夢を見ているだけじゃダメなんだって
第83話
月宮さんとキスをした。
翌日、月宮さんが学校を休んでいた。
その日の放課後にビデオ通話をしたら、月宮さんが泣いていた。
この一連の流れから気付いた。
私が月宮さんを泣かせた。
どうして泣かしてしまったのかとかを考えるよりも前に、私の体は動いていた。
ビデオ通話を切ることすら忘れて、部屋を出て、玄関を出て、走って、走って、走って、息を切らして、呼吸を整えて、月宮さんの家に着いて、呼吸を整えて、インターホンを押して、それで‥‥そこからは少し記憶が曖昧だった。なにをしたのかは覚えているのだけれど、なんでそんなことをしたのかは全くわからないみたいな不思議な感じだ。
どうして月宮さんにキスをしたのかも、そのあとに続いた言葉の意味も、自分では全くわかっていないけれど、無意識にそれが今やるべきことなのだと思っていた。
これらの私の言動が上手くいったのかはわからないけれど、そうして今、私は―――月宮さんの抱き枕になっている。
「ゆ~めのっ」
弾んだ声が耳元をくすぐってくる。
ぎゅうっと抱き締められてしまっていて、私の体の震えが直に月宮さんに伝わってしまう。
どうしてこうなったのだろうか。
玄関でキスをしたあと、月宮さんからぎゅうっと抱き締められて、それでそのまま手を引かれて部屋に向かった。そして、流れのようにベッドの上で私は彼女の抱き枕になっている。
「夢野はさ~、私の頼み、どのぐらいまで聞いてくれるの?」
上機嫌な声が頭上から聞こえてくる。
私の顔は月宮さんの胸に埋められているから、顔は見えないけれど答える。
「どのぐらいって、具体的に?」
「う~ん」と唸って考えているみたいだった。少しして、思い付いたように「あ~っとね」と言いながら私の腰を抱き寄せる。
「えっちなこと、とか」
えっ‥‥ッ!?
それってど、どういう意味だろうか。
手を繋ぐとか、抱き締めるとか、ここら辺はまだえっちじゃない‥‥はず。
キスは‥‥キスも、友愛の意味とかもあるし、えっちじゃない‥‥?
その言葉の意味を模索していると、沈黙と見なされたのか月宮さんが言う。
「黙んないでよ。なんか、許してくれるみたいじゃん」
許す‥‥いや確かに、私はそういうことでも月宮さんなら許してしまいそうな気はするけれど、‥‥って、そうじゃない。
月宮さんは私にそういうことを求めているのだろうか。
「夢野、顔真っ赤」
そう言われて更に赤くなる。
「見えてないのに、嘘つかないで」
「ええ~、夢野の熱を胸にめっちゃ感じるけど。それでも赤くないの?」
絶対に赤い‥‥けれど、黙ることにした。
月宮さんは私の熱を感じるように更に強く抱き締めると、笑った。
「あっはは、冗談冗談。そんなことしたらただのセフレだもんね」
セフ‥‥ッ!?
セフ‥‥レって、そういうことをしちゃう友達ってこと? じゃあやっぱり、月宮さんの言うえっちなことって、そういうことってこと?
月宮さんは私とそういうことをするってこと? いや、そうじゃなくて、しないけど、いやするかも? 違う違う。からかってるだけだって夢野、勘違いすんな!
思考と月宮さんの胸の中で自分と格闘していると、後頭部の方からピロンッと音がする。それはスマホの通知音で、月宮さんは右手で私の腰を抱きながら左手をスマホに伸ばした。
「瑠璃からだ」
瑠璃さんからメッセージが届いたようで、そのあとに内容を復唱する。
「やっほ~、楓。今日学校休んでたけど大丈夫? しんどかったらこの私、瑠璃様に言いなよ絶対! そういえば、今週の土曜に文化祭の打ち上げするんだけど、どうする? 体調的に無理そうだったら全然大丈夫なんだけど。あとできれば夢野さんにもこのこと伝えといてくれない? お願い! ‥‥だってさ」
「打ち上げって、なにするの?」
「こんな長い文なのにそれは書いてなかったな。まあでも、瑠璃のことだし、カラオケとかじゃない?」
「カラオケ‥‥‥」
「嫌?」
「人前で歌うのあんま得意じゃない」
「同感。じゃあ、断っとこっか」
「うん‥‥」
言葉の尾が弱々しくて、月宮さんに「どうしたの?」ときかれる。
「こういうの断ったら、ノリ悪いって思われないかな?」
「思われるだろうね」
即答される。
「まあ、瑠璃だったらそういうの気にしないだろうけど、他の人は違うんじゃないかな」
「じゃあ、やっぱ行った方が良いのかな‥‥」
嫌われるのは怖い。
誰かから誘われたり、頼まれたりしたとき、それを断ったときに向けられる顔が怖い。
これまでそういう風にしてきてしまっていたから、またそんなことをしたら、いよいよ私はノリ悪すぎ人間になってしまう。
「やっぱり、やめとこっか」
なんで、やっぱり、なんだろうか。
月宮さんが私を胸から剥がして、顔を覗き込んでくる。
「どーでも良い人たちのことは、どーでも良いんだよ。そんなどーでも良い人たちにノリ悪いとか思われても、どーでも良い。それどころか、どーでも良い人たちに対して気を使ってたら、無駄に疲れるだけだよ。まあ、どうせ私たちのことなんて誰も気にしてないんだから、大丈夫」
月宮さんのその考え方が羨ましくなる。
能天気ってほどじゃないけど、無駄なことは気にしないような態度は、絶対に私にはできないものだ。
私はいつも無駄なことばかり気にしてしまうし、そんな無駄なことに色んなものが振り回されてしまう。
「私は‥‥?」
ほら、また無駄なことを気にしてしまう。
「ん?」
「私も、どーでも良い人なの?」
なにをきいているんだろうか私は。
自分に呆れてしまう、面倒くさすぎて。
「夢野の方は?」
「え?」
「夢野は、私のことどーでも良い人だと思ってるの?」
「そんなわけ! ‥‥ない」
咄嗟に否定してから、冷静さを取り戻して勢いが死んでいく。
月宮さんがどうでも良いわけなんてない。
どうでも良くないから、月宮さんとの繋がりだけは絶対に断ちたくないし、絶対にもう泣かせないし、頼みならなんでも聞いてあげたい。
‥‥けれど、そんなことを月宮さんに伝えるのは、怖いというより、単純に恥ずかしい。最後のやつに関しては、さっき玄関で言っちゃった気もするけど。
「つ、月宮さんは、結局どうなの」
月宮さんが自分の回答を先延ばししてることに気付いて、ムスッとした感情を唇を尖らせることで伝えながら尋ねる。
「う~ん‥‥」とわざとらしく溜めて、
「夢野と同じかな」
と、綺麗に返される。そして、更に私はムスッとしてしまう。
「か~わいっ」と言われながら、頬を撫でられる。
私のムスッとした頬をもにもにしながら、月宮さんが話を変えた。
「そういえばさ、夢野だけが私の頼みを聞くのは不公平だから、夢野もなんか私に頼んで良いよ」
月宮さんが頼みを聞いてくれる? 私の?
「あ、なんでも良いよ。どんな頼みでも聞いてあげるし、許してあげる」
なんでも‥‥‥
なんでも‥‥‥?
なん‥‥でも‥‥?
「じゃあ―――」
やめるんだぞ、夢野。
自重しなさい。そうじゃないと、嫌われちゃうからね。
わかってるよな、夢野。
うん、わかってる、わかってる。
自分自身に訴えてから、私は月宮さんのとある箇所を指差しながら言う。
「お‥‥」
「ん? なに?」
「おっぱい‥‥触っても良い?」
んぎゃーーーー!!! なに言ってんだ私!!!
死ね死ね死ね!!!
変な私、死ね死ね死ねーーー!!!
「‥‥ご、ごめん。なんでも‥‥ない」
月宮さんの胸を指していた指は自信を消失するように折れ曲がっていく。
同時に顔が合わせられなくなっていって、たった今の発言全てを撤回してそのまま死にたい気分になる。
でも、月宮さんの声に私は再び顔を合わせることになった。
「良いよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
「良いよ。触っても」
月宮さんを泣かせないとは誓ったかもだけれど、こんな真っ赤で恥ずかしそうな顔をさせないとも誓うべきだった。
あと、私は死ね。
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