14.約束×罪-和鬼-



「咲」



鬼の声で、咲の元へ駆け寄った後、

体をボク自身にもたれさせて

何度も何度も呼びかける。




咲の体に鬼の気が充ち始めているのは、

明らかだった。




ボクが探し求めていた最愛の存在。



それは……鬼の御世みよにおいて、

和鬼が愛し続けた咲鬼姫しょうきひめ御霊みたまいだいたまま

人間界へと転生しているはずの少女。



そして……その少女を見つけたボクは、

孤独の飢えを満たすように、

無意識に契りを交わした。



その契りによって、芽吹いた咲の鬼の気は

夢を操り、咲を鬼の世に導こうと

ボクの意に反して動き始める。




ボクの意に反してって言うのは

違うのかもしれない。



相容れない、もう一人のボクにとっての思惑通りに

動き出した。



大きな力によって。



ボクがこの世界に引き籠ったのは、

遅すぎてしまったんだね。





今頃、君は悲しい夢を見ているね。




きっと……誰にも受け入れられない世界で、

夢を渡りながら、

自らの前世の記憶を思い返していく。



最初の過ちは、まだ幼い咲と出逢った時だったのかも知れないね。



彼女の純粋な心を咲鬼と重ねた。




今となっては出逢った時から、

運命は動き出していたのだと思う。





幼い咲を見守りながら

咲鬼を重ねた。





高校生になった咲を見て、

咲鬼ではないと言う事を自覚した。




咲は咲鬼であって咲鬼ではない。



咲鬼はあの日、人の世に生きる

新しい命を手にして旅立った。



その旅時を見送ったのは

紛れもないボクのはずなのに。




咲を見れば見るほど、

咲鬼を想うボクがいた。




そんなボクの寂しさを

埋めるために、

人の世の仮初を得た。




仮初でもいい。



僅かでもいい。

咲の目に触れたい。







なのに咲はYUKIではない、

鬼のボクを捕えた。





喜びに震える心は

同時に罪に怯えはじめる。





桜鬼神としての仕事に

恥はない。




だがボクは、

最愛の彼女をこの手にかけた。




記憶を取り戻した彼女は

ボクを許してくれる?





ううん、鬼の世界を離れ

人の世界を歩きだした彼女は

ボクを何処までなら受け止めてくれる?



そんな葛藤を繰り返してるうちに、

何がなんだかわからなくなった。





ボクの真実の想いは

今も咲鬼にあるの?




今は……咲にあるの?





そんなことすら、

わからなくなってしまったボクは声を失った。






君から逃げ出したボクの傍に

君はもう来てしまったんだね。






君から放したかった

この世界までも、ボクを追いかけて。





今もぐったりと横たわり続ける咲を抱きかかえ、

立ち上がると、ボクの住処へとゆっくりと歩みを進める。




あばら家に連れ帰って、

咲を布団へ寝かせると、

鬼狩の剣を咲へと翳したまま咲の意識へと

ボクの気を集中させていく。



刀が映し出すのは、

咲鬼の旅立ちの儀の時間。



この世界で起きた旅立ちの記憶を

知った咲はボクをどう思う?



そして記憶を取り戻した君は、

咲鬼として……再び歩き出すの?




そんなことを思いながら、

ボクは、咲鬼との遠い時間を思い返していた。




咲鬼は、

鬼の世界の姫君。



先の国主こくしゅ


国王が咲鬼の父親。

その妃が咲鬼の母。




その二人に愛されて

鬼の世界に命を受けたの。



多くの民は、

咲鬼しょうきのことを咲姫さきひめと呼んでいた。




一方、ボクの親は咲鬼の父である

国王に闇の片腕として使えていた家来。




幼い頃から父に連れられて、

お城に出入りしていたボクは咲鬼と出逢い恋に落ち、

咲鬼を生涯かけて守ろうと誓った。





そんなある日、

城から届いた一通の知らせ。





王家の刻印が刻まれた、

その封筒を開封すると、

そこには父が国王の仕事を請け負う最中、

命を落としたことが綴られていた。




それに伴い、国王の闇の片腕・桜鬼神の勤めが

ボクの御代みよになったことを知らせるものだった。



桜鬼神。

鬼を狩る鬼。




その勤めは多々の約定により

堅くとり決められてその禁を破ることは

大罪となり国王によって裁かれる。





1.同族に悟られてはならぬ。


1.同族に情けをかけてはならぬ。


1.正体を悟られてはならぬ。


1.人と鬼の境界を守る

 守護神となれ


1.任務遂行を目撃されたものは

 そのものから関わりし記憶の全てを

 消すべし


1.国王がその職務を放棄したと

 判断したその時、王に審判を下せし唯一のものなり


 



無論、咲鬼にも友にも、

この役目の事を悟られぬようにしながら

ボクはこの任務を遂行する日々が始まった。





そして……、

運命のあの日が訪れた。





咲鬼から肉親を全て奪い去ったあの日。





あれは生暖かい空気が周囲をかすめる薄気味悪い夜。





国王と妃、咲鬼の両親が危ない。


鬼神の力である一つ。


この世界の隅々にまで神経を広げ空間を繋げて読心をしている最中、

それを感じ取ったボクは慌てて国王の待つ部屋へと向かう。




犯人は国王とその妃を刀で殺した後で、

その突き刺さった刀を抜いて国王たちの体を

投げ捨てようとしていた。


その瞬間にボクは辿り着いて

国王と妃のお体を肩に受けながら素早く

もう片方の手でその鬼を桜鬼神の名において刈り取る。




ボクの刀から真っ赤な血が

……滴り落ちる……。




ゆっくりと顔を見上げた

ボクの視界に映るのはボクを睨み付ける

最愛の咲鬼の姿。





その場に立ち尽くしたボクたち。






見られた。




咲鬼の首へと鬼を狩る刀をスーっと近づけて、

ボクは咲鬼の記憶を消した。



だけどボクには和鬼としての

ボクの記憶から鬼神としての記憶まで

ボクの全てを消し去ることは出来ない。





桜鬼神と出逢った、この日の記憶だけ

咲鬼の中から消し去った。





咲鬼の記憶を消した後、

桜鬼神としての姿をとき

ただの和鬼として咲鬼の傍へと向かう。





今、ようやく辿り着いたと言わんばかりに。






傍に近づいて、抱き上げたボクに

咲鬼は泣いてしがみ付いた。



両親が何故死なないといけないのだと、

何度も何度も泣き崩れた。



国王が亡くなった鬼の御世を統治するのは

その娘である、咲の役割。




だが、悲しみに囚われすぎた咲鬼の瞳は、

何も映すことをしなくなった。



鬼の世界に居ては、

悲しみに囚われすぎて前に歩き出せない

そんな咲鬼を傍で見守り続けるのが辛かった。



食を拒否して、

細く細く痩せていく咲鬼。


瞳に色を映さない。




ただ……抜け殻のように、

そこに在りつづける咲鬼の為に、

ボクが出来ることは、

和鬼として傍に居続けることではなくなってしまっていた。



もう一つの力を持つボクだから出来る救いの道。


桜鬼神の力を使って、彼女の魂を人間界へと

導き、転生させること。


それだけだった。



国主と桜鬼神の裁きの契約も

上手く働いてくれた。




両親の死から立ち直れず王族としての、

次の国王たる仕事を放棄した存在。



約定の一つを逆手にとって、

桜鬼神の姿で咲鬼の元へと訪れ、

悲しみの根源でもある両親の記憶を抜き去った。




それだけじゃない。

咲鬼を取り巻く、鬼の世界での記憶を奪った。




咲鬼に残されたもっとも深い記憶は

桜鬼神の審判により旅立つこと。




旅立ちの儀。



旅立ちの儀の裏側に潜む、

ボクのエゴの存在など、

ボク以外の誰も知らない。





ボクの罪を裁けるものは

何処にもいない。




咲鬼が託した次代の国主は

ボク自身。



そして国主を裁く、

桜鬼神もボク自身。




相容れぬ役割を

独り、背負ってしまったボクは

裁かれるものも居ないままに

永い時間を彷徨い続けた。







今も眠り続ける咲の額に、

ふと触れる。





彼女の瞳からは涙がこぼれ、

時折【かずき】とボクの名を

紡いているのか……口元が動く。






ボクがどれだけ、ボクのエゴを

彼女に押し付けていても

ボクの想いは変わることがない。




どれだけ自己満足でも、彼女を思い、

焦がれる気持ちが変わることはない。




彼女と鏡越しに……体を重ね……

そして……彼女が転生したことを知った頃から……

彼女を探してボクは人間界に姿を見せる。



桜鬼神の役割を全うすることを正統なる理由に、

ボクは……彼女を探し続けた……。




ボクの空虚さを満たすために、

彼女を見守るために。





そして……再会。




今思えば全て必然だったのかもしれない。




まだ小さな彼女は母親に手を引かれ、

この地へと連れられてきた。



この地の神社に氏子として

……挨拶に訪れる。





それがボクたちの最初の出会い。



ボクは鬼の力で彼女を追い求める。



切ないほどに。




幼い彼女はすぐにボクの姿に気が付いて

ボクは幾度となく彼女とともに遊んだ。



そして……その夕闇が光を指す頃

ボクは彼女の記憶を捜査して

その時間の記憶を消す。




それの繰り返しをしていた時間。





田舎に帰ってきた時だけ、

ボクは咲と交わることが出来た。




そんな逢瀬の時間が終わりを告げたのは、

咲が小学生の時。



彼女は母親に捨てられて、

この地に正式に移り住んだ。




神木を母のように慕う

彼女の視線がボクを捕える。




ボクは逃げ切る出来ず、

彼女の紡ぐ糸に絡めとられて今に至る。




どんな形になっても、

彼女のいない世界はボクには

耐えられなかった。



ボクのエゴに

振り回された彼女は、

ボクを探してこの世界まで

辿り着いてしまった。






今、ボクが出来ること。





それは……ボク自身が

……裁かれること……。




ボク自身の罪を

洗い清めること。






そして全ての想いを素直に伝えること。






この息吹にのせて。





だから咲、目を覚まして。







咲のいない、この世界なんて

ボクにはもう……耐えられないんだ……。








……愛しき人……



君、在りし……

日を胸に秘め



現世を……

  刻む……。



……君、想ふ……



 現世の

 仮初の世



夢、儚きて……

  永久の契り……



古より

想い焦がれし



愛しさよ

かの君の元

届きけり



君……

想ふことなかれ……


愛しきものよ


我……心……

全て……

桜に……

託しけり……








真実の恋歌れんか







鬼の世界で人生に

一度だけ歌うことが

許される調べ。







布団の中で横たわっていた咲を

抱きかかえて、ボクは壁に持たれながら

恋歌を紡いでいく。





蚕から糸を紡いでいくように、

出逢いから……今日までの全てを

その歌で紡ぎあげていく真実の恋歌。







……揺るがない想い……。






嘘……偽りのない清らかなる思い。








……愛しき人よ……

 



もう一度

 ……その瞳を開けて……







真実の恋歌を紡ぎ続けるボクの顔に

柔らかな温もりが広がる。




その温もりが、咲自身がゆっくりと伸ばす手なのだとわかった。




ボクの瞳に、指先が触れ

ボクの涙を掬いとめる。





「つかまえた」




彼女の指先がボクの小指に

ゆっくりと絡みついてにっこりと微笑む。





「……約束……。


 覚えててくれたんだね。


 桜の木の下で

 ……また会おうって……。


 言い出した私が覚えてなくて

 ごめんなさい」








『……和鬼……私たちは

 再び出逢うわ……。

 

 

 だから……

 

 愛しい人

  ……私を見つけて……。


 ……愛しい人……

 そんなに悲しまないで……。



 いつか……

 桜の木の下で……』







ふと脳裏に咲鬼の最期の言葉が

広がっていく。






「思い出したんだね。


 咲、咲鬼の記憶を」




彼女はボクの腕の中、

柔らかに微笑んだ。





「旅に出てた。

 真っ暗な世界に。


 ずっと見ていた不思議な夢の世界の

 話だって気がついた。


 あの頃から、私も変わらなかったんだね。


 和鬼が好きだって思いは」




「ボクも変わることはない」



「……嘘……。


 和鬼は今も咲鬼さんが好きなんだよ。


 咲鬼さんの魂が転生したのが私だから。


 だけど……私には今日まで

 咲鬼さんの記憶なんてしらない。


 今も夢で見た情報を知ってるだけで

 記憶が戻ってるわけじゃない。


 それに……記憶を

 戻したいわけでもない。


 私は……咲鬼ではなくて……

 咲だから」




彼女がボクの腕をギュっと握りしめながら

涙を流して声を震わせながら伝える。






「ボクにとっての最愛は

 咲……君だけだよ」





彼女が咲鬼の生まれ変わりだからじゃない。


咲鬼に言われたからじゃない。





ボクはボクの意思で彼女を見つけ、

咲に惹かれ、咲に恋をした。





「……和鬼……。


 私でいいの?」




涙を滲ませながらボクを見つめて静かに紡ぐ咲に

ボクはもう一度頷いた。




咲は、にっこりと笑ってゆっくりと目を閉じる。



その瞳から、宝石があふれていく。



ボクはゆっくりと咲の柔らかな唇に

指を辿って自らの唇を重ねる。





「……咲……。

 有難う。


 これで 思い残すことはないよ。

 

 咲と繋がることが出来たから」




ボクは咲の体をゆっくりと起こして、

壁へともたれさせて、

ゆっくりと立ち上がる。



そして咲の目の前で、

桜鬼神の姿をかたどる。






これはボクのケジメ。




国王として桜鬼神であるボクを裁く。






桜鬼神の武器でもある刀を

手に自らの喉元に近づけていく。





その刹那、ボクの掌から

奪い去られる刀。




刀を奪い取って、

ボクの前に立ちあがった咲。



「和鬼。


 何考えてるの?」



真剣の瞳が

ボクを突き刺していく。




「こうしないと、ボクは前に進めない。


 ボクは咲鬼と関わり、

 自らのエゴを持ち込んで桜鬼神の力を使った。


 私利私欲の為に、国王の許可なく使われる力は

 桜鬼神には許されない。


 咲鬼の記憶操作を含めてボクは自分のエゴを

 優先させた罪がある。

 

 その罪を裁けるのは国王のみ。


 その国王は今はボクだから」


「だから……逃げるの?


 和鬼は一人、死んで逃げ出して

 私一人を苦しめるの?」




彼女の言葉にボクは何も返せない。




「……和鬼……。

 もういいよ。


 自分をもう許してあげてよ。

 

 咲鬼もあの時……逃げたの。


 咲鬼はね、鏡の世界の中に入って

 和鬼が抜き取った記憶も思い出してるの。


 和鬼は咲鬼の全てを守ろうとしてくれただけ。


 咲鬼は、和鬼の優しさに甘えて現実から目を背けて逃げだした。


 ごめんね、和鬼を永い時間苦しめて。



 和鬼……前言撤回。

 今……咲鬼の記憶取り戻した。


 今だけだよ。


 今だけだからね。

 私は咲鬼に縛られるつもりなんてないから。


 だけど和鬼にとって、咲鬼の存在が許しを請うのに必要なら

 私が咲鬼として和鬼を裁く。


 解放させてあげる。


 和鬼、咲鬼に絡めとられた糸を断ち切ってあげるよ」




彼女はボクに向かって、その刀を振り下ろす。



一刀された後、チャリンっと

金物かなものが音を立てて地面に落ちる。





「桜鬼神。


 汝の罪は裁かれた。


 この後は私をいっぱい幸せにして、

 和鬼も自分の幸せを見つけるように」




彼女はふざけたように

くだけて笑いながら涙を流した。



彼女が切り落としたものは、

あの日……、

咲姫が和鬼に手渡した首飾り。



咲鬼を忘れないように自らを戒めるように、

首輪となったかせである、首飾りを迷いもなく一刀した咲。



目の前で涙を流しながら微笑む彼女を

ボクはゆっくりと抱きしめる。




色を失ったボクの住処に、

ゆっくりと光が差し込む。






「和鬼……帰ろう。


 ここは和鬼にとっても

 咲鬼にとっても大切な世界だけど、


 この場所以外にも私たちには

 帰る場所があるから。


 お祖父ちゃんは私が説得する。


 由岐和喜ゆきかずき住処すみか

 我が家にしよう。


 そしたら人の世にも、

 和鬼の家は出来るよ。



 和喜の家でも、私とお祖父ちゃんは

 和鬼の家だって知ってる。


 一花先輩や司だって受け入れてくれると思う。


 それにうちの家だったら、ご神体の桜の木も近い。


 桜鬼神の仕事もちゃんと果たせるよ。


 咲鬼さんとの……誓いもね……」





力強く微笑んだ彼女は

ボクに手を差し出した。





ボクは……

もう一度、人の世に触れてもいいの?








戸惑いながら、彼女の手を掴むと

心が軽くなった気がした。







ボクの傍で咲がにっこりと

微笑んでくれる。





その時間がとても愛おしい。


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