第22話 「カグツチの味噌汁 〜炎の中の再生〜」

 街の片隅にある廃工場の跡地、そこにぽつんと灯る赤提灯。

 それが『神味堂』だった。


 全てを失った男──野口航は、足を引きずるようにして暖簾をくぐった。家族、仕事、信頼、夢……そのどれもが、過ちから崩れ去った後だった。


 「焼け野原を前に、お前は何を願う?」


 店主が差し出したのは、赤く染まった湯気立つ椀。


 「これはカグツチの味噌汁。炎の神がくれた、破壊と再生の一杯だ」


 航は黙って啜る。味噌の中に、炭のような苦味と、底から湧き上がるような熱さが混ざっていた。途端に、胸の奥が熱を帯びる。


 炎の幻影が彼の前に立ち現れた。かつての過ち、怒り、後悔、恥──全てを焼き尽くそうとする火。


 「逃げるな」

 炎の中から声がする。「燃やせ。だがその灰から、立ち上がれ」


 航は涙を流しながら叫ぶ。「それでも、やり直せるか……?」


 答えはなかった。ただ、炎はすべてを包み、やがて静かに消えた。


 ──気がつけば、彼は屋台に戻っていた。

 椀の中は空だが、手には確かな熱が残っていた。


 「火は奪う。けれど、同時に始まりも告げる」

 店主の声がどこか遠く聞こえた。


 夜が明け、航は初めて、自分の足で歩き出した。焼け野原のような心に、小さな種火が灯っていた。


 ──カグツチの味噌汁。それは、破滅の底からもう一度立ち上がる者への、再生の火だった。


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