第17話 曾祖父正治青年


 海斗の曾祖父正治青年は 樺太の戦い(1945年)の当時19歳で、ロシアの追撃で戦線に赴いていた。当時10歳の静子の母が強姦されて海に捨てられた姿を、目の当たりにしていた可能性は十分に考えられる。


 この時ソ連軍が南樺太に侵攻し、日本軍との激しい戦闘が繰り広げられたが、この戦いの影響は千島列島にも及び、特に占守島の戦いでは、日本軍がソ連軍の侵攻に対して抵抗した。


 戦争終結後、千島列島はソ連の領土として編入され、千島列島の住民は、戦後ソ連の支配下に置かれ、多くの日本人住民が千島列島から追われて本土へ引き揚げさせられた。

 この時船で千島列島から北海道に渡っていたのが、母ハルと静子だった。


 その時一際美しかった母ハルは、標的にされて日本兵数人に強姦されて海に投げ捨てられたと思っていたが、実は…それは間違いで日本兵のあの海斗の曾祖父正治青年が母ハルを助けたのだった。


 北海道開拓で多くの移民が北海道に渡った。日本各地から1880代の明治時代中期から大正時代に及ぶ30年もの間に、北海道に渡った北海道開拓移民の中には、本土を追われ北海道に渡ったならず者や犯罪者の他、賊軍なども少なからず居た。


 後で分かった事だが、兵士が静子の母を強姦したのではなかった。そして…この時に兵士として船に乗っていたのが海斗の曾祖父正治青年だった。


 この時千島列島からの引き揚げで、静子の母ハルと静子は船で雑魚寝状態だったが、夜中にトイレに立った時に、数人のガラの悪い若者に囲まれて船のデッキに無理矢理引きずられて行き、そこで…集団で強姦された挙句、海に投げ捨てられた。


「なな何をするのですか?キャ――――――ッ!タタッ助けて―――ッ!」


 ”ザッブ――――――――ン”


 その様子を見ていたのが、正治青年だった。慌てて海に飛び込み衰弱しているハルを救出した。


「大丈夫ですか?今僕が目の前に見えるあの島まであなたを連れて行きます。それまで少し大変でしょうが、頑張って下さい」

 

 以前は日本語とは全く異なる言語を話していたアイヌ人だったが、明治になってアイヌの人たちは、言葉や習慣を本州の人たちと同じようにさせられ、学校でも日本語を教えさせられたので、だんだん日本語が話せるようになって行った。


 ハルは衰弱していたので多くを話せない。

「あ り が と う」

 そういうのが精いっぱい。


 こうして…千島列島の連なる遠くに見えてきたシムシル島まで泳いで何とか島に到着出来た。暫く休み、この島でどうしようかと途方に暮れているとハルが話し出した。


「私この島に仕事でよく来ていたから知っている人もいるわ」

 この島は日本人も住んでいる交易の拠点でもあったのでハルは安心したが、疲れてそれどころではない。まだ夜も明けない真夜中だ。正治も疲れ切っている。するとハルが言った。


「もう少し休みたい」


「そうだ。僕もだよ」


 初夏だというのに北海道の果てにある島々千島列島は寒い日が続いていたが、こんな真夜中だというのに今夜は噓のように暖かい。2人は疲れ切って砂浜で話すのも早々に疲れてしまって眠りについた。どのくらい眠っただろうか、辺りが白々と明けて明るくなってきた。


 するとその時誰かが正治に話しかけて来た。色んな地方からの移住者の寄せ集めの北海道は全員が北海道弁を離す訳ではない。代が代わったと言っても1代~2代目くらいだ。この時代は出身地の言葉を話す人たちも少なからずいた時代だ。


「オイ!風邪ひくぞ」

 そう言われて目が覚めた2人だった。


「それから……お2人さんも道内に移らないといけないから、僕に付いて来たまえ!」


 その中年の男は夜釣りに出ていて、家に帰るところを2人と遭遇したのだった。1人者で時間が空くと明け方まで魚釣りをする習慣になっていたが、シムシル島から追われて道内に移らなくてはいけない。シムシル島最後の魚釣りを楽しんで歩いていると、明け方だというのに死人のように2人が並んで眠っているので、心中事件かと思い話しかけた。


「今日11時に船が出るからそれに乗って北海道に渡りましょう」

 こうして2人は無事北海道に渡った。ハルは娘静子と再会できるのか?

 一方の正治青年は親元東京に帰らなくてはいけない。


 だがこの2人には意外な結び付きが起こる。




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