6.鬼帰 ~おにがえり~ -咲-



目が覚めたら見知らぬ景色が

広がっていた。



真っ暗で何も見えない場所。




ゆっくりと体を起こして、

上半身だけで、グルリと周囲を見渡す。




徐々に暗闇に慣れてきた目が

視界にいろいろなものを

映し出してくる。



映し出すって言っても、

広がるのは暗闇。




何処かの、あばら家みたいな場所で

眠ってたらしい私。




此処は何処?


見慣れない景色に不安が募っていく。







『目覚めたの。

 アナタ』






誰も居なかったその部屋に

突然、現れたのは着物姿の小さな少女。




その少女は、見る見るうちに大きくなって

私の良く知る姿へと変わっていく。




えっ?



依子よりこ先輩……」





小さく呟いたのと同時に

私の首元に伸びてくる真っ白な二本の手。





両手で絞めつけられる首。



息苦しさから逃れたくて

必死に自分の両手を伸ばして

依子先輩が締め付ける手を

振りほどこうと足掻く。






その時突然、桜吹雪が巻き起こる。




その桜吹雪は、依子先輩を惑わすように

渦を巻いて纏わり《まとわり》つく。






和鬼?








『紅葉、引きなさい』







何処からともなく聞こえる、

その声に導かれるように

少女の姿へとまた変わった

依子先輩だった存在は

桜吹雪を切り裂いて姿を晦《くら》ました。








何?






また闇の世界が広がる。







「和鬼?


 和鬼居るんでしょう?」






暗闇に向かって声をかけるものの

桜の花弁、一枚を残すだけで

そこに和鬼は存在しない。






あれ?

和鬼じゃないの?







和鬼も居ない……?









そんな不安は、

私の精神状態を一気に不安定にしていく。







私、いらない子なんだ。







寂しさと孤独に手足が悴んで《かじかんで》

冷たくなっていく気がする。






お母さん……。



離れていても、

ちゃんと覚えてくれてると思った。




新しい家族が居ても、

ちゃんと『咲』って呼んでくれると思ってた。



声に出さなくても、

口だけでも動かして呼んでくれたら

それだけで十分だったのに。





お母さんの新しい家族を

壊したいわけじゃなかったのに。




ただ一言。


私が望み続けた名前すら、

呼んでくれなかった。



デパートで出逢った

あの人の新しい家族を見て思った。



あの子は、私が知らないものを

沢山持ってるんだって。




私、あの子に嫉妬してた。



だからあの場所から

消えたかった。



あの場所に居続けるのは、

あまりにも孤独すぎて、私自身が惨めすぎて。




居たくなかったから逃げたいと願った。







そのまま見てたら、お母さんを罵倒して、

あの家族をぐちゃぐちゃにしてしまいそうだったから

その場から立ち去った。







外に飛び出すと

空からは雨が降ってた。









……助けて……







誰か何処か、

私の知らないところに

連れて行って。






何度もそう念じながら、

雨の街を彷徨ってた。





そしたら手が見えたんだ。








『おいでおいで』って真っ白い手が

手招きしてた。











……あぁ……

私、そうだ……。








その手をとったんだ。







その手を取って、意識を失った。







ここまでの道程を思い出して、

一気に血の気が引く。








誰かに手招きされて辿り着いた

この場所……ホント、ここ何処?







負の連鎖に陥れかけてた私が、

闇の中、手探りで掴み取ったのは

小さな花弁。





その花弁が、和鬼の操る桜の花弁だって言うのが

触れる指先越しに伝わって、

少しずつ、私の今の居場所が見えてくる。




脳裏に浮かぶのは、

厳しいことも沢山いうけど、本当は優しいお祖父ちゃん。



そして容赦なく手厳しいことを言うけれど、

本音で付き合ってくれる、親友の司。



強烈なスキンシップは何時までたっても慣れられないけど、

それでも私を大切にしてるって気持ちは、

まっすぐにぶつけてくれる一花先輩。




そして……傍に居てくれるだけで、

心が安らいで、私を満たしてくれる唯一の存在。



和鬼……。


早く帰らなきゃ。




『和鬼は裏切らない』




お呪いの様に、声に出して呟きながら

お守りの勾玉へと手を伸ばす。



その途端、

一気に血の気が引いていく私。



僅かな希望が遠ざかっていく感覚。




勾玉がない。





慌てて手探りで地面に触れながら、

勾玉を探していく。




あっ、鞄。

携帯は?



ライトがあれば、

暗闇でも見つけやすいかも。



衣服のポケットも鞄も手探りで探してみるものの、

私の私物らしきものは、どこにも存在しなかった。




勾玉もない。

私の私物もない。




見つけなきゃ。





決意と焦りが入り乱れた心が

私を支配すると同時に、脳裏には

寂しげな和鬼のかおが過る《よぎる》。




「頑張るぞ」




部屋で一人、呟いてゆっくりと立ち上がると、

扉を探すために暗闇を歩き始めた。



うん。


視界も大分、慣れた。



入ってくる景色は

時代劇とかに出てくるような

昔の雰囲気。




なんて、祖父のお供をして

隣で見続けていた

時代劇知識を思い出す。





すると扉の向こう、小さな灯りが

ゆっくりと近づいてくる。







誰か来るっ!!







反射的に息を殺し、

何もない部屋の中で

ドアの陰に隠れて身を固める。







灯りはドアの前に静かに止まる。









灯りが消された瞬間、

誰かが入ってくるかも知れない。





恐怖から心臓が悲鳴を上げる。



じっとりと……

冷や汗が出てきて、

手が汗ばんでいく。




ドアの方に意識を向けながらも、

私は部屋の中にも視線を移して、

何か手に取り自分の身を守れそうなものがないか探す。






ふと、視線に止まったのは、

扉の突っ張り棒。





そんなに長くないけど、

いざとなったらこれで。





ゆっくりと手を伸ばして、

その突っ張り棒を手に取ると、

正面からその棒を構える。





息を殺し続けて、その瞬間を待つものの

扉は決して開かれない。








えっ?

何?




油断するのを

待ってるの?





一向に相手が動く気配がないためか、

あらゆる予測が自分自身の脳内を支配していく。









「失礼いたします。


 咲鬼姫しょうきひめどうぞ、

 その荒ぶる《あらぶる》気をお鎮め下さいませ」







扉の向こう、

静かに紡がれる男性の声。









ふぇっ?







いきなり灯りが消されて

開かれると思ってた

扉は今も開くことがなく

一枚隔てた、薄い障子の向こう

男は静かに声を紡いだ。







咲鬼……姫?








さっき、そう言った?







確かに

そう聞こえた気がした。





咲鬼。






その名前は

私の記憶にも残ってる。






私の前世の名前。






和鬼が愛してくれた鬼の世界を

統率した国主の娘。




何故、その人の名を呼ぶの?





「咲鬼姫、お開けしても宜しゅうございますか?」





私の心を知ってか知らぬか男は言葉を続ける。





こういう時は、とりあえず扉を開けさせて、

情報を得るのが先決かな。





私の思考がそうやって判断させる。



今はやれることからやって行こう。


じゃないと何時まで経っても、

和鬼に逢えない。







「ドアは開けてもいいわ。


 だけど中には入ってこないで」






扉の向こうに言い放つ。





手に握る、突っ張り棒へ力を入れながら。







暫くして私が言い放った通り、

静かに扉だけが開かれた。





扉の向こうの男は膝を折、

こうべを下げたまま控える。




「姫さま、どうぞ、その御手みてのものを

 お鎮め下さいませ」




続いて紡がれる言葉。





「貴方が誰かなんてわからないのに

 警戒をとけと言う方が無理でしょ。


 名前を名乗って。


 何故、私を咲鬼と呼ぶの?」




この場所の手がかりを見つけなきゃ。




その一心で、震えそうになる声を

抑え込んで言葉を紡ぐ。




「申し遅れました。


 私の名は、珠鬼たまき


 かつて、和鬼と共に貴女さまに

 お仕えしたものです」




珠鬼と名乗ったその男は、

和鬼の名を紡いだ。



その名前に敏感に反応する私の高鳴り。





「珠鬼っていったわね。


 貴方、

 和鬼の事を知ってるの?」




和鬼の名に少し警戒を緩めてしまった私は

心持ち柔らかに問いかける。



「知ってるも何も。


 和鬼は我、友」



そう紡がれた言葉に一気に力が抜ける。








……和鬼を知る友なら

   私に害を与えない……。







ならば、今は警戒をといて、

今自分が居る場所の正しい情報を

仕入れるべきだ。 




私自身がそう判断する。





「珠鬼って言ったわね。


 いつまでも、膝を折って

 頭をさげたままにしないでちゃんと顔をあげて。


 少し話を聞かせてくれる?

 中に入ってもいいから」





そう言うと、手に持っていた

突っ張り棒を土壁にもたれさせた。






灯りを手にゆっくりと

部屋に入ってきた珠鬼は、

灯りを安置すると、

再び、私の前で頭を下げた。






なんで、こーなるかな。





「ねぇ、さっきも言ったと思うんだけど。


 私、頭下げられるの慣れてないんだわ。


 顔、あげてくんない?


 まず、貴方は私の事を

 咲鬼しょうきって呼んだ。


 その名前を知ってて、

 和鬼のことを知ってるってことは

 ここは鬼の世界ってこと?」





問いかけた言葉に対して、

珠鬼は、今も頭を上げずにただ頷く。






「そう。

 

 ここ、鬼の世界なのね」





自分の居場所がわかった。



それは……ある意味、現実世界から離れたことによる

学校生活の不安と共に、

私の知らない和鬼の世界へと関わることが出来たっと言う

嬉しさも重なって、胸中は複雑だった。



「次の質問。

 

 なら私、何でここに来たのかわかる?」




そう切り出した途端、

相手の体が小刻みに震えだす。





えっ?

なんで?





私……なんか、

マズイことでもいったかな?





「咲鬼姫をこの世界に引きずり込んだのは、

 俺……いやっ、 あっ、私なんです……」





珠鬼はそれだけ言い切ると、

また黙り込んでしまう。





「あのさぁー。


 堅苦しい話し方じゃなくていいから。


 俺でもいいから、もっとちゃんと話して」




心の中のイライラゲージが

プチって音を立てて、振り切りそうよ。




「最近、鬼の世界がおかしいんです。


 気が付いたら俺ら、

 自分でも理解できないような行動に出てて。


 それで……。

 

 鏡の向こうの声を聞いたら、

 いてもたっても居られなくなって引き寄せたんです。


 俺の場合……

 それが、咲鬼姫さまでした。


 刻印の契約をしようと姫様の肌に触れたとたん、

 姫様の血から、和鬼の香りがして気が付いたら、

 姫様が…… 王族にしか取り扱えない王剣を手にしてて。


 その剣が光った時、

 俺は自我を取り戻せました。


 姫様は、その後……その場で力尽きたように

 倒れてしまって、えっと、ここまで俺が抱き上げて

 運んで来たんです。



 これはその時に落とした姫様が身につけられていた勾玉」





震える声でそう語った珠鬼は、

片手に勾玉をのせて伸ばしたまま

再び、地面に頭をこすり付ける様にして動かなくなる。







私が手に取った白い手は、

珠鬼の手で……珠鬼は操られてたって言うの?





何?


鬼の世界は今、

どうなってるの?




あまりにも突然の話で

まだ整理しきれてない

部分もあるけど

それでも……今の手がかりが

これしかないなら、私も行動を移さなきゃ。






和鬼と逢うために。







珠鬼の手の中から、

勾玉を取り出すと、

すかさず自分の首元に付ける。







……和鬼……

ちゃんと貴方に辿り着くから。






この勾玉と、

貴方が残した桜の花弁が

私に勇気をくれるから。





 




「珠鬼って言ったわよね。


 もう詫びなんてしなくていいから

 そう思うんだったら、貴方自身で返して。


 私、和鬼を探しに行く。


 和鬼を見つけないと、

 帰り道、わかんないから。


 でも私、咲鬼ってさっきから

 何度も呼ばれてるけど咲鬼姫じゃなくて、咲。

 

 この世界の時のは、

 知識としてでしか知らないの。

 だから今後は、咲って呼んで。


 後は……案内……。



 道案内しなさいよ」









最後の方になるにつれて、

声が小さくなりながら。








和鬼と再会するまでは、

知らない地理を一人で動き回るよりは

この地に詳しいものと行動する方がいいから。








「勿論、お供はさせて頂きます。


 咲鬼姫……。


 どうか、助けてください。


 鬼の世界を……。


 このままでは、あの桜鬼に鬼は全て、

 滅ぼされてしまいます」 







次に紡がれた珠鬼の言葉が

私の凍りつかせる。






桜鬼が、

鬼を滅ぼしてしまう?







……それって一体……。






「桜鬼に命令できるのは

 王族のみ。

 

 姫がこの世界を託した

 和鬼も、今は行方知れず。


 この地は荒廃しました。


 どうか、この世界を姫の力で

 助けてください」








今もそう、

懇願続ける珠鬼。









和鬼が桜鬼。





そのことは誰も知らない。





それを知るのは任じた咲鬼の父である先王と、

あの最後の日、正体を知った咲鬼のみ。








今更に王と言う役割と、

桜鬼の役割を担った和鬼の重みを考えて、

何とも居たたまれなくなる。







……和鬼に逢いたい……。








あって、

和鬼を抱きしめたいよ。








今なら……もう少し、

和鬼のことがわかった気がするから。







「桜鬼のことについては、

 私が見極めるまで、手出し無用。


 わかった、珠鬼?


 それより、

 出掛けましょう。


 和鬼を探さなきゃ」





珠鬼に微笑みながら話しかけると

珠鬼は再び、深く頭を垂れた。











……和鬼……。







ちゃんと、

貴方を見つけるよ。







この場所に来たのはびっくりしたけど、

この地は私を優しく、

迎え入れてくれたのかも知れないね。





あの瞬間、現在に居場所をなくしたと

感じた私に優しく手を差し伸べてくれたのかも知れないね。






この地は貴方が育った世界だから。







この地に来て私の知らない

貴方をもっともっと知りたいよ。







そして……今度こそ、見せて欲しいの。







和鬼の心からの笑顔を。






作り笑いじゃなくて、

心から微笑んでる楽しそうな和鬼を。







だから私は、

この場所で貴方を求め続けるよ。
























私の知らない貴方を知る、

貴方の友人と旅をしながら。













だから……見つけて?











貴方の名を呼び突ける

私の手を捕まえて。








この広い鬼の世界で、

貴方の名を紡ぎ続けるから。









その手を取った瞬間から

私の鬼帰の時が始まっているなんて、

その時の私は何も知らないまま

この世界と深く関わりたいと望んだ。

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