第19話 恋の行方


 海斗の曾祖父正治青年は、終戦直後の引き揚げ船の中で一際美しい女を見てビビビッと来た。そして知らず知らずのうちに目で追っていた。


 あの戦争直後の引き揚げ船の中は酷いもので、人を人とも思わない、まるで物でも詰め込むように雑魚寝状態だった。そんな中、船の揺れで眠り付けない正治は美しい親子に目が行った。


 娘がトイレに行きたがったからなのか、母と娘が一緒にトイレに行き娘を送り届けた後、母親がトイレをして出てきたところを、数人の若者が強引にその美しい女を引きずりデッキに連れ出した。そこで女が嫌がるのも聞かず着物を剝ぎ取り集団でレイプをした。


「キャ――――――――ッ!ナナッ何をするのですか!ヤヤヤメテクダサイ!」


「ふっふっふっオイ!やっちまおうぜ!」


こうして…交代でたらい回しにされて、何とその後海に投げ捨てられた。


 ”ドッブ――――――――ン”

 

 するとその後、懺悔の気持ちどころか、反対にうすら笑いを浮かべた後集団は寒いので船の中に入った。

(何という酷い奴らなのだ!)

 あの時代北海道には、どうしようもない人間の皮を被ったクズが少なからずいた。


 隠れていた正治は慌てて海に飛び込み、行き絶え絶えの女を目の前に見える島に救出した。こうして…やっとのことで2人は北海道に渡ることが出来たが、その後別々の人生を歩み始めた2人だったが、ある日その女から1通の手紙が届いた。


 あなた様のお陰で体も回復して、縁あり良縁にも恵まれました。北海道にお立ち寄りの際は是非ともお会いしとう御座います。お会い出来る日を楽しみに……


 この様な形式的な結婚の報告の手紙を貰った時は、憧れの女性がまた1人手の届かない存在になってしまったと、少しガッカリしたが、それでも仕事に追われてそれどころではなかったので、すっかり忘れていたが、再開して見て、あの当時の思いが沸々と湧き上がって来た。


 苦労したのか、少し老いたが、それでも…人間の深みが増したハルは十分に魅力的だ。現在静子先生が22歳で正治が31歳そして…ハルは40歳だ。


 確かに若い静子はハツラツとして美しいが、少しくたびれてしまったきらいはあるが、少し影のある憂いを含んだ母ハルも十分に魅力的だ。それに比べて婚約者の知子は魅力の欠片も見当たらない。



 それではどうしてそのような女性と婚約したのか?

 実は…知子は教育行政のトップ教育長の娘だった。当時江東台中学でいじめが原因で自殺未遂事件が起こり、この事件で校長と担任教員は移動させられた。そこで…その時いじめられていた生徒の部活の顧問だった正治が、急遽教育長宅に事件のあらましを報告に行った。


 その時お茶を運んできたのが、年頃の教育長の娘知子だった。元々高身長でイケメンだった正治を、一目見るなり夢中になってしまった知子だった。


 正治の家系は家柄も江戸時代に家康に仕えた家老の家柄で、正治自身も優秀で同期よりも早く昇進試験に合格していたことから、教育長もおへちゃな売れ残りの娘を貰ってもらえればと及第点を出した。


 そこで…早速校長に話が行き、有無を言わせぬ形で婚約と言う形になってしまった。

 それでは正治はこれだけイケメンで優秀だったら、恋をする機会はいくらでもあった筈だが、31歳まで結婚しなかったのにはどういう事情があったのか?


 実は…同じ東京で正治はハルにそっくりな女性を見ていたのだ。


 そこで…ハルにそっくりの女に会いたくて、会った場所に幾たびと足を運んでいるが、巡り合わなくてこの年齢になってしまっていた。


 それだけ今でもハルの事が忘れられないのだ。


 正治の家が東京都渋谷区。そして静子は正治の隣の区で中野区に住んでいる。区役所職員の養父と専業主婦の養母と幸せに暮らしていた。養父は区役所の職員で自慢の娘静子と妻3人でいろんなイベントにもよく連れだしていたので、正治と幾度となくすれ違っているかも知れない。それは静子が年頃になってからも変わる事は無かった。


 だから……正治が見ていたのは多分静子だったのだと思う。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 正治はやっと教員になれて、今まではハルの事は記憶の片隅に追いやられていたが、就職先も決まった途端またしても頻繫にハルの夢を見る。


 どうしてなのだろうか?確かにハルを見た時は体中電流が走り、体中が焼け焦げる程にビビビッとは来たが、その後男たちに、たらい回しにされている姿を目撃して置きながら、助けに行くことが出来なかった弱い自分を責める懺悔の気持ちと、綺麗な花がくちゃくちゃにハサミで切り刻まれるような姿を目の前に、それが生身のそれも一瞬で恋に落ちた女であれば、それはもはや再生不可能で、汚らわしくもきたなくて、正治には到底見たくもない汚れた花になってしまった。


 花であれば水にさせばまた花は生き返る。でも生身の女が男たちによって汚されてしまった現場を見てしまった以上、もう正治にはハルは女として再生不可能なのだ。だから……あの時激しい恋と同時に、汚れてしまった花を一瞬で自分の中で抹消させたかったが、そうはいかずに海に飛び込んだという事は、それでも…ハルを追い求めるだけの情熱が残っていたという事だ。


 それだけ正治にとってはハルは忘れられない魅力的な女性なのだ。


 それが証拠に、ハルと別れて以来いろんな女性を見てきたが、ハル以上に魅力的で美しい女性には遭遇していない。


 そんな時にハルから短い走り書き程度の手紙が届いたが、手紙を貰った喜びと、結婚報告の手紙に、またしても地獄に突き落とされる思いだった。 


 そうなのだ。結婚した事を知ってガッカリした正治だった。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 心ここにあらずの婚約者正治を以前から不満に思っていた知子であったが、今回の北海道旅行でハッキリと分かった。正治は本当は私など愛していないという事を。只々出世を目論み、父が教育長なので知子との縁談に、GOサインを出しただけのことなのだという事を……。


「正治さん北海道旅行に行こうと誘って下さって本当に嬉しかったわ。でも……何よ。あんな先生と一緒じゃ2人きりに全然なれないじゃないの。あなたときたら静子さんとばかり話して、そして折角北海道に来たというのに今度はもう1人加わって、結局2人の女性と一緒に長い時間を一緒に居たかっただけじゃないの。まるで……婚約者の私の事なんか忘れて2人の女性ばかり見詰めて……異常としか思えなかったわ。あなたはあの2人の女性を見つめる目はそれこそ……憧れ、宝物を見る目なのよ。私にあのような眩しい目で見詰めてくれたことあった?わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


「それは……それは……知子の考え過ぎだよ。俺は母を探している静子先生を気の毒に思い、お母さんに合わせてあげたかっただけだよ」


 でも正治は婚約者知子が言っていた通り、知らず知らず自分の心が2人の女性に傾いている事を、その時はまだ分かっていなかったが、今ハッキリと分かった。


「きっと僕はハルを追い求めていたが、ハルが結婚した事で強いショックを受けたが、ある時ハルとそっくりな女性をこの東京で見かけて、やはり僕にはハルさんしかいない。そう強く思ったが、今は婚約者もいる身だ。普通に考えれば知子との結婚が一番理想的である。教育長の義父が居れば出世は保証されたも同然。知子と結婚して一方で愛する女とコッソリ会って、愛と出世両方を手に入れたら良いだけの事!」


 それでも…ハルを愛していると言ってもハルは北海道にいる。


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