第13話 ナミは何処に?


 2人は今日は夕日の綺麗な草原に馬にまたがりやって来た。愛し合う2人は一緒にいれるだけで十分幸せだ。


「僕はね屯田兵として仙台からやって来たんだ。仕事は本当に大変だが、ナミと会えて幸せだよ」


「私だって隆之介に命を助けてもらえたのだから、隆之介との出会いはとても大切な事だわ。それでもなまりが全然無いのね?仙台の人とも話したことがあるけど凄いなまりが酷くて全然意味が分からなかったわ」


「わっはっはっは!😄そうだよね。この北海道には屯田兵は日本各地からやって来ているから、いろんな人たちを知っているよね。嗚呼そうなんだよ。僕の父は元々横浜村出身なんだ。だからなまりがないんだよ。縁あって伊達藩の藩主に可愛がられて家老の一人として引き立ててもらい仙台に来たのさ」


「そうだったのですね」


「ところで…君はどこの県から北海道に来たんだい?」


「私近江商人の娘です。松前藩の御用商人なので家族も北海道支店に移り北海道を拠点にしているのです」

 ナミは最初のうちは和人を見るだけで背筋が凍る思いだったが、この隆之介だけは違う。だから…隆之介にはアイヌ人だとは思われたくない。和人との生活環境や教育レベルが天と地ほど違うことは分かっていた。だから…絶対にアイヌと思われたくない。


 ※御用商人: 認可を得て、宮中・幕府・諸大名などに用品を納入する商人。

 

 ※北海道(蝦夷地)には早くから近江(滋賀県)商人が進出しており、松前藩の御用商人となって莫大な利益をあげていたが、やがてこの地の豊富な物産に目を付けた新興の商人も進出してきた。近江商人が松前近辺を中心にしていたのに対し、新興商人は奥地まで稼ぎ場を持ったのを特色としたという。


 「何というお店だい?」

 ナミは咄嗟に嘘を付いたので答えようがない。

「基本行商(特定の店舗を持たず商品を顧客がいるところへ運び販売をする小売業)なので……もういいじゃないの深い話は…ちょっと…まだ知り合ったばかりだから…そんな話止めましょう」

 ナミは本当はアイヌ人なのに、嫌われたくないので嘘をついていた。深く知られたくないのにしつこく聞いてくる隆之介にうんざり気味だ。


「嗚呼……ごめん!ごめん!それでも…最初はアイヌと思って警戒していたけど…やっぱり違っていたんだね。ナミは日本語がペラペラだから違うと分かったけど、アイヌは日本人とは全く違う言葉を話すらしいから……」


 するとナミが悲しそうな顔をした。隆之介はこれだけ上手に日本語を話すのだから間違いなく日本人だとは思ったが、ナミの表情を見てひょっとしたらという気持ちになった。


「ナミ…いずれは僕のお嫁さんになって欲しいんだ。だから…全てが知りたい」


「本当に…嬉しいわ」

 2人シルエットが夕日に照らされ重なり合い口づけを交わした。


 こうしてやがて2人は結婚を約束した。だが、法改正の元アイヌは日本人の「旧土人」と表記された。もうすでにナミは戸籍上日本人となっていたので表だった反対はなかったが、戸籍に士族・平民・新平民などといった族称は記載されていたため、ナミの戸籍にはアイヌである「旧土人」と表記されるのでアイヌであるとバレるのは時間の問題だ。


 それでも…ナミはどんなことをしても隆之介と結婚したい。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 北海道移民者の中には囚人や流れ者と言った荒くれ者もいた。また人に言えない事情。例えば多額の借金を抱えて内地に住めなくなった人や、農家の末の子供で親から田畑や財産をもらえなかった人など、さまざまなことを背負っている人の割合も少なからずいた。


 あれ以来ナミと隆之介はすっかり打ち解けて、時間が空くと北海道の大地を馬にまたがり出かけていた。ある日海の見える場所まで出かけた2人は、そこで切り株に座りナミの作ってきたお弁当を食べていた。


 ナミは和人がどのようなものを好むか熟知していた。なんと言っても首長の孫なので材料は山ほどある。おにぎりの中に鮭を入れてのりで巻いたおにぎりと、卵焼きに昆布巻きや煮しめなどを弁当に詰め、隆之介のために朝早くから起きて作ってきた。


「嗚呼おにぎりが鮭がたっぷりでとっても美味しい。ありがとう」


「ふっふっふ!喜んでもらえて嬉しいわ」


 おなかも満たされた2人は、一緒にいるだけで幸せだ。あれだけ和人を避けていたナミだったが、いつの間にか隆之介の事で頭の中が一杯になっていた。


 隆之介は知的でクールなイメージだが、腹の中が読み取れない謎めいた雰囲気の男だ。ナミは一見冷たそうだが、ナミにだけは計り知れない愛情を示してくれる隆之介が大好きだ。


 2人は手をつなぎ海沿いをどことなく歩いた。その時に2人は目の前にかやぶき屋根の今にも倒れそうな空き家を見つけた。


 隆之介は、今この美しいナミを自分のものにして置かないと絶対後悔すると思った隆之介は、その空き家に手を引いてナミを連れて中に入った。


 かやぶき屋根の空き家の中は、太陽が燦々と照り付ける初夏だというのに、ひんやりしていていて薄暗く余りの外とのギャップに、別の場所に空間移動したような感覚にとらわれた。

 隆之介は付き合い始めて半年以上過ぎたが、今回初めてナミを抱きたいと思った。それはナミと隆之介の気持ちが1つだとハッキリ分かったからだ。


「ナミいいだろう。ナミは俺だけのものだ。誰にも渡したくない」


 そう言うとナミの着物の紐をソーッと解き言った。


「私だって隆之介だけよ」

 唇を重ね体が重なり合った。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 2人はどのくらい愛し合っただろう。その後は若い2人は海に飛び込み戯れながら初夏の休日を満喫した。


 だが、このあと予期せぬ事件が2人に起きる。


「ナミどこに……どこに……行ったんだよ?」


 隆之介とナミは遊び疲れ隆之介は少し泳ぎたくなった。そこでナミを少しの間砂浜に残して近くの小島まで泳いだ。そして戻ろうとしたその時、海岸沿いで数人の男がナミを強引にさらっていくところだった。


「急いで戻らないと!!!」


 ナミの 消息が杳 として知れない。一体どこに……



※「アイヌ民俗の『日本国民』への編入という問題は、一八七一(明治四)四月四日公布の戸籍法(翌二月一日実施)によって、新たに『平民』として戸籍に登録する過程においてであった。」

「北海道において和人の戸籍が完成するのは一八七三年(明治六)年、アイヌの戸籍が完成するのは一八七五年~七六(明治八~九)年頃とされている」


「第二は、創氏(朝鮮にはまったく存在しなかった「氏」を朝鮮人に強制的につけさせたのが「創氏」の始まり)の強制である。戸籍への登録に際し、創氏し、しかも和人風の姓氏を名乗るように強要していることである。これは根室支庁の例であるが、他の支庁にあっても同じであったものと見られる。」


「壬申戸籍への登録の際、アイヌ民族が創氏を強制された」「アイヌ民族の戸籍への登録による「日本国民」への編入過程で、創氏に加え改名もまたより積極的に進められていった」


 江戸時代の宗門人別帳が身分別であったのに対し、壬申戸籍は国民を居住地において登録するもの。つまり、華族・士族・平民の別なく、戸を単位として戸主を筆頭に、直系尊属(ちょっけいせんぞく:父母・祖父母)・戸主の配偶者・直系卑属(ちょっけいひぞく:子・孫・ひ孫)・傍系親(ぼうけいしん:兄弟姉妹・従兄弟)の順に記載。さらに、新しく規定された本籍・氏名のもと、出生・死亡・結婚・離婚・養子縁組といった内容も記載された。


 ただし、士族・平民・新平民などといった族称は記載されている。しかし平民身分の記載に関して差別が見られ、これを悪用する事例がその後続出。1968年(昭和43年)以降、壬申戸籍の閲覧は全面的に禁止された。



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