第19話 「お地蔵様の味噌汁 〜待つことの大切さ〜」

 人生はいつも、急ぎ足だった。


 俊という青年は、結果を急ぐあまり、空回りしてばかりだった。

 仕事も恋も夢も、スピードこそが命だと信じていた。待っている間に、何かを取り逃すような気がしてならなかった。


 そんなある日、彼は路地裏の屋台『神味堂』に辿り着く。

 湯気が立ち上る静かな空間で、無口な店主が一杯の味噌汁を差し出す。


 「お地蔵様の味噌汁──時を見守る神の一杯だよ」


 器に顔を近づけると、ほのかに土と苔の匂いがした。

 口に含んだ瞬間、俊の周囲の音がすっと消え、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。


 目の前に浮かんだのは、風雨に晒されながら、道端でずっと佇むお地蔵様の姿。

 誰かが通り過ぎるたびに、微かに微笑んでいる。

 しかし、その姿は誰の目にも止まらない。


 俊は思った。「何のために、そんなに長く立ち続けるんだ……?」


 すると声が響く。

 「待つことは、ただの無為ではない。必要なものが届くまで、心を整える時間だ」


 俊は、自分の過去を思い返した。

 焦って告白して振られた恋。

 急いで仕上げたプレゼンが空回りした会議。

 そのすべてに、"待てなかった自分"がいた。


 味噌汁を啜るごとに、焦りがゆっくり溶けていく。

 お地蔵様のように、静かに見守る強さが胸に灯る。


 「……あの人の言葉を、ちゃんと聞けばよかったな」


 味噌汁を飲み干した後、俊は深く息をついた。

 すぐに結果が出なくてもいい。

 今は土の中で芽を育てる季節。いつか花が咲く、そのときを信じて。


 ──お地蔵様の味噌汁は、心を整え、待つ勇気を与えてくれる一杯だった。

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