15.最愛 ~桜の木の下で~ - 咲 -


長い年月、真っ白な嘘で咲鬼を

守り続けてくれた和鬼。



だから今度は私が守る番だよ。




咲鬼が植え続けた悲しみは

今生こんじょうで私が浄化する。




私には咲鬼の記憶が戻ってる。



だけど私は咲鬼にはなり得ないし、

成りたくもない。



今の私は、譲原咲だもの。



ゆっくりと手を伸ばして和鬼の頬に触れる。




……暖かい……。





「和鬼はとっても暖かいよ」




私の言葉に和鬼は照れたようにはにかんだ。



「あっ、ヤバイ。

 忘れてた……。


 ねぇ、和鬼向こうの世界はどれくらい時間が過ぎてる?


 始業式の夜に、こっちの世界に来ちゃったから

 私、行方不明かな?」




一瞬、私の現実問題を想像したら、

血の気が引いていく。



「咲……大丈夫だよ。


 全てボクに委ねてくれたら、

 悪いようにはしないよ」



和鬼は悪戯っ子な瞳でサラリと紡ぐ。



「さっ和鬼、私を元の世界に連れて行って。

 もちろん和鬼も一緒に」


不安そうな悲しげな瞳を灯した和鬼を

私は抱きしめる。


力を伝えるように……優しく。




「大丈夫。


 ちゃんと和鬼が人の世って言った

 あの世界にも居場所はあるよ。


 そこは和喜としての世界かも知れない。


 だけど私は和鬼が和喜だってことを知ってる。

 

 和鬼もまた鏡の存在なんだよ。

 

 和鬼も和喜も、どちらの世界の和鬼も

 自分の居場所があって存在してる。

 

 そして人の世の和鬼の居場所が、私の隣になってくれた。


 和鬼が私を選んでくれて凄く嬉しいんだよ。


 だから私は……精一杯、

 和鬼の居場所を守るよ」




和鬼の髪の間に右手を絡めてゆっくりと撫でる。




サラサラのプラチナの髪が

柔らかに揺れる。




「……咲……」


「何度でも私は繰り返して

 言い続けるよ。


 和鬼は私にとって最愛の存在だもの。

 

 ようやく見つけた、

 ようやく出逢えた……最愛だもの。


 だから……帰ろう……」




今も躊躇ためらい続ける和鬼に、

私は自らの唇を軽くあわせる。




たったそれだけで、私の中に流れる和鬼の血が

呼応するように高鳴る。



自分からこうやって重ねるのも、

こんなにも焦がれるのも、

後にも先にも和鬼が初めてだよ。





甘やかな時間が静かに流れる……。





「……咲……」


「さっ、和鬼も新しい一歩踏み出すんだよ」




和鬼の前に自分の手を差し出す。


暫くの間、目を閉じていた和鬼は

……覚悟を決めたように

その切れ長の瞳を開けて私の手をとった。




それを受けて私は和鬼の住む世界に

背を向けて走り出す。




この世界から目を逸らすことは

出来ない。



だから、いつかこの世界にも色を取り戻してあげたい。




この世界の色が和鬼の寂しさから

失われたものであれば

その寂しさから解放した時、

この世界の色も戻るかもしれない。



そして……それが出来るのは……

私だけだって強く信じたい。




外へと繋がる空間に和鬼が

ゆっくりと手をかざす。



空間が歪められて次に視界に

広がる場所は……見慣れた

……桜の木の下……。





御神木の下だった。





ご神木の桜の木の前。


祖父が式服を身に纏い祈りを捧げていた。


その隣には、

駆けつけてくれたらしい一花先輩と、

親友の司。



「ただいま」



自然と紡ぎだせた言葉に、

三人は一斉に私の方に視線を向ける。



「「「咲」」」



私の声に三人は同時に、名前を呼んだ。




「お祖父ちゃん、一花先輩……司……」



名前を紡ぎ返した私に、

一花先輩からは、いつもの強烈ハグ。


強烈ハグから解放されたら、

今度は司に、抱きしめられた。



「和鬼君は何処?」



視えない司は、私に問いかける。



和鬼の方に視線を向けて、

司に説明しようとしたら、

お祖父ちゃんが、和鬼の正面に歩いて行った。



咲久さくひさ



和鬼はお祖父ちゃんの名前を紡いだ。




えっ?



お祖父ちゃんは和鬼に向かって、

深々とお辞儀をする。




そういえば……言ってたっけ?




私が和鬼に出逢った

最初の夜……。




『出逢ったのだな……』って。




お祖父ちゃんが、

契約を交わした鬼も……和鬼?




「和鬼、

 お祖父ちゃん知ってるの?」



思わず和鬼を問い詰めるように顔を見る。




「……知ってるよ……。


 咲久が居たから……

 ボクは……この地の守り神として

 住みついたんだ。


 まだ咲久が幼かった頃かな。


 YUKIとしての芸能活動も

 してなかった時代……。


 この地に……桜鬼神として、

 初めて降り立った年……。


 戦いに敗れて……

 傷ついたボクを見つけて……

 助けてくれた。


 それが……咲久。


 咲のお祖父ちゃんなんだよ。


 その恩を返すために……

 ボクはこの地の守り神となった。


 この地の守りも……

 薄くなっていたから。


 その時、ボクは咲久と契約を交わした。

 

 ボクの血をさかづきにうけたんだよ」




……和鬼……。



どれだけ年月を重ねてもその姿が老いることはないんだね。


お祖父ちゃんがまだ幼い時代から。





「再びのお目通りが叶い咲久、

 冥土のよい土産が出来ました」



冥土の土産って。


お祖父ちゃん、縁起でもない。




「ねぇ、お祖父ちゃん。


 私……和鬼と一緒に住もうと思う。

 

 うちで住みたいっていったら、

 お祖父ちゃん反対する?」




思い切って、帰ってからお祖父ちゃんに

交渉しようと思ってたことを問いかける。



「…………」



暫くの沈黙。




やっぱダメって言うかな。


だけど……。


私も引けないんだから。




お祖父ちゃんはじーっと私の目を凝視する。



逸らしちゃ絶対にダメだ。

試されてる。



私もより力強く、

お祖父ちゃんを見つめる。



お祖父ちゃんの視線が和鬼へと注がれる。




「……咲久……」



和鬼がお祖父ちゃんの名前を

小さく紡ぐ。




「わかった。

 

 そうなる……運命であったな」



お祖父ちゃんは独り言のように

……紡いだ……。



「有難う。

 お祖父ちゃん」



私はお祖父ちゃんに

抱きついた。



お祖父ちゃんは何も言わず私の髪をなでた。




同時に見守ってくれていた、

一花先輩も司も喜んでくれる。



和鬼は、再び意識を集中させて

YUKIとしての由岐和喜の姿を象る。




「あっ、そこに居た。

 和鬼さん」



YUKIの姿を形成して、

ようやく視えるようになった司が呟く。




「YUKI、私……お帰りなさいって

 伝えていいのよね?


 貴方の迷いは晴れて?和鬼君」



一花先輩は、和鬼に優しい眼差しを向ける。



「ただいま」



人としての声を失っていたはずの和鬼の声が、

ゆっくりと広がった。





「咲、咲が自分で選んだのなら

 私が反対する理由はない。


 ただし人と鬼の恋仲。

 

 この先いろいろと険しいこともあるだろう。


 咲に、その覚悟は出来ているか?


 一時の感情で和鬼様の心に寄り添っているだけなら

 のちに更に苦しまれるのは和鬼様だよ」



お祖父ちゃんが、和鬼を気遣うようにゆっくりと告げる。




「大丈夫。

 何があっても私は和鬼の傍にいる。


和鬼を私は悲しませるかも知れない。


 私は人で、和鬼は鬼。


 鬼の一生よりも人の一生は短いから。


 だけど私は何度でも生まれ変わって

 この桜の木の下で……和鬼を見つけ出す。


 今なら……そう思う。


 私は和鬼の愛した咲鬼そのものではないけど

 咲鬼の記憶を抱いた存在。


 だから私がいなくなって、次に見つけ出すときは

 その人は咲鬼と私の記憶を抱いて

 ……ちゃんと……和鬼の傍に辿り着く」




……そう……。



今なら……

そう思える。




何度……離れても……

この……桜の木の下で……

私たちは……巡り会える。





「そうか。


 その言葉に……二言はないな、咲」



お祖父ちゃんの言葉に

私は力強く頷いた。





和鬼は私に光をくれた。





もうその光を失いたくないから。





「もう大丈夫ね。

 ほらっ、一花帰るよ。


 司、明日学校で」



そう言うと、司は一花先輩と一緒に坂ノ下に停めてあるらしい

家の車へと歩いて行った。



その夜、私たちは三人揃って家へと帰る。



ご神木の桜の木は、私たちの新しい生活を

応援するように……桜の花弁を

静かに舞い踊らせる。




家へと続く坂道を降りて玄関の扉を

ガラガラっと開く。



祖父は先に家の中に入っていく。



玄関の敷居。



和鬼は最初の一歩が

踏み出せないでいる。




私は家の中に先に入って

和鬼の方へとゆっくりと手を差し出した。  




「おかえり、

 和鬼」




その言葉に和鬼は、

嬉しそうに微笑んだ。




軽く……瞼を閉じる和鬼。




和鬼の口は小さく

……何かを紡ぎだしている。

 


そして……何かを紡ぎ終わった後……

ゆっくりと瞳を開けた和鬼は

……私の手をとり……



「ただいま、咲」って笑いかけてくれた。





たったそれだけで暖かくて、

心がくすぐったくて甘い。



和鬼の真っ新のスリッパを床に置く。






「お祖父ちゃん。

 和鬼の部屋は?」


「部屋?


 何を言ってるんだ。


 和喜の部屋は決まっているだろう」





えっ?

決まってるだろう?




キョトンとする私に和鬼は、

悪戯っ子のような笑みを浮かべた。




えっ?


……和鬼の仕業?……





「お祖父ちゃん、ただいま」


「あぁ、お帰り。

 和喜。仕事はどうだった?」


「順調だよ」


「仕事も大切だが、

 咲のことも頼んだよ。


 和喜は……ワシが決めた

 咲の許婚なんだからな。


 ゆくゆくは……

 ワシの神社を支えていってくれよ」



時代劇を見ながら一人お酒を飲みつつ

返事をするお祖父ちゃん。




えっ?

何?



和鬼が

私の許婚?




「うん。

 咲はちゃんと幸せにするよ。


 お祖父ちゃんに言われなくても

 ボクの最愛の人だからね。


 咲と……部屋にいるから」




何がどうなったか、わからないままに

立ち尽くす私の手を今度は和鬼が力強く握る。





和鬼に手を惹かれて、

いつもの歩き慣れた階段をあがり私の部屋の隣。




空き部屋になってた一室の扉を開く。




何もなかった部屋に広がるのは、

テーブル、ソファー。


ご神木の大きな写真。


そしてベッド。




和鬼の生活スペース。





「和鬼……何?

 どうなってるの?


 私……夢、見てるの?」



月並みだなーって思いながらも

これしか思いつかなくて……

自分の頬をムギュっとつねってみる。



「痛っ」



痛みがある。


抓った頬をさすりながら

今のこの全てが夢ではなく

……現実なのだと実感する。




「咲と過ごしやすいように少し力を使ったんだ。


 この家でボクが住むってことは由岐和喜。

 YUKIの自宅になる。


 公に咲を守るには、事務所だけでなく

 記憶を通してボクと咲の関係を

 認識させておかないと咲がまた辛い目にあうよ」




……和鬼……。



そこまで……

考えてくれてたの?



「それに咲久」


「お祖父ちゃん?」


「ボクがボクとして

 住み続けると気を遣うよ。


 その記憶がある限りは……

 ボクは守り神でしかないから。


 だから……少し記憶を改ざんした……。


 この行為が許される範囲か

 どうかなんて……ボクにもわからない。

 

 だけど……今なら思うんだ。

 

 誰かの為に……つく嘘は……

 『白い嘘』って言う。

 

 だったら誰かを思って……

 自分を守るための罪は『白い罪』って

 思ってもいんじゃないかなって」


「白い罪?」


「そう、白い罪」


「そうだね。


 和鬼の……その、白い罪が

 私をこの先の未来を守ってくれる

 大きな礎になっていくんだね」



私の隣で柔らかに微笑む和鬼。





こんなにも愛おしい日が訪れるなんて、

想いもしなかった……一年前。




今はこんなにも、

穏やかな時間が流れる。





「……咲……」



和鬼が私の名を呼び、

その唇をゆっくりと重ねる。




柔らかな唇が触れ合い私を潤していく。




和鬼の手がゆっくりと

私の体に触れていく。





その夜、私は心から和鬼と触れ合った。







その一瞬一瞬を

慈しむように

柔らかく……

……甘美な時間……。





和鬼によって……

美しい花を

咲かせていく……

最愛の時間。






『いつか……

 桜の木の下で……』






脳裏を霞める

古の誓いの言葉。







甘い時間に何度も啼き、

涙が一筋真珠を落とした……。






……幸せになろう……。





私たち二人は……

絶対に

幸せになろう。








「おはよう、和鬼」


「おはよう、咲」



いつもと同じ始まり。



だけど昨日とは違う

新しい始まり。




思わず時計を見つめて絶句。



遅刻するー。




慌てて和鬼の部屋を飛び出して

制服に袖を通す。



そして昨日とは違う三人分の朝食を

準備する。





お味噌汁の香りが

室内に広がっていく。




「お祖父ちゃん、おはよう。


 朝ごはん、出来てるから。

 後で、食べてね」




着替えを済ませて

優雅な足取りで台所に降りてくる和喜。



和鬼の時は幼さが残るのに、

和喜の姿の時はその幼さが……消える……。



プラチナの髪が窓から差し込む朝陽を受けて輝く。





何日か過ぎていたと思ってた時間は、

何もなかったかのように、

始業式の翌日を迎えただけだった。





「和鬼……じゃあ、行ってきます」


「和鬼も仕事だよね……。

 有香さん、迎えに来てくれるんでしょ」


「うん。

 いってらっしゃい、咲」







柔らかな日常が動き出す。



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