがズキンと突き刺さる。










「鬼狩。


 貴様も大切なものを奪われた苦しみを

 思い知るがよい」








その声と共に放たれた

矢は傀儡と化している咲へと

何処からか放たれる。







咲を狙って放たれたその矢から、

咲を守るためにボクの体は、

咲を捕まえて抱え込む。








その直後、鈍い痛みが

体中を駆け巡った。



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