9.隠恋慕~かくれんぼ~ -和鬼-

神木の回廊を渡り、

咲の母親の暮らす家へと移動しようと動き始めた時、

ボクの鬼狩の剣が強く反応する。



咲の母親の元に行くのを少し中断して、

何が起きたのかを、精神を広げながら情報を集めていく。



春国しゅんこくの方角。



王宮を中心にして、

春夏秋冬の宮にわかれる鬼の国。


それぞれの季節の宮から、

国へと回廊が繋がる。




鬼の暴走?



目を閉じて、一気に王宮の中へとイメージを膨らませると、

鬼狩の剣を握りしめながら、

腰のあたりに隠し持っている鈴をチリリンっと響かせた。、



瞬時に王宮へと帰還したボクは、

そのまま春の宮を渡って、国へと入る。



黒衣に身を包んで、鬼狩を操ったまま、

咲を守るように民たちの元へと姿を見せた。



咲を守って奮闘する珠鬼。



その姿に嬉しさを思いながらも、

正体を知られてはならない掟がボクを縛る。



黒衣のまま、顔も姿も隠して

一心に鬼狩の剣を振るっていく。



ボクの刀で斬られた鬼たちは、

砂となりその姿は瞬時に崩れていく。



咲の近くに纏わりつく、

暴徒と化した鬼たちを一掃したボクは

珠鬼の傍から逃げるように、

ボクの今の役割を優先させるように

その場から消えようと思ったものの、

珠鬼の瞳に捕らわれて動けなくなった。



『珠鬼……』



ようやく紡げた友の名。


だが友の目は、

ボクを突き刺すように見つめた。



「桜鬼、貴様何しに来た。

 再び、姫様を奪いに来たのか?


 姫さまだけでなく、我が親友

 和鬼も貴様が手に掛けたか?


 それ故に友は姿を消したか?」





和鬼と桜鬼。


ボクと言う存在が、

二つに分かれてしまっているなら、

その役割を成すとき、

ボクは常にどちらかのボクを殺しているのかもしれない。



珠鬼が握る刀の切っ先が

ボクへと向けられて、その距離が縮まってくる。



「いやぁぁぁぁぁっ!!。


 どうして、どうしてわからないの?

 桜鬼は……桜鬼の正体は……」



いきなり叫びだした咲の言葉に危機感を覚えたボクは、

咲の腹部へと、自らの拳を埋め込んだ。



「おのれ。

 鬼狩、姫様から手を放せ」



傾いだ咲の体をボクは抱き留めると、

叫びながら向かってくる珠鬼へと咲を預ける。



そしてそのまま王宮へと戻り、

王宮から冬の宮を経由して

神木の回廊に繋がる狭間の世界へと移動した。



狭間の回廊から次に向かうのは、

咲の母親の住まう場所。




ボクが知りたかった、

あの日の出来事を桜の木が教えてくれた。




だからこそ……

咲の母親が、本当に咲を苦しめるだけの存在ならば

いっそ、この手で摘み取ってしまいたいと思った。




ボクの手は、友を殺したあの時から

紅に染まったままだから。





神木の回廊で近くの鏡へと降り立つと、

次は鬼の力を借りて、

闇から闇、影から影を渡り続ける。




辿り着いたのは、

住宅街にある小さな一軒家。





その場所に近づくにつれて、

気になっていた通り、

風鬼の気配が漂っていた。






風鬼?

どうして……。





庭の方へと敷地内に足を踏み入れて、

中の様子を眺める。




窓越しに視界に映るのは、

子供が男の人と一緒に

楽しそうにお風呂に入っている姿。




そして女性は一人、

ソファーに腰掛けて、

大切そうに手帳を開いていた。






相手が見えないのをいいことに、

ボクは更に、部屋の中へとその身を移動させた。






開いている手帳に貼られているのは、

咲の笑顔が愛らしい、

小さな小さな写真が沢山。



隙間なく、貼られていた。






確かお母さんは、

咲のことがわからなかった。







神木はそう教えてくれたはずなのに。









その場に立ち尽くすように、

息を潜めて中の様子を伺う。





この場所で、風鬼の気を感じた。




ならばボクを壊していく

紅葉と言う名の少女、依子さんもいるのかしら知れない。





そう推測して、

その場所から咲のお母さんを見つめ続ける。




暫く時間が過ぎて、

ボクの体の痛みが増し始めた頃、

咲のお母さんの首元を絡めるように

背後から抱きつく、紅葉の姿。



その紅葉はやがて大きく成長して

依子の姿をかたどると

依子は無機質に淡々と話し始める。











アナタの家族を壊すなんて

私には簡単なの。



アナタの家族を守りたければ

咲を追い詰めなさい。



咲をもっと苦しめなさい。




私からYUKIを奪ったあの子を。




あの子が居なくなれば、

YUKIは私だけのモノになるわ。








何度も何度も依子の言葉で

無機質に繰り返される静かな声。




ゆっくりと伸びる両の手に、

咲の母親の体は

ガタガタと震え続けてた。






ボクが悪いの?





ボクが咲に近づいたから?




ボクが咲を選んだから、

依子はボクを取り戻したくて

咲を傷つけるの?






ボクは……ボクが……。







ボク自身を責めれば責めるほど、

真っ黒いものが、

ボクの中から湧き出でる。






その真っ黒な感情のまま、

痛みに任せて、鬼狩の剣を握りしめて

その場所から飛び出した。







鬼狩の剣を一振りずつ振り回すにつれて、

ボクの自我が薄れていくようで

もう咲の為に振るっているのか、

自分の為に振るっているのか

ボク自身もわからなくなっていた。






ボクはどうして、

この剣を振るい続けるの?





『全てのモノを

 飲み込んで滅ぼすまで。


 人の世にも、鬼の世にも

 正しき裁きを。


 すべての禍を滅ぼすまで』






黒い意識は、

ボクをより深く包み込んでいく。





ボクの意思で、

鬼狩の剣を振るい続ける

ボク自身を制御することすら

叶わなくなってきた。





肉を断つ鈍い感触が

ボクの手に伝わる。




心臓を一突きにされた、

依子さんの叫び声が周囲に轟いて

姿を消していく。




それでもボクの行動は

止まることをやめようとしない。



鬼狩りの剣。



切っ先は咲のお母さんへと

向けられていて、

剣を見つめながら怯え続ける

姿が視覚に届く。




それでも黒いものに支配された

ボクは、それをボクの意思で

やめることが出来なかった。




咲の母親に向けて鬼狩を振り上げた時、

外から窓を壊してボクにぶつかってきた

水の洪水。






「間に合ったか。


 おいっ、お前。

 誰が勝手に暴走しろって言った?」




水圧の攻撃から解き放たれて、

地面に叩きつけられたボクの胸倉を掴みあげる少年。




「やめろ、神威」



注意して、後ろから少年の体を

羽交い絞めにして引き離す青年。



そのまま青年は呆然としている

咲の母親の方へと駆け寄って介抱していた。




ボクを止めて、浄化した水があの時と同じ、

蒼龍の神力だという事はボクも気づいている。





少年が離れた後、数日前にも姿を見た、

蒼龍が長い髪を空にたゆとわせながら

ゆっくりと近づいてきた。






『桜鬼神。


 汝が闇に捕らわれるとは

 何事か。 


 己が判断力を欠き隠恋慕かくれんぽに気づかぬとは

 人の世に降りて、それすらも忘れてしまったか』







隠す。


恋する。


慕う。







人が人として生きるために

必要な心。






隠恋慕。





かくれんぼ。














もういいかい













意識の奥深いところで、

何故か幼いボクが問いかける

言葉が微かに聞こえた。








今を生きるために、

咲への想いを隠したお母さん。







だけど、

それは忘れたことじゃない。



咲が必要ないわけじゃない。





そうしないと前に進めないから。




生きていくためには、

人はその心を隠してしまう。





ボクがあの日、

和鬼を隠して咲姫を人の世に見送った隠恋慕。





桜鬼のボクが咲に惹かれて救われて

今も想い続ける、隠恋慕。







そうか……。






ボクは今も想いつづけてるんだ。




和鬼としては咲姫を。

桜鬼としては咲を。








行かなくちゃ。





桜鬼としてボクは咲を守りに行きたい。






例え、その代償に

ボクの黒いものが再び

暴れだすとしても。





王族の務めを放棄して和鬼を葬った、

桜鬼としてのボク自身が

和鬼に焦がれ続けた、隠恋慕。









もういいよ









声にならない言葉で、

ゆっくりと答えた。













「桜鬼、何を企んでる?」






口の動きを見ていた神威と呼ばれている少年は、

キっと睨みつけてボクを言葉で絡めとった。





「桜鬼として。


 ボクの地を守るものとして、

 成すべきことを」



「アナタは?」





神威との会話をしていたボクたちの間を割り込むように

言葉を紡いできたのは、今の咲の母親。


ボクを浄化する蒼龍の力をボクの姿を視せてる?



窓が突然、蒼龍の力で割れて

家の中がめちゃくちゃになってる。



そんな無残になった家に戸惑いながら

お風呂から慌てて姿を見せた、

咲の母親の今の家族。




対峙するボクと、咲の母親を見守る

神威に飛翔と呼ばれていた青年。





背後では、柊と呼ばれていた女性が

蒼龍によって崩された世界をその力によって修復しようと

意識を集中していた。



少しずつ正常の状態へと時間が戻っていく建物。



ボクの来訪に寄って、

無残に壊れた咲の母親のテリトリーが修復されていくのを見届けて、

ボクは咲の母親をまっすぐに見据えて言葉を続けた。




「ボクの名は、桜鬼神おうきしん

 咲はボクが守ります」

 




何時になく力強く言い放つことが出来た言葉。





「後をお願いします。


 行きます。咲がボクを呼んでいるから」






咲の実家にある鏡。




鏡にゆっくりと手を添えて、

鬼狩りの剣を翳す。




鏡は次の瞬間、水面の波紋のように

内側から広がっていく。












その中に飛び込んだ。







咲……どうか無事で。


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