第20話 「黄泉の国の味噌汁 〜過去との決別〜」
夜が深く、冷たい風が吹き抜ける中。
和哉は、小さな屋台の暖簾をくぐった。名前も知らない店、『神味堂』。ふと吸い寄せられるように、彼はそこにいた。
「悔いを、抱えている顔だね」
無骨な店主が静かに言った。
和哉は黙ってうなずく。過去に犯した失敗、傷つけた人、言えなかった言葉。いくつもの思いが胸に積もっていた。
「これは……黄泉の国の味噌汁。過去に向き合いたい者に飲ませる一杯だ」
差し出された椀からは、かすかに土のような、冷たい草のような香りが漂う。
飲んだ瞬間、和哉の意識は闇の中へと沈んでいった。
目の前に現れたのは、別れた恋人、美しくも悲しげに笑う母、そして幼い頃の自分。
それぞれが語る。なぜ黙っていたのか、なぜ手を離したのか、なぜ怒鳴ったのか。
「君はいつまで、あの時のまま立ち止まっているんだい?」
黄泉の風は冷たく、優しかった。
それは過去を否定するものではなく、抱きしめて手放すための風だった。
和哉は涙を流した。後悔は消えない。
だが、彼はその中で確かに「終わらせる」ことを選んだ。
味噌汁の温もりが、冷えきった心を少しずつ溶かしていく。
屋台に戻ったとき、夜明けが近づいていた。
「……ありがとう」
彼は静かに礼を言い、振り返らずに歩き出した。
背後には、もう黄泉の風は吹いていなかった。
──黄泉の国の味噌汁は、過去と決別し、未来へと歩き出すための一杯だった。
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