第18話 「因幡の白兎の味噌汁 〜優しさの痛み〜」

 優しさは、いつも美しいとは限らない──。


 その日、青年・律は人生に迷っていた。周囲から「優しすぎる」と言われ続けてきた。困っている人を見ると助けずにはいられず、そのたびに自分が傷つく。


 誰かのために何かをすると、見返りを求めてしまう自分が嫌だった。

 誰かに裏切られると、「なんで助けたんだ」と後悔する自分がいた。


 夜、路地裏の一角にぽつんと佇む屋台『神味堂』。

 その屋台に、引き寄せられるように入った律は、一杯の味噌汁を差し出された。


 「因幡の白兎の味噌汁──やさしさの源だよ」


 湯気の向こうに浮かぶのは、一匹の白兎の幻。

 波に騙され皮を剥がれ、痛みに耐えていた兎を、大国主が手当てしたという神話の一場面。


 ひとくち、ふたくちと口に運ぶごとに、律の心に痛みが広がっていく。


 他人の痛みが自分のもののように感じられる。それは、優しさゆえの共鳴だった。

 助けた誰かの悲しみ、怒り、悔しさが、自分の胸に流れ込んでくる。


 「……苦しい。優しくなんて、なければよかった」


 その時、白兎が振り返る。

 深く傷ついた体で、それでも誰かの手を握ろうとする小さな命。


 「優しさは、傷つく覚悟だ。でも、その手を差し伸べた記憶は、必ず誰かを救う」


 律は涙を流した。

 優しさに意味なんて、最初からなかった。

 見返りが欲しかったのではない。ただ、傷つくのが怖かっただけだった。


 味噌汁の器を置いたとき、律の表情は穏やかだった。


 ──優しさは、痛みをともなう。それでも、誰かを救いたいと思える強さだった。

 因幡の白兎の味噌汁は、そんな強さをくれる一杯だった。


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