4.紫陽花が招く白い魔手 -咲-
『空間が歪んだ……』
大地が揺れ、
そう言って飛び出していった和鬼は、
その日から帰ってこない。
和鬼がこの家から消えて、
一週間が過ぎようとしていた。
和鬼が消えたのは、
YUKIとしてのファンクラブ限定イベントでもある、
【バースデーイベント】の当日。
私が通学に行く前に、
YUKIを迎えに来た、いつもと違う男性。
彼が玄関を訪ねても、
和鬼は姿を見せない。
『YUKIは何処に行ったんでしょうか?』
そうやって問いかける質問に、
私の方が……聞きたいよ……って
心の中で呟く。
「YUKIは出掛けました」
そうとしか言えなくて、
和鬼は、鬼の仕事を優先して
YUKIとしての仕事が出来なかった。
この一週間、
またワイドショーがYUKIで騒がしくなる。
YUKI体調不良につき、
入院中っと発表された世間の情報。
YUKIが出演する予定だった音楽番組にも、
同じ事務所につとめるバンドの子たちが演奏していった。
私は言えばYUKIの自宅兼YUKIの事務所公認の彼女なわけで、
連日、学校や自宅前までマスコミが押しかけてきてウンザリ。
そんな状況に気が付いた、YUKIの事務所の人が
ようやく動いてくれて、
落ち着き始めたっと言っても過言ではない。
ただ私が言えるのは、
和鬼が私の前から姿を消してしまっても
私の日常は何も変わらないってこと。
いつもと同じように、
学校に行って朝練・勉強・放課後練習。
同じ日々を機械的に繰り返していくだけ。
帰宅して疲れた体を解すことも忘れて、
ベッドに体を預ける私。
隣の部屋に意識を向けても、
今も和鬼が帰ってきている気配がなかった。
ふいに窓ガラスがコツンと鳴り響く。
「和鬼?」
慌てて窓を開けると、
そこに姿を見せたのは、
司と一花先輩。
「大丈夫?」
声を揃える二人。
「今、降りるよ」
窓越しに声をかけると、
部屋を飛び出して一階へ。
お祖父ちゃんの部屋を通過する際に
『神社に行ってきます』っと伝えて、
玄関から外に出た。
「咲、良かった。
私、心配してましたのよ」
そう言って早速、私を餌食にするのは
スキンシップ濃厚な一花先輩。
久々すぎて、一花先輩のスキンシップに思考がついていけず
解放された途端に、眩暈が襲ってくる始末。
「咲、ほら」
クラリと傾いだ体は、司がすかさず支えてくれた。
「まぁ、咲。
私としたことが……司どうしましょう」
「どうって一花がおとなしくしてりゃ大丈夫。
ほらっ、神社まで歩いて行こうか」
司がそう言いながら、
神社へと続く坂道をゆっくりと私を支えながら歩き始める。
そんな私たちの後ろを、一花先輩もゆっくりとついて歩きながら
道中、いろんな話を共有した。
YUKIのバースデーイベント当日の朝。
食事の時に小さな地震が起きて、
その後、出掛けたきり連絡が取れなくなっていること。
有香さんからも連絡があり、
YUKIとしての仕事も休んでしまっていること。
私が知ってる情報も僅かそれだけで、
事務所がYUKIを
体調不良で再び休業に入らせたってことだけ。
和鬼、今何処にいるの?
問いかけてみても、
和鬼の声は聞こえない。
司に支えられながら、自然と足が向かうのは
御神木。
御神木の前に立つと、ゆっくりと手で幹を触れる。
私が触れた後ろ、
一花先輩も同じように幹に触れながら私に視線を合わせる。
「咲、和鬼君、枝にはいませんはね。
御神木は何かを教えてくれましたか?」
そうやって質問されるも、ゆっくりと首を横に振った。
何もわからない。
鬼の世界に続く回廊も、
開く兆しすらない。
気が抜けたように脱力した体。
ふらふらと、
その場に座り込んだ。
「咲、無理しすぎ」
そう言うと司は、再び私を支えて
お社の階段へと座らせてくれた。
「咲、そうですわ。
YUKIのバースデーイベントは中止になりましたが、
和鬼君が帰ってくるのを信じて、
私と一緒に出掛けましょう。
イベントの日はYUKIの誕生日かもしれません。
YUKIと和鬼君の誕生日は、違うかもしれませんが
鬼の彼にも誕生日はあるのでは?
私たちで和鬼君をお祝いしましょう。
和鬼君が帰ってきたら、ちゃんとお祝いできるように
休日の明日、お出かけしましょうね。
荷物は司が持ってくれるわよね」
司が荷物持ちって……。
一花先輩のテンポは、
どんな時もいつもと変わらない。
だけど、今はそんな一花先輩のテンポが
ほっとさせてくれる。
お社の前に座って話し込む私たちの方へ
見慣れない車が三台ライトを照らしながら
坂道をのぼってくる。
停車した大きな車たち。
そのドアが開いて中から出る人物。
小学生くらいにも思える
小さな子供が三人。
三人?
こんな時間?
あまりにも怪しすぎて、
私たちは息を潜めて、境内に隠れた。
チラリと一瞬、
少年の眼光が向けられた気がして
慌てて視線を逸らした。
『徳力殿、
お久しゅう存じます。
当主に成り代わり、
今宵も
少年にお辞儀をするのは、
年上の女性。
『華月さま、
夕妃は息災ですか?』
その女性は続いて、
少年の後ろに控える女性へと話を向ける。
『神威vv』
最後の車から飛び出した着物姿の少女は
少年の名前らしいその名を呼んで抱きついた。
何?
この集団?
「咲、知り合い?」
同じように声を潜めて
私に問いかけるのは司。
少年たちは真っ先に神木の木に
その手を触れる。
何してるの?
怪しい光景を見つめていると、
坂を駆けあがってくる足音が響く。
神社の庭に敷かれるのは
邪を祓う音を響かせる玉砂利。
玉砂利を踏みしめる音が聞こえると、
夜なのに、神社で神事を行う時と同じ姿で
駆けつけてゆっくりと膝を折った。
「ご挨拶が遅くなりました。
何事でございましょう。
当神社を任されています
申します」
お祖父ちゃん?
その人たち……誰?
「咲、出てきなさい。
一緒に居るのは司君と一花君だね」
お祖父ちゃんの声が響いて、
私たち三人は、気まずそうに境内の影から身を出した。
視線が集中する。
「孫の咲とその知人です」
紹介されるままに私たち三人、
ペコリとお辞儀を続けた。
「三人とも、もう遅い。
家に帰って寝なさい」
そう促されると三人でお辞儀をして、
坂道を下り始めた。
夜の来客たちと共に、
お祖父ちゃんは神社で何かをしているみたいだった。
……和鬼、
何処に居るの?……
勾玉を握りしめて、
和鬼を想う。
その日も和鬼が
帰ってくることはなかった。
*
翌朝、目覚めた時も
和鬼の姿はない。
街に出掛ける準備を済ませて
一階へと降りる。
「お祖父ちゃん、おはよう。
昨日の人たちは帰ったの?」
昨夜の異様な集団を思い出す。
「あぁ、帰られたよ。
あの方々はこの国を守るために、
身を砕いて守護してくださる、この
御三家の方曰く、この地を守護する結界が
弱っているのだそうだよ」
お祖父ちゃんはそう言うと、風呂敷に包まれた
紙のようなものを取り出して黙ったままそれを見つめていた。
朝ご飯をお祖父ちゃんと一緒に食べて
片付けると、坂の下まで歩いて行った。
坂の下に停まるのは
司の家の車。
ゆっくりと車から出た制服姿の運転手は
私にお辞儀をして車内へと誘導した。
「ごきげんよう。
咲」
にこやかに笑いかけた
一花先輩は、
今日も濃厚なスキンシップ。
飽きないねーなんて
ちょっぴり冷めた司。
車はゆっくりと、
今日の目的地へと近づく。
視界に映し出されるのは、
沢山の家族風景。
恋人風景。
忙しなく行きかう人々の姿を
車の中から眺めながら
和鬼はこんなにも多くの人を
守ってるのだと思った。
この一人一人の生活を
誰も知らないうちに
和鬼は一人で支えてる。
誰にも気づかれず、
感謝もされず……、
見返りも何も得られない
暗闇の空間の中で。
そうやって考えたら
胸が痛くなった。
だからこそ、
お祖父ちゃんの言葉が気にかかる。
『この地を守護する結界が
弱っている』
弱っているのは、
和鬼の身に何かが起きたから?
もう和鬼が寂しそうに微笑む姿は
私が見たくない。
ちゃんと守らなきゃ。
私がしっかりして……。
「咲、どうかしたの?」
車内で、ボーっと
外の景色を見ていた私を
司が引き戻す。
「今日、お祖父ちゃんが言ったの。
昨日の夜の来客居たでしょ」
「あっそうそう。
昨日の来客で思い出した。
あの眼光の鋭かった男の子。
何処かで見たことあると思って、
私、調べてみたのよ。
あの子、徳力の現在の代表よ。
時折、ビジネス誌にも掲載されてるのよね」
そう呟いたのは一花先輩。
すかさず鞄から取り出されたビジネス雑誌に映る
少年の写真。
流石、情報通。
小学校三年生の文字を追いかけながら、
可愛げがなかった、大人びた眼光の鋭い少年を思い起こす。
「その財閥の坊ちゃんがなんで咲の神社に居たのさ?
言っちゃ悪いけど咲ん家の神社、小さいじゃない。
最近はYUKI効果で有名になりつつあるけど
やっぱり、地元民の為のパワースポットって言うか。
違う?」
司の言葉がグサリと刺さりながらも
確かに、言う通りでウチの神社は、本当に地元民の為。
氏子の為の神社みたいなところもあって、
観光客がお参りに来ることなんて
本当にない、ひっそりとした神社だった。
今はYUKIがジャケットや写真集で使ってた
場所だーって、情報が流れすぎて
時折、YUKIのコスプレをした人たちが
集まってくる、スポットにはなってるけど。
「あの人たちが
お祖父ちゃんに言ったんだと思う。
朝起きたら、お祖父ちゃんがね
風呂敷に包まれた
紙を見つめながら言ってたんだ。
この地を守護する結界が弱まってる
って」
「結界?」
「何?
なんか非日常的会話よね」
車内、自分の心の中を吐き出しながら
和鬼を想い続ける。
今日こそは、
元気な姿を見せて。
デパートに到着した私たちは、
車を降りて順番に買い物を楽しむ。
私たちの服なら3階。
和鬼の服は4階。
とりあえずエスカレーターで、
6階から寄ってみようと歩いていく。
エスカレーターに乗って、
順番に降りながらぶらぶら。
あぁ、この服いいかも。
なんて……隣で和鬼が着てる姿を
想像しながら順番にぐるりと回っていく。
和鬼と出会う前には……
こんな楽しみなかった。
せいぜい……トキメキもなく、
お祖父ちゃんの服を選んで
買って帰ってただけ。
「まぁ、咲。
素敵な組み合わせでしてよ」
「YUKIなら、
こちらも捨てがたくないですか?
司、いかが?」
メンズフロア。
和鬼の服探しに花を咲かして
盛り上がる私と一花先輩。
司は服のポケットに
少し手を突っ込んで、
肩を竦めながら
ちょっとウンザリした
表情を見せてる。
YUKIの為の服なのに、
一花先輩は、取り出した服を全て
司にあてて考えていくもんだから、
つき合わされる司もたまったもんじゃない。
そんな姉妹の風景を見つめながら、
私も和鬼の服探しを再開する。
デザインシャツや、
デザインパンツを
片っ端から覗き込んでは物色。
YUKIの時間は、
YUKIのイメージで、
黒を基調にして大人びた
雰囲気を醸し出してるけど
等身大の和鬼は、そんな印象が
まったくないから。
真っ白の
ドレープのシャツに、
ちょっと色味のあるデザインシャツ。
首もとには……
天然石のワンポイントアクセ。
下は……
シャーリングパンツ。
こんなコーディネイトで
一式をお買い上げ。
お財布の中身が旅立ってしまったのは、
ちょっぴり悲しいけど、
それはお菓子を我慢したらいいんだー。
お菓子を我慢したら
新たな和鬼が見れる。
だったら、その方がいい。
なんて自分に言い訳しながら
プレゼント包装して貰った紙袋をぶらさげる。
一花先輩はと言えば、
司を巻き込んで、ようやく選び終わったらしく
紙袋を三つも、司に持たせてにこやかに近づいてきた。
その後も、司と一花先輩の買い物は続くけど、
私は軍資金が尽きた後。
二人の後ろをついて歩くだけだけど、
もう十分、満たされたんだ。
和鬼の笑顔が見れるって思えたから。
和鬼の笑顔が私の不安を
取り除いてくれるから。
「司、一花先輩。
私、少しお手洗い行ってきます。
ゆっくり買い物楽しんでくださいね」
そう言って、買い物の邪魔をしないように
二人の傍を離れると案内板で、
お手洗いの位置を調べてエレベーターへと向かう。
その途中、泣きながら
ぶつかってきたまだ幼い男の子。
男の子はぶつかった反動で
床にひっくりかえってしまった。
慌てて、手を差し伸べて
声をかける。
「ぼく、大丈夫?」
差し出した手を
小さな手が、
ギュっと掴む。
落ち着かせるように
抱きしめて
ゆっくりと
泣き止むのを待つ。
必死に涙を
とめようとしながら
男の子は言った。
「パパ……どこ?
ッく……ママ……」
迷子?
一人、放っておくわけにもいかず
その子を抱き上げてゆっくりと、
インフォメーションセンターへと歩いていく。
そこで……
この子のお父さんとお母さんを
呼び出して貰えたら。
手を繋ぐ、その小さな掌から
伝わる体温は私が殆ど知ることのない温もり。
一緒にエレベーターに乗って
1階のインフォメーションセンターの
受付嬢に迷子の男の子であることを伝える。
不安にならないように両親が来るまで、
傍で待つことを選んだ私は鞄の中から、
飴を取り出して、ぼくに食べさせる。
藤堂
その男の子はいつの間にか、私になついて
隣でちょこんと、座って飴をなめながら笑いかけてくれる。
10分くらい経って
「あっ、ママだー」
男の子がそう言った視線の先
私が忘れようとしても忘れることがない、
血の繋がりを持つお母さんの顔がそこにあった。
「望、こらぁ。
一人で歩いちゃダメでしょ。
パパもママも心配したのよ」
抱きつく望を優しく抱きしめながら
叱りつける……お母さん……。
じーっと……
母の姿を視線で追い続ける。
「あらっ?何か?」
えっ?
お母さん私が……わからないの?
離れていても
覚えてくれていると思ってた。
なのに……そんな些細な夢さえも
音を崩壊していく。
「ママぁ~。
ぼくをたすけてくれた
おねえちゃんだよー」
お母さんの腕にすっぽりと抱かれながら
腕の中で、私のことを説明する望。
「
探したぞ」
お母さんの名前を紡いで、
近づいてくる男性。
その男性の後ろには
望のお兄ちゃんだと思われる
小学生くらいの男の子。
「貴方、あのお嬢さんが迷子の望を……」
母の口から紡ぎだされる
他人行儀な呼び方に耳を塞ぎたくなる。
お母さんは私を忘れて
新しい家族を選んだんだ。
私はとっくに捨てられた子だから。
今のお母さんの中に
私の存在なんてない。
そう思ったら、どうでも良くなった。
何も言わず、くるりと振り返って
走り出す。
何処でもいい。
消えたかった。
この寂しさから解放される場所へ
逃げ出したかった。
「おいっ。
君……名前は?」
背後で私からお母さんを奪った
その人が……呼ぶ声か聞えた。
慌てて駆け降りたのは非常階段。
何処に行っていいかなんてわからず、
必死に駆け降りて、雨が降り出した街の中を駆けていく。
雨の街を彷徨いながら
辿り着いたのは小さい頃、お祖父ちゃんの家に来る度に
お母さんと遊びに来てた思い出の公園。
悲しすぎて……涙すらでない。
助けを求めたくても傍で、泣きつきたい
和鬼も今はない。
信じてた。
信じてたのに……お母さん……。
心が悲鳴を上げた。
泣き叫ぶことが
出来たら
どうだけいいだろう。
涙一つ流すことが
出来ないまま
心が凍りついていく。
……和鬼
……助けて……。
苦しいよ……。
『お前の望みはなんだ……?』
何処からか声が聞こえた。
望み?
……何処か
遠くへ連れてって……。
ゆっくりと手招きする真っ白い手。
差し出された掌を
ゆっくりと掴む。
薄れゆく意識の中で……
公園に咲く季節外れの紫陽花が
雨の雫に輝いていた。
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