5.嵐の訪れ 長き夜の始まり -和鬼-
あの日から何度も何度も
朦朧とした意識の中、
繰り返し見る同じ夢。
それは今もボクの心の奥底で
許しきれない、
呪いの様にボクが見続けるのは、
鬼狩の剣が風鬼の血を吸った時間。
風鬼の血が、
刃を伝って地へと染み込んだ。
『風鬼……。
君はボクを恨んでいるの?
君をボクが手にかけたのは、
何度も何度もボクに言い聞かせるけど、
ボクはボク自身が許せない……』
今も風鬼を手にかけた瞬間を思い出す。
何度目かの夢に魘されて、
目を覚ますボク。
ボクの視界には、
古びた狭間の廃屋。
見慣れた景色に安堵する。
あばら家の一室、
板を重ね置いただけのベットに体を横たえて
倒れてしまっていたボクは、
ようやく体全身に血が行き届いたのを感じて体を起こした。
紅葉と呼ばれた少女との出逢いは
ボクを狂わせていく。
紅葉の奥に潜む鬼が、
本当に風鬼だと言うのか?
風鬼は、
ボクがこの手にかけたはずなのに。
紅葉と出逢ったあの日、
いつものように気配を感じで桜鬼神として向かった。
そこで出逢った幼い少女は、
何処か寂しそうに見えた。
そして少女はボクの血を欲した。
少女の後ろから感じるのは、
かつての親友であった風鬼の気配。
ボクがまだ
兄弟のように育ってきた
今は一人になってしまったけど、
あの頃、ボクにも仲間はいたんだ。
風鬼と珠鬼(たまき)は
いつもボクと仲良くしてくれた。
だけど父が死んだある日、
ボクは桜鬼となった。
桜鬼となって初めてボクを苦しめたのは、
親友の風鬼をこの手にかけることだった。
風鬼が事件を起こしたのは、
些細な出来事から始まった。
鬼が闇に捕らわれた。
鬼である風鬼が両親が同族によって
虐殺されたその悲しみに、
心が耐え切れず、闇に捕らわれた。
闇に捕らわれた風鬼は、
毎夜鏡に映る、人の悲しみを食らい
引き寄せ……飲み込み続ける。
どれほどに人を食らおうとも、
風鬼の悲しみが消えることはなかった。
ボクは桜鬼となって
初めてその刀に、親友の血を吸わせた。
息が途切れる間際、風鬼は小さく「有難う」って呟いた。
だけどそれ以来、ボクたちの関係は
変わってしまった。
桜鬼神の存在が誰であるかは
一切知られていない。
ただ風鬼が桜鬼神によって
殺された。
その事実だけが広がった。
『ちくしょー。
審判審判って、
てめぇが偉いのかよ。
あれは、何様だよ。
俺らの大事なダチを
奪いやがって』
感情任せにボクに同意を求めるように
叫ぶ珠鬼の声。
悪気のない珠鬼のストレートな声は、
ボクに深く突き刺さった。
その刃は、
今も心の奥に突き刺さったまま。
ボクの心はその頃から
ゆっくりと凍りつき始めた。
孤独と向き合う時間の
始まりを告げた嵐の日。
その日から長き夜が訪れる。
*
体内に気は巡りだしたものの、
相変わらず、体に力は入らない。
何とか起き上った布団の上、
衣服の袖越しに、腕を見ると
昨日まではなかった、真っ黒い何かが
ボクの皮膚に侵食していた。
ボクをこの場所まで、
誘って連れ帰ってくれたらしい
桜の花弁に指先で触れながら
腕の闇を見つめる。
これは……あの少女、
紅葉と風鬼からの置き土産?
それとも……
ボクが恐れながらも求め続けていた
罰される時が近づいているのですか?
鬼の国主としての務めを放棄して、
ボクが人に想いを寄せたから?
桜鬼神としての務めを
利用して、
私利私欲のためにその力を使ったから?
恐る恐る、闇色の皮膚に触れるものの
痛みが走ることはない。
侵食するように、闇色に染まった腕を
衣服で隠すと、
今度は壁の力を借りながらベットから起き上がる。
*
帰らなきゃ。
ボクの帰る場所へ。
*
咲のことも気になってるんだ。
早く人間界の情報を収集しないと。
目を閉じて意識を集めようとするものの、
まだ桜鬼の力を酷使するには早いらしく
気を高めるだけで、体が言うことを聞いてくれない。
気を高めるのを諦めて、
ボクは必死に体を支えながら、
神木の回廊を渡った。
抜け出したその場所、
いつもと同じ場所なのに、
同じ景色なのに、
その空気は何処か淀んでいた。
その淀みがボクを縛り付けるかのように
見えない何かで縛り上げていくようで
身動きも取れず、
息すらも吸えなくなってその場に倒れこんだ。
★
次に目が覚めた時、
和喜としての自宅のベッドに
ボクは寝かされていた。
目を開けた先に、
咲の姿はない。
「まぁ、
目覚められたのですわね」
そうやって呟いたのは、
確か、咲の友達。
成長した今も、無垢な心を忘れず
鬼のボクの姿が視える
「何?
一花、起きたの?」
「えぇ、司。
咲のお祖父さまに伝えてちょうだい」
一花がそう言うと、
司は部屋を出て行った。
ボクは倒れたの?
記憶を辿るものの、
ボクの記憶の糸は何処かで断ち切られてしまっているのか
辿ることが許されなかった。
「一花、咲は?」
そう問いかけたボクに、
一花は目を伏せて、
紙袋を一つ差し出した。
「和鬼さま、良く聞いて。
YUKIの誕生会をしたくて、
昨日、私達三人で
デパートに買い物に行ったの。
これは咲が、貴方の為に買い物をした
誕生日プレゼント。
これを買い物した後、
咲はお手洗いに行くと言って
私たちの傍から離れたの。
何時まで経っても帰ってこない
咲を心配に思って、
司が探しに行ったんだけど
そこには咲は居なくて、
この紙袋だけが残されていたの。
咲の行方は、今はわからないの」
咲が消えた?
ベッドの上、
体を起こして神経を研ぎ澄ましていく。
あばら家の時よりも、
ボクの気が集まってきている気がする。
意識をゆっくりと広げて、
咲の血を探っていく。
「和鬼君?」
一花の声を意識の向こう側で聞きながら、
ボクは咲を求め続ける。
……見つけた……。
「一花、咲を見つけたよ。
ボクが助け出して見せるから」
「えぇ。待ってますわ。
咲が姿を消して、もう二週間。
梅雨明けもして、フローシアも夏休みに入りますわ」
「そうだね。
咲の心が弱る、この季節に
ボクは咲を一人にしてしまったんだね」
一花との会話の後、
部屋に駆けつけてきた咲久の気配を感じながら
ボクはベランダから、扉の方へと移動した。
……咲……
君だけは、
必ず守って見せるから。
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