第21話 ダブル不倫



 正治と静子は人目を忍んで付き合い始めた。それは当然のことだ。教育長のお嬢様と婚約中の相手正治と交際するということは、教職を失う恐れもあるという危険な恋。


 教育長のお嬢様の相手を奪うとは許されざる行為。それでも…離れられない2人。


 許されざる交際、叶わぬ恋と分かっていても、それでも……どんなことをしてもこの恋を成就したい。そう思う2人だった。


 叶わないからこそ……尚更にもがき苦しみ、何とか解決方法を探し当て……諦めるのではなく……意固地になり、どんな方法でも探り当てて1つになろうと画策するものなのだ。


「静子愛している。俺はどんなことをしても静子と結婚したい。待っていてくれるかい?」


「私も愛しています。正治さんしか考えられません。どんなことをしてもこの愛を実らせたいと思っています」


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 一方の正治の婚約者知子はいつも話をはぐらかされ焦りとイラつきで、その怒りは頂点に達している。


「お父様正治と婚約して1年以上も経つというのに、最近は電話しても居留守ばかり……お父様正治にお灸をすえて下さい」


「わしもおかしいと思っていたのだよ。ちっとも結婚の進展がないから……今度一度呼び出してそれと無く聞いて見るよ」


「お父様お願いします!」


 ある日教育長田村に呼び出され田村邸に向かった正治。応接室に通され待っていると教育長が現れて正治に言った。


「正治君もう婚約して1年以上経ったのに君は知子が電話しても電話にも出ないし、出ても今仕事で大変だからと言って中々会ってくれないそうじゃないか、知子の事をどう思っているんだい?」


「……ええ……いえ……その……教務主任という仕事は……年がら年中学校に拘束されて……ええ……それで…中々会えない状態が続きまして……ええ……」


「ええい💢💢💢そんな言い訳は聞きとうない。さっさと結婚式を挙げようじゃないか!💢💢💢」


「……チョッと……チョッと……お待ちを……あの……仕事がひと段落着いたらと言う事で……」


 強引に結婚の日にちまで指定され逃げ場のない正治。

 

 教育長にすればやっと娘が結婚に漕ぎつけれたので嬉しさで一杯で、その朗報を隠してはおけない。早速その話を職場に吹聴した。それはそうだろう。あの当時のイケメン俳優上原健や佐田啓二にも見劣りしないイケメンで、尚且つ優秀な教務主任が婿ともなれば黙って居られない。あんなおへちゃの娘が、この様な良縁に恵まれ嬉しすぎて、顔が緩みっぱなしでついつい口を滑らしてしまった教育長。


 そんな噂は直ぐにこの江東台中学教員の耳にも届いた。校長の耳に届きそれは先生方にも早速報告された。


 それを聞いた静子はショックと憤りでその場に居られない。急いでトイレに行き泣き崩れた。誰かに聞かれないようすすり泣きだが、それでも…声は漏れていた

「あれだけ君しかいないと言って誓い合ったのに、あの言葉は只の出まかせだったの……ぅうううっ( ノД`)シクシク…」只々泣き崩れる静子だった。


 こうして…2人の関係は終わった。



 だが、静子を深く思い続ける男が居た。

 それは静子が高校生の頃からずっと思い続けていた剛だった。剛は海外留学から帰り仕事もひと段落したところで、静子にアプローチして来た。それは異常とも取れる強引なものだった。


 だが、それが返って良かった。留学先から帰って来た剛は暫くの間休暇が取れたのだ。すると考える事は愛する静子の事ばかり。傷ついた静子に執拗に電話交戦、更には東京の従兄弟の家に遊びに来ては洋子を出しに使い、セッティングしてもらい映画にドライブに旅行と、静子に失恋の痛手を考えさせる余裕を与えなかった。


 返ってそれが良かったのか、静子は一緒にいて安心できて気を使わなくて良い剛とすんなり結婚した。愛知県出身の剛は、当時海外留学ののち父の私設秘書を務めていたので、東京住まいだった。


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 一方の正治は心の準備もないまま強引に結婚話が進み静子に未練たらたら。確かに出世は出来るかも知れないが、わがままで蝶よ花よと育てられた苦労知らずのお嬢様にどんな取り柄があるというのだ。こんなつもりじゃなかった。そんな後悔の念で一杯の正治。


 未練たらたらな正治は、たとえ結婚したと言えども同じ江東台中学で顔を合わせている間柄。


 静子はもう気持ちの踏ん切りがつき、明るく前向きで努力家の剛との生活に喜びを感じ始めている。そして妊娠した。


 剛は父宗信の跡を引き継ぎ貴族院になる夢を抱いていたが、1947年に華族制度が廃止になり議員の夢は儚く散った。


 だが、たとえ華族制度が廃止されたと言えど、今までの功績が認められ政治家として君臨している父だった。それも農林大臣としてだ。このような経緯から海外留学を経験し東京で父の私設秘書としてスタートした。


 だが、この剛はどうしようもない男で、意中の女性をものにでき安心したのか、またしても悪い癖が出た。女性に手を出してそれが元で首になってしまった。元々頭の切れる秀才だったので父宗信も剛の才能を十分に理解していたので、こんな事で終わらせてはいけないと思い、必死のもみ消しで週刊誌の餌食にならずに済んだ。


 あれだけ傷ついた静子を救ってくれた剛ではあったが、只の女にだらしない女たらしだった。


 こんな状態の時に正治から執拗に付きまとわれていた静子は、一瞬の隙に入り込んできた正治と、またしても寄りが戻ってしまった。


 妻にどうしても納得がいかない正治は逃げる静子に「逃がした魚は大きい」そんな心境だったに違いない。

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 正治と静子は学校で顔を合わせていたが、それはすでに過去の出来事。そう思い静子は前を向いて歩いていた。だが、静子の事を諦め切れない正治は静子との距離を縮めようと必死になるが、相手にしてくれない。


 それでも…冷たい態度の静子に話をしようと思っても出来る状態ではない。


 そんな時に静子は夫の女癖の悪さにつくづく嫌気がさして正治に相談した。こうして…またしても距離が近いた。


 公設秘書、私設秘書、事務員といろんな女に手を出す剛に、堪忍袋の緒が切れた静子は、またしても正治と接近して行く。


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 正治と知子の間にはまだ子供が誕生していない。こんな状態なので余計に静子に傾倒していく正治。子供でもいれば子供可愛さに家に帰って来る張りもあるというもの。


 当然教務主任なので帰りが遅いのは分かり切った事。そう思い知子は寂しさを紛らわすために友達と夜遅くまで出歩いたり、実家に戻ったりして寂しさを紛らわしていた。そして…あの時代一家に一台自家用車があるような時代ではなかったが、知子は両親に軽自動車を買ってもらい、真夜中に帰宅する事も1度や2度ではなかった。


 そんな時に寺の境内でタクシーが止まった。

(あっ!通り過ぎた時に見たのは紛れもない正治だった。それも女と……)


 そうなのだ。そこには美しい女と正治が同乗しており、隠れて見ていると正治がタクシーから降りるところだった。


(こんな夜遅くまで女と一緒という事は不倫?)


 こうして…知子は夫の行動を尾行するようになって行った。

 学校に車を停めて見張っていると、決まって美しい先生と行動を共にしている事が分かった。


 そんなある日決定的な瞬間を見た。学校を別々に出た2人は学校から離れた公園で会い、そこで激しい抱擁とキスをしたのだ。そして何と……その後2人は誰に観られるか分からないので、距離を置いて歩きながら旅館の前まで来ると、手を握って旅館に消えた。


(私が子供が出来なくてイライラしているというのに、正治は先生と不倫をしていた。絶対に許せない!💢💢💢)


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「あなた私は見たのよ。あなたが学校の先生と一緒に連れ込み旅館に入るところを……許せない。今すぐあの女と別れて!そうでなければあなたが一番欲しい出世が出来ないようにしてあげるわ。お父様に言いつけるから💢💢💢」


「只の出来心だよ許してくれ。金輪際あの先生とは会わないから。嗚呼……それから……あの先生ご主人様の都合で愛知県にもうすぐ帰るから。だから一時の気の迷いだ。許してくれ!もう絶対に会わない」


 この結末はとんでもない方向に向かう









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