11.春祭り- 咲 -
私たち卒業生一同は、
この学び舎で知り得た大切な宝物を
抱きながら、本日巣立って参ります。
私たちを今日まで導いてくださった
全ての皆様に心より、
感謝申し上げるとともに、この先の未来を
大和撫子の心に相応しく、
凛として歩み続けたいと思います。
卒業生代表、射辺一花。
*
マリア像の見守る教会内で
厳かに行われる卒業式。
在校生代表として、司が卒業生に送った送辞の後、
卒業生からの答辞が、一花先輩によってスピーチされる
今日は三月三日、雛祭りの卒業式。
私はと言えば、卒業式の進行の手伝いって言えば
聞こえはいいんだけど、
授業中に居眠りしてしまったペナルティでご奉仕中。
卒業式も後は、
一花先輩の後輩たち、マ-チングバンド部の演奏と
校歌斉唱、閉式の辞を残すところだった。
「続きまして、当学院マーチングバンド部による
演奏をお聴きください」
放送部の生徒の声が響いた後、
私の後ろでスタンバイしていたマーチングバンド部の子たちが
一斉に楽器を持って立ち上がる。
「皆、一花先輩たちをちゃんと送り出そう」
「はい」
リーダー的な先輩の声の後、
揃った返事が聞こえると、先頭に立つリーダーが
指先で何かを合図すると、
一斉に部員たちが配置について動き出す。
教会内のステージをいっぱい、
動きながら演奏する、一花先輩の後輩たち。
春に相応しい、卒業シーズンに聞きたい音楽も交えながら
YUKIの最新曲、【桜】まで演奏してる。
そんな和鬼のサウンドにどっぷりと浸かりながら、
これは、YUKI好きの一花先輩へと部員からのプレゼントなんだろうなーなんて思いながら
目を閉じていると、ブラスの音色に重なって聞こえてくる、和鬼の声。
慌てて、ステージ側へ舞台裏から乗り出すように覗き込むと、
教会の扉が開いて、ゆっくりと和鬼がYUKIとしての舞台衣装を着こなして
ステージへと絨毯を歩きながら、近づいてくる。
しっとりと、【桜】を歌い終えると
ステージの上でゆくっりとお辞儀をする。
YUKIを囲むように、
マーチングの部員たちが整列する。
「本日の卒業式のサプライズゲストは、
ミュージシャンのYUKIさんです」
放送部の一声で、一気に歓声が包み込む教会内。
「YUKIさん、
今日卒業する生徒たちに一言いただけますか?」
何も聞いてないよ……和鬼。
私にも内緒で、
こんなサプライズ決めてたんだ。
一花先輩、そりゃ和鬼が祝ってくれたらすごく
嬉しいし喜ぶと思う。
私だって嬉しいけど……。
「本日卒業する皆様、
ご卒業おめでとうございます。
縁あって皆様の旅立ちを共に見守ることとなりました。
ボクには、想いを歌にのせて歌うことしかできません。
ボクの全ての想いはこの調べにのせて。
『
そう言うと、和鬼はゆっくりと目を伏せて俯く。
真っ暗に明りが落とされて、
幻想的な桜が、教会内を舞い踊る中
和鬼は……YUKIが初めて歌うメロディーを紡いだ。
こうして卒業式が終わり、
私たちも、学年末テスト、実力テストの結果発表を経て
来学期からの進級が決定した。
終業式、春休み。
卒業生が学院をさっても、
毎日の日々は何も変わらない。
決められたことを、当たり前のように繰り返す時間。
それを充実させるか、
機械的に淡々とこなすかは、
本人の心がけ次第なのだと、今の私は思う。
本当なら……今頃、通い続けることが叶わなかったかもしれない
この学院。
だけど……私は、来学期も授業料免除が決まった。
和鬼と出逢って、私の時間は確実に変化してる。
和鬼と会えない時間。
仕事だから仕方がないと諦めながらも、
自分の時間を持て余してしまった私は、
お年玉の貯金を崩して、お琴を買った。
高い立派なものは購入なんて出来ないけど、
少しでも和鬼に近づいてみたくて。
ネットで検索して、
YUKIの箏譜を探して、ゆっくりと練習する。
こうやって自分で、和鬼を感じられることが出来れば
離れている時間も慰められるから。
私の日々は、家事・部活・勉強・お箏が中心になった。
桜が花を開かせる季節が訪れた。
四月、塚本神社の春祭りが行われる。
和鬼を祀る祭礼。
「咲、朝から済まぬ」
「大丈夫。
私、神社の孫だもの」
春祭り当日、三時頃から禊に着付けに
準備に奔走している。
この日の為に、この地に住む人たちは
奉納する何かを練習する。
私も始めたばかりの、
お箏を演奏予定。
「咲、悪いがステージの方を
見て来てくれるか?
儂は来客の接待を奥でしてくる」
そう言って、お客さんたち
数人と姿を消したお祖父ちゃん。
託された表側をスムーズに運営できるように
気を配りながら、視線で探すのは和鬼の姿。
春の祭礼が始まるのは夜。
太陽が沈んでから。
神殿から神様の炎を受けて
篝火を幾つも焚きながら
本殿に備え付けてある
ステージでお能が奉納される。
そして儀式の後はお囃子で、
賑やかに周囲を包み込みながら
とんどに火をつける。
とんどの火は天高く立ち上り、
緑の葉を焦がす勢いになるものの
山火事が起きたことはない。
その後は、奉納と言う名の
氏子たちの発表会の場とかした境内を
私は神社の孫として挨拶をしながら
様子を見ていく。
和鬼、貴方は何処に居るの?
この祭りを貴方はどんな顔をして
眺めているの?
視線を移していく私。
ご神木の桜の木にも、
今日はお神酒が供えられて
氏子たちが賑やかに囲んでいた。
……桜の木に……
和鬼の姿はない……。
仕事なのかな?
私は和鬼の
もう一つの仕事を思い出す。
賑やかすぎて落ち着けないよね。
独り言葉を小さく吐き出して
和鬼のいない切なさを
紛らわせようとおじいちゃん達の方に
向かいかけた直後、桜吹雪が舞い上がる。
思わず、その桜吹雪を視線で辿る。
いつもの桜の木の枝に和鬼は腰かけて、
賑やかな境内を見下ろしていた。
「お帰りなさい」
誰にも姿の見えない
和鬼に……私は……
口形だけで言葉を伝える。
「ただいま。
咲、今日は随分と賑やかだね」
柔らかい表情を浮かべて、
氏子を見守るように桜の枝に座り
見守るように慈しむ和鬼の姿は、
やっぱり人ではないのだと思い知らされる。
桜の木の枝から、ふわっと舞い降りると、
和鬼は私の隣へと立ち位置を移動した。
地上に降りても和鬼の存在が
視える《みえる》ものはいない。
誰の目にも簡単に視えない神様が、
私の隣に居るなんて誰も思わない。
ここに来てる殆どの人には、
私が一人でブツブツ話してるだけに映ってるはず。
「咲はどうしたい?」
突然、和鬼が私に向かって言う。
どうしたい?って。
勿論、和鬼と共に
この神社のお祭りを楽しみたい。
楽しみたいなんて、
我ままなのは知ってる。
和鬼は鬼神。
この神社の神様なのだと、
この祭礼は私に自覚させる。
これ以上、
和鬼に恋をしては……いけない……。
心のどこかで
ブレーキがかかる。
だけど、どれだけ閉じ込めようとしても
制御することが出来ない。
「和鬼……。
私……」
全てを伝え終わる前に和鬼は皆にもわかる、
YUKIへと姿をとげた。
YUKIとなった和鬼は、
全ての人の視界に姿は映る。
『あれっ。
YUKIじゃない?』
途端に騒がしくなる境内。
女子たちが噂をはじめ、
YUKIの後ろにはファンの子たちの
行列が出来ていく。
……邪魔……。
和鬼と一緒に祭りを楽しみたいと
望んだのは私なのに、
私は和鬼を……独占したい……。
YUKIを追いかけるファンの子たちにも、
醜くも嫉妬してる私自身に気が付く。
そんな自分があの日の依子先輩にも思えて
苦しくなった。
*
私なんて
……大嫌い……
どうしてこんなにも、
和鬼が関ると心が狭くなるの?
*
「咲ちゃん。
隣にいるのって、もしかして芸能人のYUKIさん?
うちの……娘がTVで大はしゃぎにしてたんだよ。
YUKIさんが 来るって知ってたら
娘も来ただろうに。
今年はゲストを呼んでたなら、それも含めて
宣伝してくれないと」
いやっ。
宣伝も何も、私は和鬼に居て欲しかったんであって……
YUKIとしての和鬼は……今はどっちでも良かったわけで。
「YUKIさん。
こんな小さな祭りですが良かったら、
ここの神社の為に奉納してもらえませんか?」
奉納?
ちょっ、ちょっと待ってよ。
何処の世界に、この神社の神様本人に
神様への奉納をお願いする人が居るのよ。
氏子さんの中の婦人会のおばちゃんパワーに、
半ば押され気味になりつつも、私は発言に絶句する。
……和鬼……?
断ってもいいからね……。
苦笑いを浮かべながら、
困った顔をしている和鬼を想像していたのに、
何故か……和鬼は楽しそうで……。
「いいですよ」
にこやかに笑顔を振りまいて
微笑んでた。
……嘘……、マジでやるの?
「YUKIさん……。
本当にいいんですか?」
思わず他人行儀に聞き返す。
和鬼、正気なの?
この地の神様が、
自分の為に奉納してどうすんのよ。
『……咲……。
お箏借りていいかな?
なんだったら咲が演奏してくれても構わないよ。
咲の家からボクの曲が聞こえてきていたのは知ってるから』
私の戸惑いもなんのその。
悪戯っ子のような調子で
私の心に直接語りかけてくる和鬼。
「和鬼……。
まさか最初から、そのつもりで?」
私はYUKIの姿をした和鬼に向かって強気で発言する。
途端にファンからの視線が集中する。
フフっと鼻で笑うように
楽しみながら私で遊んでる……和鬼……。
そんな時間も心地よくて。
和鬼に流されるように、
私は自分のお箏を抱えて
神社の境内へと準備していた。
とんどの炎と
篝火だけの幻想的な世界。
ゆっくりとお琴の音色を
溶け込ませていく。
YUKIは、いつもの如く
幻想的に舞いながら言葉を紡ぎ、
音霊に心を乗せてその闇に溶け込ませていく。
桜吹雪はYUKIの声に
舞い踊るかのように流れ、
桜の花弁も……篝火の炎を受けて輝いて見える。
私が演奏する……お箏に
ゆっくりと歩み寄ってきたYUKIは、
私の背後にまわり私が演奏する音色に重ねるように
同じ箏からもう一つの音色を重ねていく。
二人で刻む時の調べは
何処までも……柔らかで。
歌は終焉に向かっていく。
同じフレーズを
何度も何度も繰り返す。
YUKIが一人で紡いでいた
歌声にファンの子たちの声が重なる。
その曲を知らない、
氏子さんたちの声が
一つ一つゆっくりと重なっていく。
一つに……全てが溶け合っていく。
祈りに満ちた神聖な空間。
周囲が不思議と穏やかに広がり、
不浄が清められて一掃されるような錯覚。
何度も何度も、
繰り返される同じフレーズ。
そのフレーズを繰り返しながら、
……YUKIは……和鬼は……涙を流していた。
切なそうに……
寂しそうに……。
そんな和鬼を抱きしめたくてたまらなかった。
YUKIの曲は続いていく。
繰り返される同じフレーズの中、
YUKIは……ステージをゆっくりと去って
人の世から……姿を消した。
……和鬼……
その涙の意味は何?
「咲、祭りは楽しいね。
ボクは、この地の人たちが
一つに力を合わせる瞬間が大好きなんだよ。
……美しいね……。
この愛しさをボクは守りたいって思うんだ」
にっこりと微笑む和鬼は、
鬼の姿で、あの神木の枝に静かに腰掛けながら
慈しむように氏子たちを、街を見守っていた。
今も氏子たちは同じフレーズを繰り返し口ずさんでいる。
誰が止めるでもなく、
それぞれが一つのことに力を重ねている。
これが本当の祭礼だって、
和鬼は教えてくれてるの?
知らない間に気が付いたら
重ね合わせているお互いの心と絆。
もしかしたら、神様に奉納するのは
歌でも舞でも感謝でもないの?
和鬼は、いつもの桜の木の下に
腰かけて柔らかく微笑んでいる。
この地に住む氏子たちを
心から包み込むように。
氏子たちもまた心を揃えて、
今の『感謝』を守り神に報告するように。
ゆったりと祭礼の時間は進んでいく。
やがて、とんどが消え篝火が消える頃、
お祭りは盛況に幕を閉じていく。
後片付けをして、真夜中。
和鬼と久しぶりの逢瀬の時間。
「……和鬼……。
有難う。
お祭りの本当の意味が……
わかったかも知れない」
「……そう……。
だったら良かった。
ボクも楽しかったよ。
人は……愛しい生き物だね。
だから……ボクは……
人に悲しいまでに
焦がれるのかも知れないね……。
ボクが持っていない
宝物を持っている
和鬼は再び寂しそうな横顔を
見せて言葉を繋げた。
「……お休み……。
咲、今日はもう休むよ……」
そう言って和鬼は桜の木の中へと
ゆっくりと帰っていく。
慌てて追いかけていきたい。
なのに、その木の中に手をいれる勇気もなく、
入口は閉ざされる。
独り残された桜の木の下。
私は心の騒めきを隠せなかった。
*
翌朝、御神木の上で人々を見守る和鬼の姿はなく、
ざわざわとした心を引きづったまま、始業式へと出席した。
何度も和鬼へ送信したメールも、
反応がない。
反応がない不安が、
私の中で大きく広がっていく。
そんな不安が的中したと実感したのが、
その夜の音楽生番組。
その番組に出演した和鬼から、
声が発せられることはなかった。
TVの向こう側。
鼓が響いて、箏の音色が交わっていく。
そしてYUKIの歌声が聞こえるその場所で、
和鬼の声は出なかった。
流れる生演奏だけが空しく空間に響いて、
和鬼は自らの喉元に両手を添えて、
必死に声を出そうとしている。
だけど……YUKIの声は人の心に届かない。
和鬼はその場に立ち尽くし、
司会者が突然のハプニングに詫びを入れ、
CMに急きょ急きょ、繋げられた。
私はテレビ局に向けて、
慌てて家から飛び出す。
……和鬼に逢いたい……
マスコミが集まりすぎたテレビ局前に、
和鬼の姿はない。
「大変だ。
YUKIが失踪したぞ」
記者たちの誰かが声をかける。
失踪?
そんなはずない。
私はテレビ局を離れて、
慌てて桜の木の下へと向かう。
失踪じゃない。
ただ人としての姿を解いて、
視えなくなってしまっただけ。
視せることをやめてしまった。
そんな和鬼が帰る所は、
あの場所しかないはすだから。
息を切らせながら辿り着いた桜の木の下。
そこに……和鬼の姿はない。
私は縋り《すがり》つくような思いで、
和鬼が帰っていったと思われる桜の木に手で触れる。
ふいに桜の木の中に腕が入り込む
感覚が押し寄せ、私はその腕に体重を押しかけるようにして
その中に身を委ねた。
重苦しい空気が……周囲に立ち込める。
息がしづらい、色を映さない物悲しい空間が、
目の前に広がっていた。
……和鬼……。
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