3.紅葉と呼ばれる少女 -和鬼-




2ndアルバム完成後、

ボクのYUKIとしての活動は

一気に活発になった。


有香を含む、

事務所サイドのマネージメントは凄まじく、

国内ツアーを初め、ワールドツアーまで

半年分くらいの予定が一気に埋め尽くされようとしていた。



YUKIの仕事が活発になるということは、

必然的に、自宅に帰る時間が少なくなる。



自宅に帰れないということは、

咲と共に過ごす時間も、少なくなると言うことだった。




どの仕事の後も、時に有香ありかに送って貰って、

時に影を渡りながら、この地には戻って来てる。



ボクはこの地の守り神。

そしてボクには桜鬼神おうきしんとしての務めがあるから。



深夜は、鬼が活発化する時間。


桜鬼神としての時間を過ごして、

明け方、咲の寝顔を見に自宅へと忍び入る。



そしてすぐに、仕事へと出かける

復活後のボクは、そんな日々を過ごしていた。



咲とゆっくりと時間が作れないまま、

二週間が過ぎた。




この二週間、TVや雑誌の取材の合間に、

YUKIのファンクラブ限定バースデーLIVEの

準備に慌ただしく過ごしていた。




咲には伝えなかったYUKIの誕生日。




YUKIの誕生日が、ボクの誕生日と言うわけではないから

咲には……ボクだけの誕生日を祝って欲しくて何も連絡しなかった。





ボクの鬼の誕生日が人の世の何時かなんて、

わからない。




ただ咲には和鬼としてのボクをただ一人、祝って欲しいから。





そんなことを思いながら、YUKIの仕事・桜鬼神の仕事をして

自宅へと帰り着いたある日、ボクの気持ちを少しでも伝えたくて勾玉を枕元へと残す。



ボクの手渡した勾玉が、

離れていても咲を守り、咲のじゃを祓う《はらう》から。





だけど……、離れていても

咲の中に流れるボクの血が教えてくれる。



神木越しに、咲の想いが流れ込んでくる。




咲が両親に捨てられた過去を思い出して苦しんでいること。


その時間の苦しみを、

今のボクが咲に与えてしまっていること。




日に日に、不安定になっていく咲を感じながら

ボク自身も不安な時間を過ごす。




人の不安定さは、鬼の好物。



桜鬼神が狩る鬼が、

最初にことに付け入るのは『人の弱さ・寂しさ』だから。



勾玉を手渡していても、

今の咲はとても不安定だから。




そんな咲の気が途切れたのは、

YUKIのバースデーLIVEを翌日に迎えた夕方。



最後の打ち合わせの最中、

異変に気が付いて、ボクは有香の断りを得て事務所を後にした。


やるべき明日の支度は済んでる。






朝から慌ただしい天気は、

雨が降ったり止んだり、再び降り出したり。





どんより曇り空から、午前中降り始めた雨は午後には一度上がったものの

少し前から、また降り始めたみたいだった。




人には視えぬ、鬼の姿のまま

陰から陰を渡り歩いて、咲の気が途切れた場所を探っていく。



意識の中で、神木のビジョンを吸収しながら。




辿り着いた場所は、

咲がいつも通学で使用している山の中。



咲は顔を赤く染めながら、

山道で倒れてた。



降り出した雨が、咲の体温を奪って冷たくしていく。



咲の体をゆっくりと抱え起こすと、

ボクは今回も、鬼の神気しんきを流し込んでいく。



ちぎりを交わしてしまっている咲の体には、

この気は、毒にはならないから。



咲に出来ることは、

こんなことしかないから。




生吹いぶきを流し込むと、

咲を抱え上げて、自宅へと舞い戻った。




ボクのベッドに眠らせながら、

咲の傍で、ゆっくりとベッドに体を預ける。






ボクが

咲を追い詰めてるの?









咲の寝顔を見つめながら

無意識のうちにボク自身を責める、

もう一つのボク。




YUKIとして、

この世界に居場所を求めたのもボク。



咲の隣を和鬼の居場所に

定めたのもボク自身。




二つのボクの想いは、

どちらも純粋なのに、

うまく両立できないジレンマ。




それでも……帰れる限りは、

影を渡って、

この場所に戻ってくる。




それはこの地を守護する

ボク自身の役割……。




ボクの居場所を守り続けるために

行わなければいけない、

三つの役割。



三つのボク。




どのボクも両立させることは

ボクの我儘?





深夜、咲の隣で

床に座りながら、

気配を広げて鬼のボクの役割をこなす。



一通り、空間を渡って

鬼の現状、人の迷い人が居ないかを

辿った後、意識を現世に戻すと

携帯が着信を告げる点滅をしている。







YUKI



夜分にごめんなさい。

咲ちゃんの様子はどう?


フランスのLIVEの商談が入ってるから、

明日は私が迎えに行くことが出来なくなりました。


伊藤くんに行って貰うから、

いつもの様にお願い。




有香







有香からのメールを確認すると、

再び、ベッドにもたれかけて目を閉じた。


ボクに触れる指先の温もりに

目が覚めたボクは約二週間ぶりに、

同じベッド、咲の隣で眠りにつく。



明くる朝、咲が起きだす前に

ベットを抜け出して澄んだ空気の中、

窓を開けベランダから神社へと和鬼として舞い上がる。




有香がくれた、

今日はYUKIの誕生日。


ボクと有香で出逢った記念日。





桜の木の枝に腰掛けて、

街中を眺める。




この景色を愛でるときは

この地を守る、守護者としての

ボクを強く感じる。





居場所を失い、我を見失いかけて

朽ちかけたボクをこの場所で、

咲久が助けてくれた。





この手に流れる消えない紅い血は、

ボクの罪が浄化されるまで

消えることはない。






それでもこの場所は暖かくて、

咲は優しい。





孤独の闇に囚われそうになる

ボクを光の世界へ

連れ出してくれた咲。





ボクに居場所をくれた

家族を……ボクは精一杯守り続けたい。







「和鬼、おはよう」






坂道を上がってくる

咲がボクを捕えて話しかける。



元気に体内の気が

中和されて落ち着いている

咲を感じて微笑み返す。




「朝ご飯出来たよ。


 お祖父ちゃん、先に食べてるから

 早く行こう」




手を伸ばされた咲の手を

桜の木から舞い降りて、

ゆっくりと掴み取る。





「……おはよう……。


 咲。

 今日は朝陽が美しいね」


「さっ、行こう」






咲と共に戻ったダイニングには

いつものようにボクに笑いかける

咲久が居て、静かな朝食の時間が始まる。




食事中、会話するべからずな

咲久の方針に従って、

譲原家の食事風景はとても静かだ。



それでも優しさだけは

十分すぎるほど充満していた。




そんな穏やかな空間を

引き裂くように

突然揺れる大地。




グラグラっと揺れだした、

大地に咲久は、咲を連れて

テーブルの下へと潜り込む。




「和鬼、和鬼も早く」




咲の声を聴きながらも、

ボクはこの地全体に、意識を広げて情報を収集していく。




大地が揺れたのは、

この地の結界が崩れたから……。




この地の守り神たる

ボクは此処に居るのに、どうして?



揺れは大きくはないけれど、その振動は、

確実にボクが守り続ける

この土地力を削ぎ落としていく。






ボクが、この地を守ることに

集中していないから?







その直後、

ボクの体に突き刺すような衝撃が訪れた。






「和鬼?


 どうしたの?」






心配そうに覗き込む咲。



そんな咲を感じながらも、

この痛みの正体を鬼の力を解放して辿っていく。





ゆっくりと広げていく意識。





意識は、この地から解放されて

この痛みの在り処へ。






真っ赤な紅葉もみじが、

舞い踊る闇の中。




血のように赤い紅葉もみじ

印象深いその場所。






小さな女の子?




少女が一人

……泣いてる……。







君が、

迷い込んだから?







「……空間が歪んだ……。


 咲。


 ごめん……。

 ボク……行かなきゃ」




揺れが収まったダイニングで、

咲に呟くように告げるとすぐに

玄関から神木の入口へと舞い上がった。



神木の前。



いつもなら、ふんわりと軽い足取りで

舞い降りることが出来るその場所に

今日は体制を崩して倒れ込む。





何故?

どうして?







こんなことは

初めてだよ。








痛みに耐えながら、

どうにかこうにか桜の神木の幹に

手を翳す。




回廊を渡って、体を引きずるように

人間界から狭間の世界へ。




鬼のボクを束縛する力?





桜鬼神おうきしんたるボクが

動けなくなるなんて。












この力は何者?











住処まで体を支えながら、

必死に進んで桜鬼神としての

鬼狩の剣をゆっくりと握りしめる。






途端にボクを包んでいる

澱んだ《よどんだ》空気が

ゆっくりと澄み《すみ》はじめる。








心臓の痛みも薄らいでいく。










その場で、

深く深呼吸を繰り返して

ボクは精神を集中させていく。














……風よ……

桜吹雪にのせて、

ボクを彼の地へ導いて。









風がボクの体を撫でた時

体は天に浮遊して

その場所へと誘われる。





辿り着いたのは、真っ赤な紅葉が

銃弾の様に敷き詰められた空間。




「そこにいるのは、

 誰?」






ボクはその場所でしゃがみこんで

泣いている少女に話しかける。






「待ってるの。


 私だけのあの人に

 なってくれるのを……」





少女は顔もあげず、

相変わらずしゃがみこんだままで

言葉を紡ぎだす。





「待ってる?


 誰の事を待ってるの?」





ボクが次の言葉を

紡いていく。





どうにかして人の世界に送り返せる

キーワードを見つけ出さないと。





そして、あの少女についている

鬼を狩りとる。



鬼の正体を知りたくて、

鬼狩の剣を天高く掲げる。




まばゆい光が

暗闇に光輝くものの

鬼の姿は映しだされない。







何故?




どうして?










この鬼狩の剣を通しても

映し出されないなんて。








ボクが姿を

捕えることが

出来ないなんて。












どうすればいい?










少女は相変わらず、

泣きじゃくっている。









ゆっくりと少女の元へ

近付いてボクは少女の方へ

ゆっくりと手を伸ばす。









「どうしたの?

 君は誰を待ってるの?」










少女が顔をゆっくりとあげてにっこりと微笑む。







その少女の愛らしい顔に

惹かれる様にボクも微笑み返す。








その途端、体全体の力が

抜き取られるかのような

脱力感がボクに押し寄せる。







思わずバランスを崩して、

その場に膝をついてしまうボク。







少しずつ……意のままにならない体に

戸惑いながら目の前の少女を気に掛ける。




可愛らしい少女はゆっくりとボクに

近付いてきてボクに

にっこりと微笑みかけた。





前回とは比べものにならないようほどに

体の力が抜かれて動くことが出来なくなったボクに

少女は自らの唇を静かに重ねた。




抵抗しようとしても脱力感が強い体は

どうすることも出来ない。





唇が一通りボクを伝うと…

その少女は鋭く尖った爪を

ボクの腕に突き刺しボクの腕から流れ出る

鬼の血を……ペロリとひとなめした。







逃げることも出来ず、どうすることも出来ぬまま

その血を欲するままに飲み終えた少女は

突然、ボクの目の前で悶えはじめる。









鬼狩の持つ鬼神きしんの血がキツすぎた?












鬼狩おにかりの血は、

他の鬼の血にはない浄化と言う効能もある血だから。

















だけど何故?






目の前の少女は……人。








目の前の少女から流れ出る気は、

人そのものなのにどうして、

鬼狩の血でもがき苦しむの?











もがき苦しむ少女が

意識を失う間際、


『……YUKI……』と



小さく……

馴染みある名を紡いだ。










ゆき?











ユキ……。























……YUKI……。






















何故、その少女が

その名を紡ぐの?













待ってる。







少女はボクの問いかけに

そう答えた。










……私だけのものに

 なってくれるのを

    待ってるの……










彼女は確かに

ボクにそう言った。











それはどういう意味?


















不思議なことに彼女が意識を失った後、

ボクを襲っていた脱力感は落ち着き、

体を動かせるようになっていた。






再び、体を起こし少女の方に忍ばせてあった

鏡を取り出して向ける。







魔鏡に映し出されて

引きずり出された存在が

やがて具現ぐげんをなしていく。










「……まさか……」











映し出されて象られたその存在が

明らかになるにつれてボクの体は萎縮していく。



















「ふっ。


 鬼狩おにかり

 久しぶりだな」




















その言葉を返したそのものは……

遠い古の親友とも







そしてボクが過去に殺めた存在。





















……どうして……君が……。


















「……風鬼ふうき……」













懐かしい

友の名を紡ぐ。










もう二度と呼ぶことがないと信じた名前。











「かつての親友、

 風鬼はお前によって殺された。


 俺は……風鬼に非ず《あらず》」








声は眠っていたはずの

少女の声帯を通して紡がれる。











「ならば……名は?」












ボクが問い詰める様に

問うと無垢な少女の声色こわねで名が響く。

















「……紅葉もみじ……」
















紅葉?











だけど……これだけでは、

彼女の真名まなを捕えることは出来ない。






体を起こして、ボクを見る少女に

息吹を生吹に整えて鬼の声で問いかける。






「君の名は?」







断ることを拒否させて

自らの言葉で必ず返事をさせる鬼の力。






「名前は……紅葉……。


 それ以外は何もわからない」






少女はボクに、

にっこりと再び微笑みかけた。






再び、襲い掛かる脱力感。






「紅葉は

 ……待ってるの……。


 あの人を……。


 あの人が私だけの人に

 なってくれるのを」





少女がボクに微笑みかけるたびに

ボクの体からは力が抜け落ちていく。











……何故……









こんなことは始めてたよ。







渾身の力を振り絞って、

空間を引き裂く鬼狩の剣。






その裂け目より、

ボクは逃げ帰る。






ボクは、

どうなっていくの?























……咲……



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