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 2003.09.15(月) 21:26 駅前ロータリー

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 祝日の夜。普段より静かな駅前ロータリーには、酔った若者たちの笑い声と、コンビニ袋を提げた帰宅途中の人々の気配だけが残っていた。


 露亜がタバコに火をつけた瞬間――ふと、ふらつきながら歩いてくる女の子が視界の端に入った。


「あれ? ……露亜?」


 少し赤らんだ頬、コーヒー色のウェーブヘアー。右側の髪には、変わらずお気に入りらしいヘアピンが留まっている。ひらひらしたブラウスにタイトスカートという、普段より少し大人びた格好。


「……鞠花?」


 彼女は犬井鞠花いぬいまりか。露亜の同い年のいとこである女子大生だ。声をかけると、鞠花は嬉しそうに小さく笑って、足取りもおぼつかないまま近づいてきた。


「ふふ……すごい偶然。今日は神様が味方してくれたのかも」

「酒、入ってるな」

「うん、ちょっとだけ。……合コンだったの。久しぶりに飲んじゃって、あはは」


 笑いながらも、その瞳の奥には、どこか気まずそうな色が見えた。自分がこうして街をぶらついている露亜に、何か言いたげな――けれど言葉にはしない、そんな迷い。


「まさか、まだあの廃屋にいるの?」


 問いかけの語尾が、ほんの少しだけ震えていた。


「俺に他に居場所がないことは、鞠花がよく知ってんだろ?」

「それはそうかもしれないけど……。あんな生活続けてたら身体壊すよ。ちゃんとご飯とか食べてる?」

「まあ気が向いたら?」


 露亜は食事にこだわりの無い性格で、空腹も感じづらい体質なため、気がついたら一日中何も食べていなかったということもザラにあった。


「露亜、せっかく会ったんだし、食事行こうよ。あたしもあんまり食べてなくてさ」


 言いながら、鞠花はくすっと笑った。夜風に揺れるコーヒー色のウェーブヘアが、街灯の下できらめく。酔いが少し入っているのか、頬がほんのり赤い。


「……合コンって、飯食いに行くもんじゃないのか?」


 露亜が小さくため息交じりに言うと、鞠花は肩をすくめて、リズムよくブーツのかかとを鳴らした。


「緊張しててあんまり喉通んなかった。ほら、あたしそういうの慣れてないから」

「それにしては、声でけえし、テンション高ぇし……」

「それはお酒のせい。あ、でも酔ってないからね?」


 にこっと笑って、鞠花は露亜の腕を軽く引いた。


「ほら、どっかでラーメンでも食べてこうよ。あんたもまだでしょ?」


 露亜は一瞬だけ躊躇ったが、拒む理由もなかった。

 

「……ま、たまにはいいか」

「たまには、じゃないでしょ。たまには“あたしと”ご飯行ってくれてもいいって意味でしょ?」

「……うっせ」


 そう呟いて、二人は駅前の喧騒から少し外れた、昔ながらのラーメン屋に向かって歩き出した。



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露草の雫 -Drop of Dayflower- QM_yuki @minazu87

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