第12話「キムンカムイ」(山の神)


 とんでもない場面を見せられてしまった隆之介だったが、あれは風習なのか何なのか分からないが、あり得ない現場を見せつけられた隆之介は、あれ以来あの場所を探し当てようと、頻繁にうろうろ彷徨い歩いている。


 只々小鳥のさえずりや美しい野山の赤や黄色に色づいた景色を、目に焼き付けながら当てもなく歩いていたので、その場所がどこだったのか全く把握できない。


(あんな変わった儀式は日本では聞いたことがないので、やはりアイヌと見なすのが妥当だろう。かと言って同僚にアイヌと知り合いになりたいので、アイヌのいる場所を教えてくれともいえない)それは同僚に白い目で見られるのを恐れてのことだ。


 それでも…アイヌ民族がいることは上司から兼ねがね聞かされていたが、まさかあれだけ気品のある少女がアイヌとは思えない。それも一度会っただけなのに、仕事が終わると考えるのはあの少女のことばかり。その思いは日増しに強くなり、それこそ密かに嫁として向かい入れたい気持ちまで湧き上がっている。


 でも…確か若い男が一緒だった。そう思うと足が引けるのだった。


(…一緒に居たのは「思人」だろうか?)


 悲しくなる反面、新たな気持ちが湧き上がってきた。


(それでも…そんなことを言って何も行動に移さなかったら何も生まれない)

 そう思い度々あの場所を求めて彷徨い歩く隆之介であった。

 そんなある日とうとうあの時の少女を見つけた。


「嗚呼この前お目にかかりましたね?ここで何をされているのですか?」


「XXXXXXX XXXXXXX XXXXXXX」


(嗚呼やっぱり通じない)

 全く会話にならないので身振り手振りで自分の気持ちを伝えようと考えた。


 そこでまず最初に(君は誰?)と身振り手振りで聞いて見た。

 するとその少女が一言言った?

「ナミ」

 そこで今度は自分を指して「隆之介」と言った。

 先ずは大きな収穫名前が分かった。

 

 そこで今度は上司からアイヌ民族が存在することを聞かされていたので、早速聞いて見た。

 指をナミに指して「アイヌ?」と聞いてみた。

 するとその少女は首を横に振った。

「嗚呼…良かった」

 仲間達がアイヌのことを低俗な民族だと言っていたので、アイヌではないと聞いて内心安心した隆之介だった。こうして美しい少女ナミが、アイヌではないと分かって吹っ切れた隆之介は、休みが出来ると頻繁にこの場所にやって来た。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 実はナミは日本語が話せたが、敢えて日本語が出来ないふりをしていた。


 ナミは首長の孫で和人との交易の様子を見て知っていた。

 主な交易品としては、アイヌ側はクマやシカ、サケやアザラシなどを中心に狩猟や漁猟を行い、山菜を採取し、動物の毛皮や木や草の繊維などからさまざまな衣服をつくっていた。クマやラッコなどの獣の皮、昆布や干し鱈などの乾物、また美しい刺繍や木彫りが施された工芸品などといったアイヌの生産品は、日本を中心に各地で取り引きされていった。


 そして日本語もいつの間にか見様見真似で知っていたが、それでは何故隆之介と日本語で話さなかったのか?


 そこには長い和人との悲劇の歴史が繰り返されていた。アイヌ民族の未婚既婚に関わらず若い女達が幾たび和人に強姦されてきたことか。


 だから…和人を見ると咄嗟に恐怖心が沸き、心を閉ざしてあのような行動に出た。


 そんなこととは露知らず、隆之介は周りが既婚者ばかりで独り身の寂しさに耐えかねて、ナミに近づいた。逃げるナミを追い掛ける隆之介。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 休みが取れると相変わらずあの場所に、30分以上もかけて逢いにやってくる隆之介だった。


 一方のナミにしてみれば迷惑極まりない。あの場所は春から秋にかけて山菜が多く採れるので兄と一緒に馬にまたがり山菜採りにやってきていたのだ。


 それなのに行く先々に現れ迷惑極まりなく思っているナミだった。今日も山菜や栗にアケビを取ろうと馬にまたがりアイヌ部落からやって来た。


 するとその時草陰から熊が現れた。熊は11月〜翌年4月の5〜6か月冬眠する。その前に腹ごしらえをして冬眠に入るのだ。


 クマに人間がいることを知らせるために鈴をつけたり、空き缶を叩いたり、そばにある木を棒で叩くなりして追い払うらしいが、この熊は逃げるどころかナミ目掛けて襲ってきた。


 そこで熊はヘビを嫌がるので太い紐を熊よけのために持っていたので、熊の目の前に投げたが、それでも逃げない。そこでナミは自分を大きく見せるようにしてから、手に付けた鈴を必死に振って追い払おうとした。


 ”りんりん” ”りんりん” ”りんりん”鳴らし続けた。更には側にあった棒を拾いビュンビュン振り回したが逃げない。そこで今度は大木を棒で思い切り叩いた。


 ”バンバン” ”バンバン” ”バンバン”

 それでも全く動じずナミ目掛けて襲ってきた。


 一方の隆之介は時間が空けば考えることはナミのことばかり。今日も馬にまたがりナミを探し続けていると、鈴の音と大木を叩く音が響いてきた。そこでこれは何事かと思い、慌てて音の鳴る方向に向かった隆之介は、今まさに熊に襲われそうになっているナミの姿を見て、慌てて軍用銃を熊目掛けて発砲した。

 ”バン” ”バン” ”バン”


 すると巨体な熊がバタリと倒れた。

 特にこの時期熊が冬眠に入る時期は、凶暴さが増す事を熟知していた隆之介だったので、肌身離さず軍用銃を常備していた。銃を使用して熊を射止めた後、近づいた際に仮死状態だった熊が、突然襲いかかるという危険な状況もあるので近距離でトドメを刺した刺した。


 ”バン” ”バン”

 こうして完全に息絶えた熊にやっと安心した隆之介はナミに近づいた。


「あっ大丈夫ですか?」

 心配してナミに近づく隆之介。

「嗚呼……怖かったわ。死ぬかと思ったわ…ぅうううっ( ノД`)シクシク…」

 隆之介は恐怖で震えるナミをそっと抱き寄せた。

「僕がついていますからもう大丈夫!」

「ありがとうございました。( ノД`)シクシク…」

 尚も恐怖で泣き続けるナミを心配そうに見詰める隆之介。

「さあもう大丈夫です。熊は死にました。あれー?ナミさん、ちゃんと日本語話せるじゃないですか。本当にびっくりしました。熊がナミさんに至近距離まで近づいてきたので心臓が止まる思いでした」

「本当にありがとうございました」


 この事件以来ナミは隆之介のことを、今までのような暴虐の限りの尽くす和人とは全くの別物と捉えるようになり、2人は急接近して行く。



 アイヌ民族はイオマンテという儀式を行う。

 イオマンテは、ヒグマを「キムンカムイ」(山の神)と呼び、 人間に肉や皮を恵む存在と見なし、ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界に送り帰す祭りを行う。

 ★若い世代の人々はご存じないと思うので一度「イヨマンテの夜」をご視聴いただければと存じます



 猟に出た先でヒグマに襲われた場合にも、アイヌの人々はこのように考える。


「クマに襲われたのは積悪の家系の人ゆえ、つまり、その家系が代々積み重ねてきた悪事ゆえに襲われたのであって、非は襲われた人の側にある」そして、襲われた人の一族は、その山のクマとは『気に合わない』ところがあると信じて、その後は他の山で猟をすることはあっても、クマとの相性が悪いその山では狩りをしなかったという。

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