15がはじまる

・みすみ・

15がはじまる

 8月1日、今日はボクの15歳の誕生日。


 夕方帰ってきて、郵便受けをのぞいたら、何通かの封書ふうしょとチラシが入っていた。


 ドアを開けたとたん、キッチンから、思わずお腹がぐぅと鳴るような、いい香りがただよってきた。

 きっと、食卓の上には、ボクの好物ばかりが並んでいる。


「ただいま」

 リビングに入った。

「おかえりなさい、れい

 笑顔で出迎えてくれたママに、郵便物を手渡した。


 リビングは、大変身していた。

 壁には、折り紙で作ったチェーンがつたい、ハートや、星や、円盤えんばん型、色とりどりのバルーンが空間を埋めている。

 天井から吊り下がっている、あのバレーボールほどの大きさの物体は、くす玉か?


 いくらひとりっ子でも、特別感がすごすぎる。

 ボクは、はっとした。

(今日が、、なのかな)


 ママは郵便物をけている。

 ボクは、ボクとよく似ていると言われるママの横顔をじっと見た。


 37歳とは思えない、きめの細かい白い肌に、アーモンドのような瞳。くり色の天然ウェーブの髪を、後ろでゆるく一つくくりにして、空色のシュシュをつけている。

 実に可愛い。


 目のかたちが似ているね、と言われる。でも、ボクの瞳は、青みがかっている。

 ものごころつく頃から、できるだけ短くするようにしてきたボクの髪は、ツヤツヤで真っ黒だ。


 ボクは、じんわりと浮かんだ汗をにぎりしめる。

「パパは?」

「お風呂よ。おめでとうの横断幕おうだんまくを作っていたら、よごれちゃったんですって」

 そのとき、足もとから、にゃーと、のんきな鳴き声がした。


「クロエ」

 一学期さいごの日、道端みちばたで、ケガをしてうずくまっていた黒猫だった。

 首輪はなく、放っておけずに連れて帰って、ねだった。今年の誕生日プレゼント、ほかには何もいらないから、この子を飼わせて、と。


 ふたりとも、とても真剣にボクに確認した。

「何があっても、さいごまで、玲が責任を持つのよ」

「途中でやめられないんだよ」

 思えば、あれは、ボクへの暗示だったのかもしれない。


 ママに似ていると言われるボクは、性格や仕草しぐさ、絵が上手うまいこと以外に、パパに似ていると言われたためしがない。

 

 パパは、ねぼけたカバみたいな顔をしている。

 後退しかかった髪は、鳥の巣のようにもじゃもじゃだ。

 コミュ障で、時々キレるが、ママとボクには、とことん甘い。


 誰もが思う。パパとママでは、あまりにも釣りあっていない。


 でも、ボクの家は、幸せであふれている。

 たとえ、16年前にママがマチガイをおかしたことがあったのだとしても。

 パパとママが、ボクという命を見捨てず、きずいてきた日々は、優しくとうといものであったと、ボクだけは断言できる。


(だから、何を告げられても大丈夫)

 ボクは、ずっと心構こころがまえをしてきた。

 いわゆる、出生しゅっせいの秘密が明かされる日が来ることを。


「玲、おかえり」

 風呂上がりのパパが、のっそりと現れた。

「ただいま」

「さあ、パーティーよ! そのまえに。これは、玲へのお手紙ね」


 けを終えたママが、金のふちりの入った白い封筒をボクに渡した。

 ボクてだが、差出人さしだしにん名がなかった。

 ボクは、びりびりと手で封を切った。

  

 突如とつじょ、封筒の中から、まばゆい光があふれ出した。


「キターっ」

 ママが歓声を上げた。


「これが、世界魔法少女協会せかいまほうしょうじょきょうかいの認定レターか」

 パパが、ふつうに感心している。


「そうよぉ。ママの時と、同じ」

 ママが聞き捨てならない台詞せりふく。

「おっと、横断幕。ママ、手伝ってくれないか」

 パパとママが、いそいそと、白い布を広げた。


『Happy Birthday & 魔法少女認定おめでとう』


「何これ」

 ボクは呆然ぼうぜんとつぶやく。


「実はね」 

 神妙しんみょう面持おももちで、ママが口を開いた。

 5分後、ボクらは食卓についていた。ボクは、心を落ち着けようと、クロエをひざいている。


「ママ、15歳のとき、1年間、魔法少女をしていたの」

「天使みたいだったよ」

「それで、悪の組織と戦ってたの」

「鬼みたいに強かったさ」

「というわけで、1年間よろしくニャー」

 膝の上から、聞き慣れない声がした。


 ボクは仰天ぎょうてんして立ち上がる。クロエが、素早く床に着地する。

「気をつけて。クロエは大事だいじなナビゲーターよ」

「ナビ!?」

「魔法の使い方や、敵の居場所を教えてくれるわ。ママは、そうして、組織の幹部かんぶのパパと出会ったのよね」

 ママがウィンクする。


「……なんて?」

「ほら、パパって、 にんならぬあくでしょう」

「でしょう、とか言われても。ていうかさ、この人、なに!?」

 ボクはママの隣に座る男に指をさす。

 男は、つやのある闇色やみいろの髪に、こおった湖のような青い瞳をしていた。絶世ぜっせいのイケオジである。


「なにって、玲のパパじゃないか」

「いやいやいやいや」

 ボクの全力の否定をスルーして、ママと男とクロエは、うきうきと会話を続ける。


「やっぱり、属性ぞくせいの勝利かしら」

「抜け悪✕元魔法少女だしなぁ」

「ボクっなのも強みだニャー」


 絶句するボクを、ママがはげます。

「ご褒美ほうびもあるのよ。1年間頑張ったら、好きな魔法を一つもらえるの」

「……まさか。ママがもらった魔法って」

 ボクはおそるおそる男を見た。


「もちろん、認識阻害ブサイクにみえる魔法よ。パパに悪い虫がつかないようにね。ママ、浮気なんて絶対に許さないんだから」


 15歳の誕生日。

 ボクは出生の秘密を知り、そして、魔法少女になった。

















 

 

 




 












 

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