第23話 「恵比寿の味噌汁 〜笑って終わろう〜」

 その日、海辺の小さな町はどんよりと曇っていた。商店街の一角にある魚屋「浜の大将」は、静かにシャッターを下ろすところだった。


 店主の高橋信吾は、肩を落として歩いていた。代々続く家業を継いだが、経営の失敗で借金を抱え、店を畳むことになったのだ。


 「やっぱり俺には、商売の才なんてなかったんだな……」


 そんなとき、ふと通りの端に見慣れぬ屋台が目に入る。赤い暖簾に「神味堂」と書かれていた。


 「……最後に、一杯くらい味噌汁でも飲むか」


 暖簾をくぐると、ふくよかな笑みを浮かべた店主が迎えてくれた。


 「これは恵比寿の味噌汁。商売の神様がくれた、笑顔の出汁が効いてるよ」


 差し出された椀から立ちのぼる湯気に、潮風のような香りが混じる。


 信吾が一口啜ると、不思議な温かさが体中に広がっていく。どこか懐かしい、子供の頃に港で笑っていた父の背中が浮かんだ。


 「……ああ、そうか。俺、魚が好きだったんだ。ただ、魚で人を笑顔にしたかっただけだったんだ」


 自然と涙がこぼれる。


 店主がにっこり笑った。


 「失敗は終わりじゃない。笑って終われれば、次の始まりになる」


 気づけば外は晴れていた。朝日が海を照らし、潮騒が静かに耳を打つ。


 信吾は深呼吸をして、もう一度前を向いた。


 ──商売は終わった。でも、笑って終わることで、また笑顔から始められる。


 恵比寿の味噌汁。それは、沈んだ心に再び笑顔を灯す、希望の一杯だった。

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