第5話 アルバム



 海斗はあの少女を見てからというもの時々夢を見るようになっていた。きっと今まで一度たりともあのような衝撃を受けた事がない燃えるような恋。恋焦がれて頭から離れない身をやつすほどの、激しい恋をしてしまったのだと思う。


 その映像は日に日にハッキリと克明に映し出されて、最終的に会ったあの日の少女にそっくりの少女となって夢の中に現れている。それくらい夢中になってしまった。


 まだ高校生で話したこともない一瞬通り過ぎただけの少女に、何故この様な感情が沸き起こってしまったのか?


 それは……愛知県に住んでいる時に親戚のおじさんの家に行った時の事だが、その時はどういう理由からその写真を見せられたのか分からないが、1枚の写真を見せられたのだ。その写真こそ、あの竹下通りで会った身をやつすほどの激しい恋をしてしまった、あの美少女にそっくりの少女だったのだ。


 ◀◁◀◁◀◁◀◁


 もしヒントがあるとするならば、あれだけ愛妻家だった父が、夜遅く帰宅するようになった事にあると思う。その頃から母とのいさかいが頻繫になった。


 どうしてそう思うのかと言うと、実は…僕はその頃の記憶を思い起こすことが遂にできたのだ。夢の中で見た1枚の写真を見せられたが、あれは何も僕に見せられた訳ではなかった。


 あの時僕は父と一緒に叔父さんの家に行ったのだが、記憶の断片に父と叔父さんの言い争いが見て取れた。

 僕はその言葉をハッキリ思い出すことが出来ないのだが、きっと幼過ぎて思い出せないという事だ。それから察するに僕はその時3歳ぐらいだったのだと思う。


 只……叔父さんの恐ろしいまでの怒りに満ちた表情は、幼い記憶に刻み込まれている。


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 竹下通りで出会った少女に一時は首ったけになったが、大学受験に追われそれどころではなかった海斗だったが、 猛勉強の末見事第一志望の名古屋大学工学部に合格できた。


 そこで…改めて時間が空くとやはり考える事はあの少女の事。どうしてなのだろうか?美しい女子学生を嫌と言うほど毎日目にしているというのに、やはり最終的にはあの少女の事が心に今でも熱く蘇る。


(そうだ。おじさんの家に行ってあの美少女の正体を明確にしよう。そうでないと前進できない気がする。記憶に残るおじさんの恐ろしいまでの怒りに満ちた表情には、何が隠されているのだろうか?)



 受験に追われてあの熱い情熱も鳴りを潜めていたが、やっとひと段落ついてあの少女の事を考える時間が取れたので、何度か訪れた事のある叔父さんの家をある日の休日に訪問した。


 ピンポンピンポン ピンポンピンポン


「あ~ら海斗君じゃないの。久しぶりね。名古屋大学に合格したんだってね。おめでとう。上がって!上がって!」


「ありがとうございます。おばさん」

 

 応接室に通された海斗だった。


「研二君は学校の先生になったんですよね?」

 研二は海斗の5歳上のはとこだ。名古屋にいた頃はよく遊んでもらった記憶がある。


「そうなのよ。今は港区の中学校の先生をしているわ。ところで急にどうしたの」


「ぅうううん???ちょっとね。おじさんに聞きたいことがあって……ところでおじさん今日いらっしゃいますか?」


「ああああ……仕事で疲れて眠っているわ」

 そんな噂が耳に入ったのか程なくしておじさんが起きて来た。


「おお……海斗じゃないか。立派になって。名古屋大学に合格したんだって」


「ハイそうなんです」


「家に訪ねて来るなんて珍しいね。ホームシックにでもかかったのかい?」


「イエイエおじさんに聞きたいことがあって」


「一体どんな話だい?」


「あのね?僕が3歳くらいの頃おじさんに見せられた写真があったと思うのだけれど……覚えていませんか?女の子の写真……」


「そんなことあったかい?もう20年以上も前の事だから覚えていないよ」


「僕ね。その時お父さんに連れられて来たと思うけど……おじさんが物凄い怖い顔していたんだ。それがどうしてなのか全く思い出せないんだ。何故その女の子の事が知りたいのかと言うと、僕の近所でそっくりの女の子を見たからなんだ」


 その話を聞いたおじさんは見る見るうちに顔色が変わった。

「おじさん何があの時有ったのですか?もしできることなら、その時の写真をもう一度見せて欲しいのです」

 

「その話は……その話は……もう終わった事だ。だから亮ともあれ以来その話はしていない」


「一体何が有ったのですか?あの時の事件の事はもうとやかく聞きません。だって僕がその時の少女にそっくりな少女に会ったと思っているが、ひょっとしたら全く違っているかも知れません。だから……その為にもお願いです。もう一度だけ写真が見たいのです。ともかく写真だけでも見せて下さい」


「分かった」

 そう言うとおじさんは二階に上がり暫く待っていると、古びたアルバムを持って現れ海斗に手渡してくれた。


「あっ!やっぱりあの竹下通りで会った少女にそっくりだ」

 

 いつも穏やかなおじさんの顔が恐ろしい顔に豹変した。


 過去に一体何があったというのか?


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 過去に遡ると北方領土問題が見えてくる


 太平洋戦争は1945年(昭和20年)年8月15日に終結したが、日本の領土であった千島列島と樺太南部では、侵攻してきたソビエト軍との戦いが続き、8月18日、千島列島の最北端・占守(シュムシュ)島にソビエト軍が上陸。終戦を知らされていた日本軍は武装解除をしているところだった。濃霧の中、戦車を使った激しい地上戦が繰り広げられ、日ソ両軍で約3,000人の死傷者が出た。停戦が成立したのは21日。日本兵は捕虜になりシベリアに抑留された。


 こうして…ソ連軍が日本国の領土である北方四島( 歯舞群島 (はぼまいぐんとう)、 色丹島 (しこたんとう) 、 国後島 (くなしりとう) 及び 択捉島 (えとろふとう )を占領し、現在にいたるまでロシアが不法に占拠をし続けている。これを北方領土問題と言う。


 1945年頃、南樺太と千島列島にはまだアイヌ民族が存在していたが、第二次世界大戦後の混乱やソ連による南樺太の占領により、多くのアイヌ民族が北海道へ移住することになった。


 その時に海斗の曾祖父正治青年は兵隊として、千島列島でロシア兵の追撃を阻止する為に潜伏していた。


 その過程でアイヌ女性はロシア兵に強姦され、虐待され、誘拐されて対象が未既婚者の区別が無く、出産適齢期の女性が多く、家庭崩壊をまねき、女性は自殺することもあった。だが、この鬼畜の所業はロシア兵だけでなく、その中には日本兵もいた。


 ここでどの様な事件が起きたかは定かではないが、後々禍根を残すことになる。


 




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